美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
そしてその背中に。
「姐さ~ん!」
トトが大きく手を振っていた。
茶色い髪を夕風になびかせ、日焼けした顔にいっぱいの笑顔を浮かべて。
元気そうだった。傷一つないように見える。ドラゴンの背中に跨り、片手で漆黒の鱗に必死にしがみつきながら、もう片方の手をぶんぶんと振り回している。
「トトーーぉ!」
リーシェは叫んだ。
声が裏返った。みっともないくらい裏返った。女神候補にあるまじき、間の抜けた裏返り方。でも構わなかった。
トトも無事だった。
リーシェも大きく、大きく手を振り返した。涙で滲む視界の向こうに、あの純朴な笑顔がある。カモミールの小瓶をくれた、あの手がぶんぶんと振られている。
ドラゴンが旋回しながら降下してきた。巨体が着地すると地面が揺れ、黄金の光が草木を照らした。トトが背中から飛び降り、よろめきながら駆け寄ってくる。
「姐さん! 大丈夫っすか!? すげぇ戦いだったみたいで……」
「何とか……ね。本当に大変だったわ……」
「でも、姐さんが月をナイナイしたんですよね? すげぇカッコよかったっす! 虹色の門がバーンって開いて!」
「……そう」
リーシェは微笑んだ。あの思い出したくもない命がけの挑戦も、トトにカッコよかったと言ってもらえて少しだけ嬉しかった。
「リリカさんも大丈夫っすか?」
「私は丈夫が取り柄よ。ふふっ」
リリカが杖をくるりと回して見せた。ローブはまだ血だらけなのだが。
◇
東京のゲストハウスに案内された一行は、部屋に入るなり崩れ落ちるように眠った。
長い、長い一日だったのだ。
リーシェは布団に倒れ込んだ瞬間、意識が落ちた。夢も見なかった。あれだけの戦いの後で、夢を見る余力すら残っていなかったのだろう。
トトは隣の部屋で「姐さ~ん、おやすみなさ~い」と言ったきり、返事を待たずに寝息を立てていた。レヴィアは少女の姿のまま、ソファの上で丸くなっている。龍の時の習性だろうか、金髪のおかっぱ頭が腕に埋もれていた。
リリカだけが、少し遅くまで起きていた。
窓辺に座り、東京の夜景を眺める――。
ビルの灯り。車のヘッドライト。遠くに光る東京タワー。東京の夜は初めて見るものばかりで、全てが美しかった。
◇
翌日の昼過ぎ。
一行は、レヴィアの案内で浅草へ向かった。
「日本を代表する古い神殿じゃ。シアン様との面会の前に見ておくといい」
レヴィアが得意げに言った。この少女は何千年もこの宇宙で暮らしているのだ。案内役としては申し分ない。
浅草寺。
雷門が視界に入った瞬間、一行は足を止めた。
巨大な赤い提灯。両脇に鎮座する風神と雷神の像。色鮮やかな朱塗りの門構え。その奥に続く仲見世通りの賑わい。全てが、レテの白亜の神殿とも、コロニーの黒曜石の建築とも、渋谷のガラスのビル群とも全く異なる美意識で構成されていた。
「うぉぉぉ……」
トトが口を開けて巨大な提灯を見上げた。
「何ですかこれ。すごい迫力……」
「これが日本の神殿……」
リーシェも息を呑んでいた。赤。金。黒。強い色彩のコントラスト。レテの美学からすれば「過剰」と断じられるであろう装飾の数々。だがそこには、過剰だからこその力強さがあった。人々の祈りと畏れを千何百年も受け止めてきた、重みのある美しさ。
「写真撮ろう! はい、並んで並んで!」
レヴィアがどこからかスマートフォンを取り出し、一行を雷門の前に整列させた。
「え、何それ」
「この世界の記録装置じゃ。はい、笑って!」
パシャ。
ぎこちない笑顔で並ぶリーシェとリリカ。満面の笑みのトト。自撮りでピースサインを決めるレヴィア。
異世界の女神候補一行が雷門の前で記念撮影をするという、おそらくこの宇宙の歴史上初めての光景だった。
仲見世通りを歩き、雷おこしを齧り、人形焼きの匂いに釣られて足を止める。トトは人形焼を一気に頬張り、リリカは飴細工の精巧さに目を見張り、リーシェは手焼きの煎餅を一枚買って丁寧に食べた。
パリ、と割れる煎餅の食感。醤油の香ばしさが口に広がる。
「……おいしい」
素朴な味だった。レテの洗練された菓子とは比べものにならない、荒削りで飾り気のない味。だがその素朴さの中に、何百年もの時間をかけて受け継がれてきた職人の矜持が詰まっている。
昼食は、レヴィアお勧めのどぜう鍋だった。
小さな老舗の座敷に通され、四人は慣れない正座に苦労しながら鍋を囲んだ。甘辛い割り下にどじょうが泳ぎ、ネギと山椒の香りが湯気と共に立ちのぼる。
「こ、これは魚ですか……?」
トトが鍋を覗き込んで目を丸くした。
「食べればわかるわ。ほら」
レヴィアが箸でどじょうを掴み、トトの皿に載せた。恐る恐る口に入れたトトの目が、みるみる輝いていく。
「う、うまっ! 何これ!」
初めて味わう江戸の味。料理人としてそのうまさの秘訣を必死に模索していた。
「じゃろ? カッカッカ」
レヴィアは楽しそうに笑い、そんな様子をリーシェは嬉しそうに眺めていた。