美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
鍋を囲みながら、リーシェはトトに事情を一通り説明した。自分がレテという別の宇宙の女神候補であること。魂が二つに裂かれたこと。リリカがその片割れであること。シアンの正体のこと。
トトはどぜうを咀嚼しながら、真剣な顔で聞いていた。
全てを聞き終えたトトは、箸を置き、リーシェの目を真っ直ぐに見た。
「よく分からんっすけど――」
ニカっと笑った。
「姐さんは最初から俺の女神様っすよ!」
リーシェは一瞬、何も言えなかった。
異なる宇宙から来た女神候補。そんな肩書きや経緯ではなく、ただ「姐さん」として、最初から、トトはリーシェを見ていた。何者であるかなど関係ない。リーシェはリーシェだ。それだけのことだった。
「……ありがと、トト」
リーシェは小さく笑った。
鼻の奥がつんとしたが、どぜう鍋の山椒のせいだということにしておいた。
◇
夕方、銀座の通りを歩いていた。
柔らかな金色の光が石畳を照らし、並木の葉が風に揺れている。浅草や渋谷の喧騒とは全く異なる空気がそこにはあった。
落ち着いていて、気品があって、だが排他的ではない。
長い歳月をかけて熟成された、静かな自信を纏った街。渋谷が若さの爆発なら、銀座は成熟の余裕だった。どちらが上でも下でもない。日本という国は、その両方を同じ都市の中に抱えている。それ自体が、途方もない「多様性」だった。
「うはぁ……。渋谷とはまた違うわね」
リーシェは気品あるたたずまいの街並みをきょろきょろと眺めながら、レヴィアの後をついていった。ガラスのショーウインドウには上品なジュエリーが並び、すれ違う人々の服装にも落ち着いた洗練がある。誰もが自分のスタイルを知っていて、それを過剰に主張しない。自然体の品格。
レテの美学に近い。だが同じではなかった。
レテの洗練は「これ以外は認めない」という排他性を帯びている。五万年かけて磨き上げた美は、確かに美しい。だがそれは、他の全ての美を否定することで成り立つ美しさだ。
銀座は違う。
この街は渋谷の多様性を知っている。原宿のカワイイも、秋葉原のオタク文化も、下町の人情も、全て知った上で、あえて落ち着きを選んでいる。否定するのではなく、知った上で選ぶ。その余裕が、街の空気に滲み出ていた。
リーシェはふと、レテに帰ったらこの感覚をどう伝えればいいのだろう、と思った。この街の空気を。この国の奥行きを。言葉だけでは、きっと足りない。
顔を上げると通りの向こうに、丸い月が昇り始めていた。
ビルの谷間から顔を出した月が、うっすらと黄金色に輝いている。銀座の街灯の光と溶け合って、柔らかな光が石畳に陰影を落としていた。
「あ……月……」
トトがギョッとしたように足を止めて空を見上げた。
「いやぁ、昨日はもうこの世の終わりかと思いましたよぉ……」
顔を引きつらせ、ぶるっと身震いした。あの灰色の岩肌が空の半分を覆い尽くしていた光景を思い出しているのだろう。あの光景は、一生忘れられないに違いない。
「シアン様が本気を出して倒せなかったなんて初めてじゃからな。我も驚いたよ。カッカッカ」
先頭を行くレヴィアが、くるっと振り返って笑った。金髪おかっぱの少女の姿。赤いジャケットを新調し、真紅の瞳を嬉しそうに細めている。あの時リーシェに何度も【解体】を喰らった恨みは、もうすっかり忘れたらしい。それどころか、シアンを倒した相手を引率できることが誇らしいようですらあった。
「女神の権能で二人がかりだもの……。対等な条件だったらとてもとても……」
リーシェは何とかぎりぎり勝てたことに、改めて胸を撫で下ろした。あの戦いは、勝利というより生還だった。リリカの囮がなければ隙は生まれなかった。半分の魂を二つ合わせて、ようやく辿り着いた、紙一重の結末だった。
「まぁでも、もう一回やっても勝てるけどね。キャハッ!」
リリカが赤い髪を揺らしながら、楽しそうに笑った。杖を肩に担ぎ、まるで昨日の死闘が遠足の思い出であるかのように、胸に穴を開けられた人間とは思えない元気さだった。
「あら、まだやるの?」
背後から、声がした。
空気が凍りつく――。
トトの肩が跳ね上がり、レヴィアの真紅の瞳が見開かれ、リリカの足が止まり、リーシェの背筋に冷たいものが走った。
全員が、同時に振り返る――。
シアンがいた。
青い髪。碧い瞳。白磁の肌。妖しい微笑み。六枚の翼はたたまれていて、水色のワンピース姿で銀座の通りに立っている。
いつからそこにいたのか。気配は一切なかった。一行の誰一人として、この存在が背後に立っていたことに気づかなかった。碧い瞳だけが、この世のものではない深い光を湛え、宝石のように輝いている。
その瞳が、リリカをジト目で睨んでいた。
「いやっ! うそ、嘘です! ジョークジョーク! あはっ、あははは……」
リリカは首を横にぶんぶん振り、両手を顔の前でぱたぱたと振った。さっきまでの威勢はどこへやら、首席賢者の威厳は一瞬で蒸発していた。