美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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114. 女神の圧

「ふぅん……」

 

 シアンは碧い瞳を細めた。唇の端が、ゆっくりと持ち上がっていく。

 

「やりたいなら言ってね? 今度は星ごと吹っ飛ばしてあげる。きゃははは!」

 

 楽しそうに笑うシアンに、一行は一様に渋い顔をした。

 

 この存在の場合、十中八九本気なのだ。月を落とせる者にとって、星を一つ消すことなど、人間がシャボン玉を指で弾く程度のことでしかない。

 

 ただ。

 

 その笑い声には、もう敵意がなかった。

 

 戦いの最中に聞いたあの嗜虐的な笑いではない。友人をからかう時の、いたずらっぽい笑い。数多の文明を灰に帰してきた宇宙最強の熾天使(セラフ)が、年相応の少女のように、目を細めて笑っている。

 

 銀座の夕暮れの空は穏やかだった。

 

 柳並木が風に揺れ、遠くにはライトアップされた時計台の光がぼんやりと灯り始めている。昇ってきた月が銀座の空を淡く照らし、街灯と月光が石畳の上で柔らかく溶け合っている。

 

 別の宇宙から来た女神候補と、その魂の片割れの首席賢者と、金髪おかっぱのドラゴンと、宇宙最強の六翼の天使。それをちょこちょこと追いかける純朴な料理人の青年。

 

 目を引く美しい女性たちが、銀座の通りを肩を並べて歩き、すれ違う人たちはつい振り返ってしまう。

 

 まるで、親しい友人のように見える――昨日まで壮絶に殺し合っていたことなど嘘のように。

 

 この街の月が、穏やかに、一行を照らしていた。

 

 

      ◇

 

 

「はーい、今日はココ! 銀座でも屈指のすし屋よぉ!」

 

 シアンは瀟洒な引き戸をガラッと引いた。碧い瞳をきらきらと輝かせて。宇宙最強の熾天使(セラフ)も、どうやら食にはうるさいらしい。

 

「いらっしゃいませー」

 

 板前の掛け声が響き、檜の香りが漂う店内に一行が足を踏み入れた。白木のカウンターが一枚板で美しく伸び、その向こうで職人が黙々と包丁を動かしている。

 

 その時だった。

 

「あら、遅かったわね?」

 

 白木のカウンター席に、既に一人の女性が座っていた。

 

 人間離れした美貌にリーシェたちは思わずたじろぐ。

 

 チェストナットブラウンの流れるような髪が、肩から背中にかけて優雅に広がっている。切れ長の琥珀色の瞳。すっと通った鼻筋。薄い唇に、かすかな笑みが浮かんでいる。上質なシルクのブラウスにスラックスという出で立ち。完璧に仕立てられた服が、完璧な身体の線に沿っている。

 

  美しい、のだが――その美しさの奥に、途方もない圧がある。静かに座っているだけで、空気が張り詰める。存在そのものが、この空間の支配権を主張している。

 

「へ? み、美奈ちゃん?」

 

 シアンが、固まった。

 

 数多の文明を焼いてきた宇宙最強の熾天使(セラフ)が、後ずさった。

 

「何やらこそこそ楽しそうなことやってるじゃない? 私も混ぜなさいよ」

 

 美奈と呼ばれた女性は、日本酒のお猪口をくいっと傾けた。チェストナットブラウンの髪が優雅に揺れ――琥珀色の瞳が鋭くシアンを射抜く。

 

「いや、こそこそなんてしてないって。ちゃんと後で報告するつもり――」

 

「今! 報告しなさい」

 

 美奈がギロッとシアンを睨んだ。

 

 声は静かだった。怒鳴ったわけではない。だがその一言で、店内の温度が下がった気がした。

 

「は、はいぃぃぃ」

 

 きゃはははと笑いながら月を落としたシアンが縮こまっている。背中を丸め、碧い瞳を泳がせ、明らかにこの女性を恐れている。

 

 シアンが気圧される相手など、この宇宙にはもう一人しかいない。

 

 女神だ。

 

 この宇宙を創り、育て、守ってきた最高位の存在。であれば美奈と名乗るこの女性がこの宇宙の女神なのだろう。だが、どう見ても若く美しい日本人の女性にしか見えなかった。銀座の高級寿司屋で日本酒を嗜む、洗練された大人の女性。

 

「えーと、これが女神候補の二人ね。なぜか分裂してるんだ。あははは」

 

 シアンが引きつった笑いを浮かべながら、リーシェとリリカを紹介した。

 

 二人は慌ててぺこりと頭を下げる。

 

「女神候補? どこの?」

 

 美奈がギロッとリーシェを睨んだ。この宇宙には女神など自分の系列しかいないのだ。であれば他の宇宙の女神候補だろうが、そうなればこの宇宙の存続に関わる話になってしまう。

 

 琥珀色の瞳が、リーシェの存在の奥底まで見透かすように光っている。その気迫はさすが女神、有無を言わせぬ迫力があった。シアンの圧とは質が違う。シアンは暴力的な圧。美奈は権威の圧。逆らうことを許さない、支配者の眼差し。

 

 リーシェはおずおずと口を開いた。

 

「レテという宇宙がありまして――」

 

「レテ? 聞いたことも無いわ。何、あんたスパイなの?」

 

 美奈は単刀直入に切り込む。声が低く、冷たくなった。

 

「い、いや、これには深い事情がありまして……」

 

 リーシェは慌てて手を振った。ある意味スパイではあるが、そんなこと認めるわけにはいかない。

 

 助けを求めてシアンを見たが、シアンは渋い顔で目を逸らすばかりで、説明する気配がまるでない。

 

 自分で何とかするしかなかった。

 

「何よそれ? 納得いく説明……してくれるんでしょうね?」

 

 

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