美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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115. もちろんっすよ

 美奈はきゅっとお猪口を傾け、最後の一滴まで飲み干していく。

 

 タン!

 

 お猪口がカウンターに叩きつけられた。乾いた音が、店内に響く。

 

 刹那、美奈の周囲から光が吹き出した。

 

 黄金色の光が爆発的に膨張し、あっという間に一行を包み込んでいく。寿司屋の内装が消えた。板前の姿が消えた。壁が、天井が、床が、一枚ずつ剥がれるように虚空に溶けていく。醤油の香りが遠のき、シャリを握る音が途絶え、隣席の談笑が断ち切られた。

 

 真っ白な世界が広がっている。

 

 果てのない白い空間。何もない。白木のカウンターと、その上に並ぶ寿司の皿と、一行の面々だけが、白い虚空に浮かんでいる。

 

 ――女神の絶対領域。

 

 もう逃げられなかった。

 

「早く説明しなさい!」

 

 据わった目でギロリとリーシェを睨む。琥珀色の瞳に、冗談の色は一滴もない。さっきまで日本酒を嗜んでいた清楚な女性は消え、そこにいるのは何十万年を統べてきた支配者だった。

 

「それは……」

 

 リーシェは言葉に詰まった。

 

 シアンに助けを求めようと横を向いたが、シアンは目をぎゅっと瞑ったまま上を向いている。まるで「ボクはここにいません」とでも言わんばかりに。宇宙最強の熾天使(セラフ)が、全力で存在感を消している。昨日あれだけ暴れ回った存在が、この女性の前では借りてきた猫のようだった。

 

 シアンが神宮書記官(メタトロン)だと暴露してしまえば、話は速い。神宮書記官(メタトロン)の指示でここに来た、と言えば全て辻褄が合う。だがシアンが美奈に正体を秘密にしているのには、それなりの理由があるのだろう。ここでそれを暴けばどんな仕打ちが待っているか分からない。

 

 厳しい沈黙が白い空間を満たした。

 

 美奈の琥珀色の瞳が据わっている。シアンは目を瞑っている。リリカは唇を噛んで考え込んでいる。レヴィアは真紅の瞳を不安げに泳がせている。

 

 誰も、何も言えない。次の一言が全てを決める。

 

 その時だった。

 

「それはメタ何とかさんの指示だったっす」

 

 トトが、元気に口を開いた。

 

 白い空間に、場違いなほど明るい声が響いた。

 

 全員の視線が、トトに集まる。

 

神宮書記官(メタトロン)の指示……ってこと?」

 

 美奈の眉がわずかに動き、声のトーンが一段下がった。

 

「そうそう、それっす! 神宮書記官(メタトロン)。その人が姐さんをここに送り込んだっす!」

 

 トトは屈託のない顔で言い切った。嘘をついている顔ではない。そもそも、トトには嘘をつくという回路がない。見たままを、感じたままを、そのまま言葉にする。

 

 他の者なら言葉を選び、慎重に回答を組み立てるだろう。だがトトにはそれができない。できないからこそ、そこに一切の作為がない。それがこの青年の、ある意味最大の武器だった。

 

「ほんとなの? 何の目的で?」

 

「そんな偉い人の考えなんて俺には分かんないっす。ぬははは」

 

 トトは頭を掻いて笑った。なんの(てら)いもない、底抜けに明るい笑い。女神の領域の中で、何十万年の歴史を持つ存在ににらまれても、この青年だけが普段と何一つ変わらない。大将の酒場で皿を洗っていた時と同じ笑い方。

 

「嘘だったら消し飛ばしてやるからね?」

 

 美奈がトトに右手を向けた――。

 

 掌から黄金色の輝きが溢れ出し、トトの身体を包み込んでいく。真偽を見極める女神の権能。嘘をついていれば、その場で存在ごと消し飛ばされる。

 

「あぁっ……」

 

 リーシェの心臓が跳ねた。

 

 自分を庇ってトトが危険に晒されている。あの黄金色の光は女神の権能だ。存在の根幹に触れる力。何かあったら、トトは――。

 

 リーシェの手が、無意識にトトの方に伸びかけた。

 

 だが、トトはそんなリーシェを見て、にっと笑う。

 

 大丈夫っすよ、とその目が言っていた。

 

 いつだってこういう奴なのだ。この青年は。自分が危険な状況にあることよりも、隣で心配しているリーシェの方を気にかけている。ガルドに殴られた時もそうだった。

 

 トトはいつだって、リーシェの方を見ている。

 

「トト……」

 

 直後、黄金の光がふっと消えた。

 

「嘘じゃない……みたいね……」

 

 美奈は怪訝そうな顔をして首を傾げた。琥珀色の瞳に困惑の色が浮かんでいる。トトの言葉が真実であることは確認できた。だが、なぜ神宮書記官(メタトロン)が別の宇宙の女神候補をこの星に送り込んだのか、その理由が分からないのだ。

 

神宮書記官(メタトロン)にはお前も会ったのかい?」

 

「もちろんっすよ」

 

 気軽に返すトトに、美奈は衝撃を受ける。

 

「……え?」

 

 表情を取り繕おうとしたが、琥珀色の瞳の奥で何かが激しく揺れたのを、リーシェは見逃さなかった。

 

 神宮書記官(メタトロン)

 

 この宇宙のアカシックレコードを管理する上位存在。宇宙の存続そのものに関わる、全ての鍵を握る者。何十万年にも及ぶ悠久の歴史の中で、美奈はその正体を探り続けてきた。QATを通じて問いかけ、あらゆる手段で接触を試み、その全てに失敗してきた。返ってくるのは常に無機質な承認か却下のコードだけ。声も姿も性別も、何一つ掴めなかった。

 

 それを、こんな――ただの人間の青年が、「もちろんっすよ」と。

 

 

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