美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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116. バカップル

 美奈にとって、それは壮絶な屈辱だった。何十万年の努力を、たった一言で踏み越えていく残酷な現実。

 

「ふぅん……。どんな奴?」

 

 美奈は努めて抑制的に聞いた。声は平静を装っていたが、お猪口を持つ手がわずかに震えていた。喉から手が出るほど欲しい情報なのだ。

 

 トトはチラッとシアンを見た。碧い瞳と目が合う。シアンは無表情を装っているが、瞳の奥がわずかに揺れていた。

 

「そうっすねー」

 

 トトは一拍置いて、にこっと笑った。

 

「綺麗な女性っすね」

 

「女なの!?」

 

 美奈が身を乗り出した。琥珀色の瞳が大きく見開かれている。

 

 宇宙の根源を管理する存在。何十万年もの間、美奈はその正体についてあらゆる可能性を検討してきた。純粋なエネルギー体。超越的な知性体。ゴーストのような抽象的存在。どれもありえると思っていた。

 

 それが、人型。それも美しい女性。全くの予想外だった。

 

「そうっすよ?」

 

 屈託なく答えるトトを、美奈は忌々しげに睨んだ。何十万年の苦悩を、この青年は数秒で踏み越えていく。この天然さは、もはや暴力的ですらあった。

 

 美奈は手酌で日本酒をお猪口に注ぎ、きゅっと一気に煽った。ぷはぁ、と大きく息をつく。酒精が喉を焼いていく感覚に、少しだけ心が落ち着いた。

 

 トトに向き直る。

 

「じゃぁ、私とどっちが綺麗?」

 

 美奈は挑発的な視線でトトを睨んだ。口元には笑みが浮かんでいるが、目が笑っていない。もはや八つ当たりに近かった。何十万年の屈辱を、質問という形にして叩きつけている。

 

「どどど、どっち?!」

 

 トトは思わずのけ反って、助けを求めるようにシアンを見た。

 

 しかし。

 

「それはボクも興味あるなぁ……どっち?」

 

 シアンがいたずらっぽい視線でトトを見つめた。碧い瞳が猫のように細められている。助けてくれる気配はまるでなかった。むしろ楽しんでいる。この二人は、対象は違えど同じ種類の意地悪さを持っている。

 

「どっちと言われましても……」

 

 すっかり気圧されたトトは、思わず宙を仰いだ。天井のない白い空間に、答えは書いていない。

 

「何よ? そんなに悩むこと?」

 

 美奈が不機嫌そうに睨む。

 

「思ったまま言えばいいじゃん! どっちなの?!」

 

 シアンが追い打ちをかける。

 

 二人の女性から挟撃されているトトは、完全に凍りついていた。どちらと答えても地獄が待っている。美奈と答えれば後でシアンに星ごと吹き飛ばされ、シアンと答えれば美奈に消し飛ばされる。人類史上最も危険な二択だった。

 

「えっ? いや、そのぉ……」

 

「私はどちらも美しいと思いました!」

 

 リリカが慌てて割り込んだ。杖を両手で握りしめ、外交官のような笑顔を浮かべている。

 

「美奈さんは神々しい美しさで、メタトロン様は――」

 

「やめて! そんな政治家みたいな答弁要らないわ!」

 

 美奈がぴしゃりと被せた。リリカが口をつぐむ。首席賢者のカシコイ外交術も、この女神には通用しなかった。

 

 美奈はトトの顔を覗き込む――琥珀色の瞳が至近距離でトトを射抜く。

 

「聞き方を変えるわ。あんたは、恋人にするならどっちがいいのよ?」

 

 美奈がニヤリと笑った。質問の方向が変わった。

 

「えっ?!」

 

 トトは目をぱちくりさせる。

 

 そして――何の迷いもなく、まっすぐに答えた。

 

「こ、恋人だったら断然姐さんっすよ。ぬははは」

 

「は?」「何だって……?」

 

 美奈とシアンが、つまらなそうな顔で同時に宙を仰いだ。「そんなこと聞いてないんだけど」という顔で。二人の反応が完全に一致しているのが、滑稽だった。

 

 だが横で聞いていたリーシェは、パシッとトトの背中を叩いた。

 

「いきなり何を言い出すのよ!」

 

 顔が真っ赤だった。耳まで赤い。首筋まで赤い。女神候補としての威厳も、クールな装いも、レテの五万年の矜持も、全てが吹き飛んでいた。

 

「はいはい。バカップルだったのね。ノロケられちゃったわ。ははっ」

 

 美奈が声を上げて笑った。さっきまでの剣呑な空気が、一気に和らいでいく。琥珀色の瞳が初めて、心の底から楽しそうに光った。

 

「いや、全然カップルじゃないですから」

 

「姐さん、今はそこを突っ込まない方がいいですって」

 

 トトが小声で制止する。リーシェは何か言い返そうとして、口を開いて、閉じて、もう一度開いて、結局何も言えずにトトを睨んだ。

 

「いーじゃない。お似合いだゾ。ふふっ」

 

 シアンが碧い瞳を細め、にやにやと笑った。

 

「そ、そういうのやめてください!」

 

 リーシェはプイッとそっぽを向いた。顔の赤さが引かない。宇宙を渡り、月を収納し、熾天使(セラフ)と死闘を繰り広げた女神候補が、恋愛の話になった途端に年相応の少女に戻っている。優秀な女神候補でも、この分野だけはまだ未経験だった。

 

「あら、先越されちゃいそう」

 

 リリカまで悪ノリしてきた。緋色の瞳をきらきらと輝かせ、意味深な笑みを浮かべている。

 

「なんであんたまで!」

 

「じゃあ私がもらっちゃおうかなぁ」

 

 リリカはするりとトトの隣に寄り、その腕にしがみついた。赤髪がトトの肩にさらりとかかる。トトが目を白黒させている。

 

 

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