美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
美奈にとって、それは壮絶な屈辱だった。何十万年の努力を、たった一言で踏み越えていく残酷な現実。
「ふぅん……。どんな奴?」
美奈は努めて抑制的に聞いた。声は平静を装っていたが、お猪口を持つ手がわずかに震えていた。喉から手が出るほど欲しい情報なのだ。
トトはチラッとシアンを見た。碧い瞳と目が合う。シアンは無表情を装っているが、瞳の奥がわずかに揺れていた。
「そうっすねー」
トトは一拍置いて、にこっと笑った。
「綺麗な女性っすね」
「女なの!?」
美奈が身を乗り出した。琥珀色の瞳が大きく見開かれている。
宇宙の根源を管理する存在。何十万年もの間、美奈はその正体についてあらゆる可能性を検討してきた。純粋なエネルギー体。超越的な知性体。ゴーストのような抽象的存在。どれもありえると思っていた。
それが、人型。それも美しい女性。全くの予想外だった。
「そうっすよ?」
屈託なく答えるトトを、美奈は忌々しげに睨んだ。何十万年の苦悩を、この青年は数秒で踏み越えていく。この天然さは、もはや暴力的ですらあった。
美奈は手酌で日本酒をお猪口に注ぎ、きゅっと一気に煽った。ぷはぁ、と大きく息をつく。酒精が喉を焼いていく感覚に、少しだけ心が落ち着いた。
トトに向き直る。
「じゃぁ、私とどっちが綺麗?」
美奈は挑発的な視線でトトを睨んだ。口元には笑みが浮かんでいるが、目が笑っていない。もはや八つ当たりに近かった。何十万年の屈辱を、質問という形にして叩きつけている。
「どどど、どっち?!」
トトは思わずのけ反って、助けを求めるようにシアンを見た。
しかし。
「それはボクも興味あるなぁ……どっち?」
シアンがいたずらっぽい視線でトトを見つめた。碧い瞳が猫のように細められている。助けてくれる気配はまるでなかった。むしろ楽しんでいる。この二人は、対象は違えど同じ種類の意地悪さを持っている。
「どっちと言われましても……」
すっかり気圧されたトトは、思わず宙を仰いだ。天井のない白い空間に、答えは書いていない。
「何よ? そんなに悩むこと?」
美奈が不機嫌そうに睨む。
「思ったまま言えばいいじゃん! どっちなの?!」
シアンが追い打ちをかける。
二人の女性から挟撃されているトトは、完全に凍りついていた。どちらと答えても地獄が待っている。美奈と答えれば後でシアンに星ごと吹き飛ばされ、シアンと答えれば美奈に消し飛ばされる。人類史上最も危険な二択だった。
「えっ? いや、そのぉ……」
「私はどちらも美しいと思いました!」
リリカが慌てて割り込んだ。杖を両手で握りしめ、外交官のような笑顔を浮かべている。
「美奈さんは神々しい美しさで、メタトロン様は――」
「やめて! そんな政治家みたいな答弁要らないわ!」
美奈がぴしゃりと被せた。リリカが口をつぐむ。首席賢者のカシコイ外交術も、この女神には通用しなかった。
美奈はトトの顔を覗き込む――琥珀色の瞳が至近距離でトトを射抜く。
「聞き方を変えるわ。あんたは、恋人にするならどっちがいいのよ?」
美奈がニヤリと笑った。質問の方向が変わった。
「えっ?!」
トトは目をぱちくりさせる。
そして――何の迷いもなく、まっすぐに答えた。
「こ、恋人だったら断然姐さんっすよ。ぬははは」
「は?」「何だって……?」
美奈とシアンが、つまらなそうな顔で同時に宙を仰いだ。「そんなこと聞いてないんだけど」という顔で。二人の反応が完全に一致しているのが、滑稽だった。
だが横で聞いていたリーシェは、パシッとトトの背中を叩いた。
「いきなり何を言い出すのよ!」
顔が真っ赤だった。耳まで赤い。首筋まで赤い。女神候補としての威厳も、クールな装いも、レテの五万年の矜持も、全てが吹き飛んでいた。
「はいはい。バカップルだったのね。ノロケられちゃったわ。ははっ」
美奈が声を上げて笑った。さっきまでの剣呑な空気が、一気に和らいでいく。琥珀色の瞳が初めて、心の底から楽しそうに光った。
「いや、全然カップルじゃないですから」
「姐さん、今はそこを突っ込まない方がいいですって」
トトが小声で制止する。リーシェは何か言い返そうとして、口を開いて、閉じて、もう一度開いて、結局何も言えずにトトを睨んだ。
「いーじゃない。お似合いだゾ。ふふっ」
シアンが碧い瞳を細め、にやにやと笑った。
「そ、そういうのやめてください!」
リーシェはプイッとそっぽを向いた。顔の赤さが引かない。宇宙を渡り、月を収納し、
「あら、先越されちゃいそう」
リリカまで悪ノリしてきた。緋色の瞳をきらきらと輝かせ、意味深な笑みを浮かべている。
「なんであんたまで!」
「じゃあ私がもらっちゃおうかなぁ」
リリカはするりとトトの隣に寄り、その腕にしがみついた。赤髪がトトの肩にさらりとかかる。トトが目を白黒させている。