美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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118. 宝石のような寿司

「女神様でも食事はするっすよね?」

 

 トトはまっすぐにリーシェを見つめた。あの笑顔で。カモミールの小瓶をくれた時と同じ、真っ直ぐな目で。

 

「トト……」

 

「迷惑っすか?」

 

「いや、そんなことない。来てくれれば嬉しいけど……」

 

「なら決まりっす!」

 

 トトがぱっと顔を輝かせた。

 

「レテの料理も覚えて、最高の料理を作るっす! 女神様専属のシェフっすよ!」

 

「トト……」

 

 リーシェはもう何も言えなかった。

 

 この青年は何者であるかなんて気にしない。女神候補でもクローンでも、リーシェはリーシェだ。そして自分はその隣で料理を作る。それだけでいい。その純真さがリーシェの胸に刺さった。

 

 

         ◇

 

 

「はいはい、それじゃ、乾杯するわよ!」

 

 美奈がパンと手を叩く。

 

 白い世界が、ぐにゃりと歪んだ。

 

 色が戻ってくる。壁が。天井が。板前の白い割烹着が。醤油の香りが。シャリを握る小気味よい音が。

 

 女神の領域が解除され、銀座の寿司屋の店内がするりと戻ってきた。

 

 何事もなかったかのように。板前は変わらず魚を捌き、隣の席の紳士は変わらず日本酒を傾けている。白い空間での一幕など、誰も知らない。女神の領域とは、そういうものなのだろう。領域の中で何が起きようと、表側の日常は一秒たりとも乱れない。

 

「さ、飲みましょ飲みましょ! 歓送会なんだから!」

 

 美奈が上機嫌で手を叩き、板前に追加の注文を飛ばした。さっきまで侵入者を尋問していた女神が、今はすっかりほろ酔いの上機嫌で寿司を注文している。この切り替えの速さは、さすがである。

 

「へい、お待ち!」

 

 板前の掛け声と共に、カウンターの皿に寿司が並んでいく。

 

 中トロ――淡い桃色の身に、脂の白い筋が繊細に走っている。ひらめ――透き通るような白身が、ほのかに光を透かしている。キンメダイ――炙った皮目が琥珀色に輝き、香ばしい匂いを立ちのぼらせている。うに――鮮やかな山吹色の粒が、軍艦の海苔の上でとろりと揺れている。いくら――ルビーのように透明な赤い粒が輝いている。

 

 一貫一貫が、宝石のように輝いていた。

 

 リーシェは目の前に置かれた寿司を見つめる。

 

 見とれていた――最初の数秒だけは。

 

 だが――。

 

「えっ!? これって……」

 

 リーシェの顔が、引きつった。

 

 美しく握られた料理。艶やかな色。芳醇な香り。しかし――生だ。

 

 火を通していない。煮ても焼いてもいない。魚をそのまま切って、米の上に載せている。

 

 魚は生で食べてはならない。それがレテの鉄則だった。レテの食文化では、魚介類は必ず加熱調理する。五千年前に策定された食品衛生法典の第十九条、「生食の禁止」。カワウソや猫ではないのだ。知性ある者が生の魚を口にするなど、文明の否定に等しい。生魚を食べればお腹を壊すのは常識だった。

 

「何やってんの? 早く食べなさい」

 

 美奈は中トロをひょいっとつまみ、そのまま一口で頬張った。咀嚼する頬が幸福そうにほころび、恍惚とした表情が浮かぶ。

 

「おいしー……。今日のマグロ、最高ね」

 

「えっ!? な、生ですよ? いいんですか?」

 

 リーシェは目をまん丸にして美奈を見た。この宇宙の女神が、生魚を頬張って恍惚としている。文明を統べる最高位の存在が。

 

「ははっ! 日本の魚は衛生面でバッチリだから、生で食べられるんだよ」

 

 シアンがけらけらと笑いながら、自分も次々と寿司を平らげていった。ひらめ。キンメダイ。うに。一貫ごとに「んー!」と嬉しそうな声を漏らしている。宇宙最強の熾天使(セラフ)が、寿司の前ではただの食いしん坊だった。

 

「姐さん! 俺が毒見するっす!」

 

 トトが意を決して中トロに手を伸ばした。料理人としての好奇心と、リーシェの役に立ちたい本能が目に宿っている。

 

 恐る恐る中トロを半分かじった。

 

 一瞬の沈黙。

 

「おほぉ!」

 

 トトの目が、真ん丸になった。

 

「こ、これは……」

 

 口の中で何かが弾けたような顔。驚きが感動に変わり、感動が歓喜に変わっていくのが、表情の変化で手に取るように分かる。トトは残りの半分も一気に頬張った。

 

「もう最高! こんなのは初めてっす!」

 

 トトの声が跳ねた。料理人の目が輝いている。

 

「魚って生だとこういう味になるんすね……。焼いたら出ないこの旨味、この脂の溶け方、この舌触り……これは俺も勉強しなきゃ!!」

 

 毒見という役目を忘れて、純粋に料理人として感動している。この青年は何があっても、料理の前では正直になる。

 

「え……? 本当に美味しい……の?」

 

 リーシェの声が、小さくなった。

 

 生の魚が、美味しい。レテの五千年の食品衛生法典を根底から覆す発言が、最も信頼する料理人の口から飛び出した。

 

「そ、そうなのね……」

 

 リーシェは恐る恐る手を伸ばした。中トロを一貫、そっとつまみ上げる。シャリが崩れないぎりぎりの力加減。持ち上げた瞬間、脂の甘い香りが鼻をくすぐった。

 

 目を閉じ――覚悟を決めて、口に含む。

 

 

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