美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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4. 精巧な舞台装置

「……ストレージ」

 

 リーシェが呟くと、【収納魔法】の中身が目の前に浮かぶ画面《ウィンドウ》に展開された。

 

 自分だけに見える淡い光を放つ半透明の画面。その升目状に整理された品物一覧には、採取した薬草や、パーティ時代に預かっていた雑貨が並んでいる。そして、その最後尾に――一体のゴブリンが苦悶の表情で(うずくま)っているのが見えた。

 

「いた……」

 

 まだ生きているのかもしれない。だが小さな枠の中で、時間が止まったように動かない。瞬きもせず、呼吸もせず、永遠の一瞬に閉じ込められている。まるで琥珀(こはく)の中に封じられた太古の虫のように。

 

 あの獰猛(どうもう)な殺意も、濁った目に宿っていた飢えも、全てが静止していた。

 

「……へぇ」

 

 リーシェは特に感慨もなく、指先で画面を閉じた。

 

 さっきのはなんだったのだろう。身体が勝手に動き、言葉が勝手に出た。まるで、この身体の本当の持ち主が、一瞬だけ目を覚ましたかのように――。

 

 でも、考えるのは面倒くさい。

 

 薬草もあと半分。日が暮れる前に終わらせよう。

 

 リーシェは薬草の籠を拾い上げ、何事もなかったかのように採取を再開した。膝をついて草むらをかき分け、薬草の艶やかな葉を探していく。

 

 その時、ぬるりとした違和感が指先に広がった。

 

 見れば、鮮やかな緋色(ひいろ)がツーッと白い肌に線を描いている。血だ。草の縁でいつの間にか指先を切っていたらしい。じわりと滲む赤が、陽光を受けて妙に鮮やかに見えた。

 

「……手袋が要ったわね」

 

 リーシェはぺろりと傷口を舐めた。鉄錆びの味が、舌の上に広がる。

 

 痛みはある――が、それもどこか遠い。この身体が感じている痛みを、離れた場所から受け取っているような。

 

 ふぅ、と小さなため息が漏れた。

 

 風が吹いて、木漏れ日が揺れる。森はいつもの静けさを取り戻し、小鳥たちが再び歌い始めていた。

 

 リーシェは血の滲む指先を見つめながら、ぼんやりと思う。

 

 ――ああ、私は生きているのか。

 

 その実感すら、どこか曖昧なまま。彼女は再び、薬草に手を伸ばした。

 

 

       ◇

 

 

 その夜――。

 

 宿の自室で、リーシェはカモミールティーを(すす)っていた。

 

 小さな陶器のカップから、白い湯気がゆらゆらと立ち上っている。窓から差し込む月明かりが、湯気を淡く銀色に染めていた。甘く優しい香りが鼻腔をくすぐり、一口含むと、張り詰めていた何かがゆっくりと(ほど)けていくのを感じる。

 

 この香りだけが、リーシェをこの世界に繋ぎ止めている。そんな気がした。

 

「……ゴブリン、どうしよう」

 

 収納空間の中に、まだいるのだ。出したら暴れるだろうし、かといってこのままというのも据わりが悪い。

 

 ふと、考えが頭を(よぎ)った。

 

 そもそも、こんな簡単に魔物を捕まえられるなら、ダンジョンに潜って、片っ端から捕獲しながら進めば、ソロでもそれなりに稼げるのではないだろうか?

 

 討伐ではなく、捕獲。戦いではなく、収納――。

 

 戦闘力などいらない、戦う必要すらなかったのだ。

 

 もしかしたら自分は、とんでもない力を持っているのかもしれない。

 

 だが――。

 

「タルいわ……」

 

 リーシェは小さく呟いて、大きく息をついた。

 

 強くなって何になるというのだ。名声も、金銀財宝も、冒険者としての栄光も、どれ一つとして心が動かない。そんなもののために汗を流し、血を見て、命を危険に晒すなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 

 それに、こんなことができるとバレれば多くの人が群がってくるだろう。そんなことに自分の人生をすり減らされるなどまっぴらごめんなのだ。

 

 それよりも、こうしてカモミールティーを楽しむ時間の方がよほど大切だ。湯気の向こうに月を眺め、何も考えずに夜を過ごす。それだけで十分なのだから。

 

「薬草取って暮らせるならそれでいいわ……」

 

 リーシェは窓から街を眺めた。

 

 月からの銀色の光が、古い街並みの屋根瓦を照らしていた。どこかの家の明かりがまた一つ消える。この街の人々は、明日のために眠りにつくのだろう。

 

 ふぅ、と大きくため息をついた。

 

 やはり、何度見ても作り物みたいだと思った。あの月は。この街は。この世界は。

 

 どこか遠い場所で見た、本物の月。あれは何色だっただろう。誰と並んで見上げていただろうか。隣には温かい気配があった気がする。誰かの笑い声も聞こえた気がする。でも、顔が思い出せない。声も思い出せない。

 

 この世界で自分だけが場違いな気がする。精巧な舞台装置の中に、一人だけ迷い込んでしまった記憶喪失者――台本もなく、役名も分からず、ただ立ち尽くしている。

 

「……」

 

 思い出せない。

 

 カモミールティーを飲み干して、リーシェは目を閉じた。空になったカップを両手で包み込むと、まだ微かに温もりが残っていた。

 

 

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