美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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41. 言葉にならない感情

「わ、分かりません……ど、どうしますか?」

 

 工作班の局員も青い顔でうろたえる。

 

「どうって、精鋭部隊が全滅したというのに他に打つ手などあるのか?! あったら言ってみろ!」

 

「し、失礼しました……」

 

「くぅぅぅ……最悪だ。やってしまった。もう終わりだ……」

 

 レオルドはへなへなとその場にへたり込んだ。

 

 攻略者を王国の協力者として取り込めれば、その功績は計り知れない。出世。栄転。報奨金。それら全てが、すぐそこ、手の届く距離にあった。

 

 あまりにも上手く攻略者を追い詰められたことで、つい功を焦ってしまったのだ。

 

 捕縛まであと一歩。この「あと一歩」で、下手を打った。

 

 追い詰めたところで切り上げて、騎士団や魔導院、王国軍に任せればよかったのだ。全てを自分の手柄にしようとした。それが間違いだった。精鋭部隊を失ったとあれば、昇進どころか左遷確定ではないか。

 

「くぅぅぅ……何たる失態……!」

 

 レオルドはガン! と石の床を拳で殴った。皮が裂け、血が滲む。だがその痛みすら、胸の中で渦巻く焦燥と絶望に比べれば些細なものだった。

 

 

         ◇

 

 

 リーシェは小窓から身を引いた。

 

 屋根裏の隅に背を預け、膝を抱える。干し草の匂いが鼻腔を満たす。乾いた、温もりのない匂い。

 

 ――トトに発信刻印(はっしんこくいん)がある。

 

 それが分かった以上、ただ逃げても意味はない。どこへ行っても、トトを出した瞬間に信号が復活し、また追手がやってくる。この小屋も、次の隠れ家も、その次も。永遠に終わらない鬼ごっこだ。

 

 根本的な解決が必要だった。刻印を見つけて除去するか、あるいは――追ってくる側に断念させるか。

 

 とはいえ、相手は国家だ。あの規模の実行部隊を無力化しただけでは、交渉のテーブルには着いてくれないだろう。国家という巨大な仕組みは、末端を刈り取っても本体は傷つかない。枝を折っただけで幹が倒れるなどと思うほど、リーシェは楽観的ではなかった。もうひと頑張りして、王国の武力の根幹を削る必要がある。

 

「はぁぁぁ……タルい……」

 

 天を仰いだ。屋根裏の梁に蜘蛛の巣が光っている。月明かりを受けて、銀糸のように繊細な光を放っていた。

 

 いったい、どこの少女がこんな――国を相手に武功を挙げなければならない状況に追い込まれるというのか。ただ、静かに暮らしたいだけなのに。カモミールを飲んで、トトの料理を食べて、ぼうっと空を眺めて、それだけでよかったのに。

 

 どこで道を間違えたのだろう。

 

 ダンジョンを攻略したこと? いや、もっと前だ。ガルドのパーティに入ったこと? それとも、この世界の草原で目を覚ましたこと、それ自体が間違いだったのか。

 

 答えは出ない。出るはずもない。

 

 リーシェはため息をもう一つ吐いてから、胸の奥に意識を向けた。

 

「……出て。トト」

 

 収納空間から、トトの身体がふわりと現れた。干し草の上に、仰向けに横たわる。まだ少し腫れている顔。乾いた血の跡が頬にこびりつき、裂けた唇がかさぶたを作りかけている。

 

「……ん……ねえさん……?」

 

 トトの目が、うっすらと開いた。

 

「あのね、トト」

 

 リーシェは膝の上にトトの頭を乗せ――いや、乗せようとして、途中でやめた。なんとなく気恥ずかしかったのだ。

 

 代わりに干し草を寄せ集めて枕にしてやりながら、状況を手短に説明した。

 

 治安局の追手が来たこと。煙幕で攻撃されたこと。自分自身を収納して逃れたこと。そして――トトの身体に、発信刻印(はっしんこくいん)が埋め込まれていること。

 

「え……俺に、そんなもんが……?」

 

 トトは腫れた目を見開いた。自分の両手を見つめ、腕を撫で、首筋を触る。だが、何も見つからない。皮膚の下に沈み込んだ刻印は、目視では発見できないのだ。

 

「多分、牢で気を失ってる間にやられたんだと思う。だから逃げてもすぐ見つかった」

 

「そんな……。姐さん、すみません。俺のせいで……」

 

「あなたのせいじゃないわ」

 

 リーシェの声は淡々としていたが、そこにはいつもの気怠さとは違う、静かな確かさがあった。まるで、揺るぎようのない事実を述べるかのように。

 

「裏市場に行ったのだって、私のためでしょう。謝らないで」

 

 トトが口を開きかけたが、リーシェが遮った。

 

「まぁ、今晩はもう寝ましょ。考えるのは明日にするわ」

 

「で、でも姐さん。追手が――」

 

「さっき実行部隊はナイナイしたから、しばらくは来ないわ。たぶん」

 

「た、たぶんって……」

 

「寝なさい。身体、ボロボロでしょう」

 

 トトは何か言いたそうにしていたが、リーシェの黒い瞳に見つめられると、それ以上は言葉が出なかった。あの無表情の奥に、言葉にならない感情が揺れているのが見えたから。怒りでもなく、悲しみでもなく、もっと複雑で、もっと柔らかい何か。

 

「……はい。おやすみなさい、姐さん」

 

「おやすみ」

 

 トトはすぐに眠りに落ちた。身体が限界だったのだろう。荒い呼吸がゆっくりと安らいでいき、やがて穏やかな寝息に変わる。

 

 

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