美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
だが、この場の誰も気づいていなかった。
リリカの推理は見事だった。論理は完璧だった。収納魔法という一つの能力で全ての事象を説明しきった、その知性は確かに首席賢者の名に恥じない。
しかし――リリカは一つだけ、致命的な誤りを犯していた。
それは、『生物を収納できる』という可能性を排除してしまっていたことだった。
収納魔法では生物は収納できないという常識に縛られ、前例のない事態をリリカは見落としていたのだ。
最強の才媛は、最凶の少女の本質を見誤ったまま、朝の空へと飛び立っていった。
◇
小屋に居る二人にも朝が来ていた。
さんさんと降り注ぐ朝の陽ざしが、麦畑を覆う朝靄を少しずつ払っていく。
小屋の屋根裏には、干し草の匂いとハーブティーの香りが漂っていた。
リーシェとトトは小窓に並んで腰掛け、麦畑を眺めていた。二人ともハーブティーの入った錆びたカップでかじかんだ手を温める。
「姐さん、ワイバーンの肉でも焼きましょうか?」
「朝からステーキもねぇ……。パンもないし……」
リーシェは気のない声で答えた。ワイバーンの肉は収納空間の中にあるが、朝からガッツリ肉という気分でもない。
二人は青臭いハーブティーを啜りながら、陽の光に輝きだす麦畑を見つめていた。穏やかな朝の風景。けれどその穏やかさが、嵐の前の静けさであることは、二人ともわかっていた。
昨夜、工作部隊を消した。治安局は混乱しているだろう。だが国家は、殴り返されて引き下がるほど柔な組織ではない。今日、必ず何かが来る。
◇
その「何か」は、二人の予想よりも早く、そして予想外の形で現れた。
「……ん?」
トトが目を細め、王都の方角を見つめた。
朝焼けの空に、何かが浮かんでいる。鳥ではない。変な形をした何かが、こちらに向かって真っ直ぐに飛んできていた。
「なんすかアレ? え……? 人間?」
「赤毛の……女の子?」
リーシェが目を凝らした。
朝の日ざしに輝きながら、一人の少女が空を飛んでいる。長く赤い髪が朝風にたなびき、白いローブの裾がはためいている。
「飛んでるわよ……?」
「飛べる女の子と言えば、こないだ話題になった首席賢者かも?」
「何それ」
「知らないんすか? 十八歳で魔導院のトップになった才媛っすよ。名前は確か、リリカ・アステリア――。最悪だ……あちゃー……」
トトが頭を抱えた。
「なんでそんな女の子がトップになれるのよ」
「だって史上最強の魔術師なんですよ? ほら、空だって飛べてるじゃないですか」
この世界では魔法で空を飛ぶこと自体は不可能ではない。だが、あのように自在に飛び続けるには途方もない魔力と、それを制御する技術が必要だ。普通の魔法使いなら数秒の浮遊が限界のところを、あの少女は朝の散歩でもするかのように悠々と空を泳いでいる。
「トップが一人で来たってこと? 頭大丈夫かしら」
リーシェは首をかしげた。
「それだけ自信があるってことっすよ。気をつけてください」
「はぁ……タルい……」
◇
リリカ・アステリアは小屋の手前上空で停止した。
地上から百メートルほどの高さ。小屋を見下ろせるが、手の届かない距離。朝の光を浴びて、白いローブがきらきらと輝いていた。
リリカの周囲の空気が震え、魔力の波動が同心円状に広がっていく。やがて多面体の薄い光の膜がリリカを囲むように展開された。対魔法結界。あらゆる魔法攻撃を無効化させる、最高レベルの防御の術式だ。
準備万端、とでも言うように、リリカは満足げに頷いた。
そして。
「おーい、攻略者ー! 出てこーい! 魔法勝負しようぜー!」
朝の麦畑に、場違いなほど明るい声が響き渡った。
小屋の屋根裏で、リーシェとトトは顔を見合わせた。
「……楽しそうね、あの子」
「楽しそうっすね……」
リリカの声には、戦いを前にした緊張は微塵もなかった。遠足に来た子供のような、純粋な高揚感だけがあった。
「どうする? 消す?」
リーシェはトトに訊いた。一声かければそれで終わる。昨夜の精鋭部隊と同じだ。
「うーん……何か次につながる話をしてから消したいところっすよねぇ……」
トトが腕を組んで唸った。今の二人に必要なのは、ただ敵を排除することではない。国家との交渉の糸口だ。
「何ー? ビビってんのー? だっさー! キャハッ!」
上空からリリカの嘲笑が降ってきた。
「やっぱ消そう……」
リーシェはリリカへと右手を伸ばす。
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいっす!」
トトが慌ててリーシェの右手を押さえた。
リリカは腕を組み、挑発的な笑顔で浮かんでいる。赤色の髪が風に揺れ、緋色の瞳がきらきらと朝日を弾いていた。
「まぁいいわ。どうせ私が勝つんだから」
リリカの声が、すっと真面目になった。遊びの色は残っているが、その奥に首席賢者としての確信が覗いている。