美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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49. 何すんのよぉ!

「もし……本当にそうだとしたら……」

 

 宰相の声が、掠れていた。

 

 見える相手なら消せる。何人でも。一瞬で。距離も関係ない。防御も意味がない。結界も、魔法も、鎧も、兵士数も、何一つ通用しない。

 

 見つかった時点で、負けなのだ。

 

 そんな化け物は前代未聞だった。人類の宿敵と恐れられる魔王ですら、そんな魔法は使えない。魔王は軍勢を率い、魔法で戦い、直接的なぶつかり合いで世界を脅かしているだけだ。

 

 だが攻略者の収納魔法はそれとは格が違う。何しろ「見つかった瞬間に消される」のだ。もはや戦争になどならない。見つかったら負けなどという能力は、戦争の常識そのものを覆す。

 

 対抗手段が、存在しない――。

 

「とんでもないバケモンだ……」

 

 騎士団長ヴァルゲンはその事態の深刻さによろよろと後ずさる。

 

「まずい……まずいぞ……」

 

 宰相が頭を抱えた。白髪を掻きむしり、深い皺の刻まれた顔が、さらに十歳は老け込んだように見えた。

 

「和睦しましょう!」

 

 声を上げたのは、治安局長レオルドだった。

 

 蒼白な顔に、しかし妙な輝きが宿っている。ここまで事態が大きくなれば、自分の失態など些末な問題に過ぎない。むしろ、和睦交渉の過程で功を立てられれば――。

 

「和睦です、宰相閣下! 即座に! これ以上の犠牲を出す前に!」

 

「くぅぅぅ……。それしか、ないだろうな」

 

 宰相がゆっくりと顔を上げた。その目には、政治家としての冷徹な計算が戻り始めていた。恐怖は消えていない。だが、恐怖を呑み込んで判断を下すのが、この男の仕事だ。

 

「今すぐ伝書鳩を飛ばします!」

 

「待て」

 

 宰相がレオルドを制した。

 

「和睦といっても王国は小娘相手には折れんぞ? 王宮に誘い込んで首輪をつけて飼いならすか…ダメなら殺せ」

 

「もちろんです! 王宮内ならこっちのもの。言うこと聞かせて見せます!」

 

「よろしい……まずは小娘の要求を聞いてみろ」

 

「かしこまりました!!」

 

 レオルドが駆け出していった。階段を転がるように降りていく足音が、石の回廊に反響する。

 

 残された三人は、しばらく無言で朝の空を見上げていた。

 

 王国に降って湧いたとんでもない災厄。この災難をうまく乗り越え、吉と出来るかどうか――王国の未来はまさに和睦交渉その一点にかかっていた。

 

 雲が流れ鳥が鳴く、何事もなかったかのような、穏やかな朝。

 

 だが、王国と最凶の少女とのぶつかり合いはフェーズを変え、ヒートアップしていく。

 

 

         ◇

 

 

 麦畑の小屋の屋根裏。

 

 リーシェは小窓の縁に頬杖をついたまま、城壁の方角を眺めていた。魔法陣の光も、人の気配も、もう見えない。

 

 隣でトトが、ぽかんと口を開けている。

 

「姐さん……今の……全員……?」

 

「……ええ。全員消したわ」

 

 リーシェの声は平坦だった。けれどその右手は、膝の上で小さく震えていた。

 

 重い。

 

 首席賢者。炎の龍。魔導院の部下たち。一度に大勢の人間を収納した「重さ」が、精神の底に沈んでいく。昨夜解体して軽くしたはずの収納空間が、再び人間の気配で満たされていた。

 

 リーシェは小窓から目を逸らし、錆びたカップに残ったハーブティを一口啜った。

 

 冷めている。青臭い。美味しくない。

 

 でも、手が震えるのが少しだけ収まった。

 

「……まぁ、これで向こうも少しは考え直すでしょ」

 

「考え直すって言うか、もう国の戦力の半分吹っ飛ばしてませんか……?」

 

「そうかしらね」

 

「そうっすよ!」

 

 トトが渋い顔で深刻度を増していく事態に胃を押さえた。

 

 リーシェは肩をすくめ、冷めたハーブティを飲み干す。

 

「……さて。次は向こうから何か言ってくるわ。たぶん」

 

「たぶんって……」

 

「だって他に打つ手がないもの。交渉するしかないでしょう。相手もさらに兵士を投入する程さすがにバカじゃない……はず?」

 

 リーシェは空になったカップを膝の上に置き、朝の麦畑を眺めた。

 

 焦げた跡がまだ煙を上げている。穏やかな風景の中に、一つだけ黒い傷跡。

 

 ――静かに暮らしたいだけなのに。

 

 いつもの言葉が、喉元まで上がってきて、そのまま飲み込んだ。

 

 今はまだ、言っても仕方がない。何としてでも交渉で勝ち取る以外道はなくなったのだ。

 

 朝の風が、麦畑を渡っていく。焦げた匂いの中に、かすかに香ばしい何かの香りが混じっていた。

 

「……トト」

 

「はい?」

 

「お茶、もう一杯もらえる?」

 

「はいっす! すぐ淹れるっす!」

 

 トトが嬉しそうに立ち上がった。

 

 リーシェはその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。

 

 その時だった――。

 

『ちょっとぉ! 何すんのよぉ!!』

 

 声が、頭の中に響いた。

 

 外からではない。耳からでもない。脳の内側に直接叩きつけられたような、鮮明で、甲高い、少女の声。

 

「……え?」

 

 リーシェは目を見開いた。

 

 聞き覚えがある。さっき空の上から「きゃははは」と笑っていた、あの声だ。

 

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