美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

5 / 119
5. 認められない現実

 明日も薬草採取の依頼があるかしら――?

 

 でも、それすらもどこか他人事のようで、切迫感が湧いてこない。焦りも、恐怖も、霧の向こうに(かす)んでいる。

 

(もしかして、死んだら……思い出せるのかしら……?)

 

 リーシェはふとそんなことを思い、慌てて首を振った。

 

 死を想えばそれに飲み込まれる。たとえ思いついただけとしても、それはまるで麻薬のように甘美な匂いをまき散らし、心をからめとってくる。

 

 いつか誰しも死ぬとしても、今選ぶのは違う気がしたのだ。

 

 リーシェは窓辺の椅子からベッドへと移り、煎餅(せんべい)布団に身を横たえた。古い木枠の軋む音が、静かな部屋に響く。

 

 目を閉じると、今日の出来事が瞼の裏に浮かんでは消えた。ゴブリンの叫び声。消える音。震える指先。逃げていく緑色の影。

 

 そして、窓の外では作り物の月が、変わらず冷たい光を投げかけている。

 

 彼女はそのまま、泥のような眠りに落ちていった。

 

 

       ◇

 

 

 同じ頃――。

 

 ダンジョンの第三階層で、ガルド率いる『黄金の剣』は立ち往生していた。

 

 薄暗い石造りの通路に、松明の炎が揺れている。壁には苔が生え、どこからか水の滴る音が響いていた。本来ならば、Bクラスパーティにとっては準備運動のような場所だ。目を瞑っていても進めるほど、何度も踏破してきた道のはずだった。

 

「くそっ、くそっ……!」

 

 ガルドは地団駄を踏んだ。金色の髪が乱れ、整った顔が醜く歪んでいる。

 

 前衛の盾役が、壊れた盾を手に途方に暮れていた。革製の取っ手が千切れ、腕を通すことができない。先ほどオークの一撃を受け止めた際に、劣化(れっか)していた革が限界を迎えたのだ。

 

「おい、修理道具は!?」

 

 ガルドは新入りの荷物運び(ポーター)を鋭くにらんだ。

 

「な、ないです……」

 

「部材は!? 予備の革紐とか!」

 

「それも……」

 

 荷物運び(ポーター)が、おろおろと首を振った。背中の収納袋は膨らんでいるが、中身は食料と最低限の備品だけ。それ以上は入りきらずに運べなかったのだ。

 

「はぁ!? リーシェはいつも持ってきてただろうが!」

 

 その名前を口にした瞬間、ガルドの胸に苦いものが込み上げた。

 

「そ、そんなの、普通は準備してませんよ。そんなのまで入れてたら容量オーバーで飲み物とか入りませんから……」

 

 荷物運び(ポーター)の声が震え、怯えた目でガルドを見上げている。

 

 ガルドは頭を抱えた。

 

 盾がなければ前衛が機能しない。つまりこれ以上戦えない。たかが取っ手一つ、革紐一本。それがないだけで、攻略が止まる。

 

 こんなことは、今まで一度もなかった。

 

「くぅぅぅ……。ブスめ……」

 

 リーシェはどんな時でも必要なものを出してくれていた。無表情でぶっきらぼうで、愛想などこれっぽっちもなかったが、それに大きく助けられてきたのも事実だった。

 

 ――――リーシェは面倒くさいから備品全部を【収納魔法】で突っ込んでいただけなのだが、こんな破格な【収納魔法】を持っている人は他にはいない。

 

「……撤退だ」

 

 苦渋の決断だった。その言葉を絞り出すのに、どれほどの屈辱を飲み込んだことか。

 

 パーティの面々が顔を見合わせる。困惑と、そして――失望の色が、その目に浮かんでいた。

 

「リーダー、流石にこれは……」

 

「うるせえ! あのブスの話はすんなよ!」

 

 ガルドは怒鳴った。だが、その声は虚しく石壁に反響するだけだった。

 

 誰も何も言わない。重い沈黙が、湿った空気と共にパーティを包み込んだ。

 

 ガルドは顔をしかめながら、来た道を振り返った。松明の明かりが揺れ、自分たちの影を壁に投げかけている。

 

 ふぅ……。はぁ……。

 

 ため息が静かに響き――パーティは無言で歩き出す。誰も、ガルドの方を見ようとしなかった。

 

「くそっ……くそっ……!」

 

 ――あのブスめ。俺に恥をかかせやがって。

 

 絶対に認められない。ガルドはギリッと奥歯を鳴らした。

 

 自分の愚かさを省みることなく。

 

 全ての責任を、あの黒髪の少女に押し付けながら。

 

 

          ◇

 

 

 彼は知らない。

 

 その『ブス』と罵った少女が、伝説の魔物すら一瞬で消し去る、世界最凶の力を持っていることを。

 

 そして――その力が、やがて世界の命運を左右することになることを。

 

 今はただ、薄暗いダンジョンの中で、己の矮小さにすら気づかぬまま、男は(きびす)を返した。

 

 松明の炎が、ゆらゆらと揺れていた――。

 

 

       ◇

 

 

 翌日の夕方――。

 

 宿の食堂は、夕暮れ時の柔らかな光に包まれていた。

 

 カウンター席に腰掛けたリーシェは、目の前の皿を見つめている。今日の夕食は煮込み料理だった。湯気が立ち上り、香ばしい匂いが漂っている。

 

 スプーンで一口――。

 

 リーシェはにっこりとほほ笑み、ふぅと息をついた。

 

 

          ◇

 

 

 一年前のことを思い出す――。

 

 この宿に初めて足を踏み入れた日のこと。

 

 記憶を失い、草原で目覚めてから数ヶ月。リーシェはどうにか冒険者ギルドに登録し、荷物持ちの仕事を始めていた。だが、どこへ行っても、何を食べても、世界は色褪せたまま。

 

 どこの食堂へ行ってもむなしかった。

 

 他の客たちは美味しそうに頬張り、談笑しているが――。

 

 ――砂を噛むような味がした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。