美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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51. 魔導院特別顧問

「でもアンタ入ってるじゃない」

 

『だから教えてって言ってんの! どうやってるのよ!? 原理は? 術式は? 魔力制御のパラメータは?』

 

「知らないわよ。気がついたら使えてただけなんだから」

 

『何よそれ……』

 

 リリカが愕然(がくぜん)とした顔をした。首席賢者として、魔法の全てを理論で解き明かしてきた少女にとって、「気がついたら使えていた」ほど許しがたい回答はないのだろう。理屈がない。法則がない。再現性がない。それは学者にとって、最も恐ろしい言葉だ。

 

「それより」

 

 リーシェは話を戻した。

 

「静かに暮らせるようにしてよ。そしたら解放してあげるわ」

 

 リリカは画面の中で腕を組み、緋色の瞳をくるくると回した。考えている。首席賢者の頭脳が、猛烈な速度で政治的な最適解を弾き出していた。

 

『んー……分かったわよぉ。きっと交渉になるから、こう言いなさい。「魔導院の特別顧問に就任させろ」ってね』

 

「顧問? 嫌よそんなの」

 

『名前だけよ』

 

 リリカの声が、初めて真面目な響きを帯びた。

 

『特別顧問には何の義務もないわ。会議に出なくていい。報告もしなくていい。好きな場所で好きに暮らせばいい。でも肩書きがあれば、王国の人間はあなたにちょっかいを出せなくなる。面倒な連中を遠ざけるための盾よ。便利に使って』

 

 リーシェは少し考えた。

 

 名前だけの肩書き。義務なし。自由に暮らせる。面倒な連中は来ない。給料も出る。

 

 悪くない。

 

「……それならいいけど。タルいわ……」

 

『よし! 交渉成立! 上手く行ったら解放してよね』

 

 リリカの声が、一気に明るさを取り戻した。画面の中で跳ね上がり、赤色の髪が揺れている。

 

『私はリリカ・アステリア。魔導院の主席賢者にしてアステリア公爵家の長女よ? あなたは?』

 

「私はリーシェ。ただの記憶喪失者だわ」

 

『記憶喪失……それはそれは。興味深い子ねぇ』

 

 リリカの緋色の瞳が、好奇心でちかちかと輝いた。

 

『まぁ、あたしも昔のこと全部忘れちゃったんだけど。ぬははは。で、あの男は?』

 

「あぁ、彼はトト。腕のいい料理人よ」

 

「あの……姐さん?」

 

 背後からトトの声がした。振り返ると、ハーブティの入ったカップを両手に持ったまま、ぽかんとした顔をしている。

 

「さっきから何言ってるんすか? 独り言? 大丈夫っすか?」

 

 リリカの声はリーシェにしか聞こえていないのだ。端から見れば、リーシェは虚空に向かって一人で喋っている変な人でしかない。

 

「……説明はあとで」

 

 リーシェは手を振ってトトを黙らせると、干し草のところまで歩いていき、ぽすっと身体を預けた。乾いた草が(きし)み、ふわりと埃っぽい匂いが舞い上がる。

 

『ふーん』

 

 リリカの声が、急にいたずらっぽくなった。

 

『なんだか可愛い男ねぇ。もう付き合ってるの?』

 

「そ、そんなんじゃないわ!」

 

 リーシェの頬が、ほのかに赤くなった。

 

 いつもの無表情が崩れた。鋼鉄の鎧に、また隙間ができた。

 

「姐さん? なんか顔赤くないっすか?」

 

「うるさい。黙って」

 

『ふふーん。手伝おうか? 私、こう見えて恋愛指南も得意なのよぉ?』

 

 画面の中でリリカがにやにやと笑っている。収納空間に閉じ込められて【解体】を二発食らったばかりだというのに、この少女の図太さは一体何なのだろうか。

 

「余計なことはしないでいいわ。【解体】するわよ?」

 

『止めて止めて! 冗談よ、冗談! もう言わないから! やめて!』

 

 リリカが両手を振って必死に弁解する姿に、リーシェは小さくため息をついた。

 

 面倒な味方が増えた。

 

 静かに暮らしたいだけなのに、どんどん周りが騒がしくなっていく。トトだけでも充分だったのに。

 

 でも。

 

 リーシェはちらりと管理画面に目をやった。リリカの表示枠の中で、赤色の髪の少女がくるくると動き回り、何やら収納空間の構造を観察しようとしているのが見える。学者の(さが)だ。閉じ込められても好奇心は止まらないらしい。

 

 ――まぁ、悪い子ではなさそうね。

 

 騒がしくて、自信過剰で、空気を読まなくて、人の話を聞かなくて、恋バナに首を突っ込んでくる。この騒がしさは自分と全くの正反対である。

 

 でも、頭はいい。政治もわかる。そして何より――この子は、【ナイナイ】の中で動ける。それは脅威であると同時に、他の誰にもない可能性でもあった。

 

 リーシェは画面を閉じ、干し草に背を預けたまま天井を見上げた。

 

 屋根の隙間から、朝の光が細い筋になって差し込んでいる。

 

 頼もしい味方が、一人増えた。

 

 その事実が、少しだけ――ほんの少しだけ――心を軽くしていた。

 

 

        ◇

 

 

 鳩が来たのは、昼前だった。

 

 白い伝書鳩が麦畑の上を低く飛び、小屋の窓枠にとまった。小さな足に、巻かれた紙片。

 

 リーシェはそれをほどき、目を通した。

 

『要求を伝えよ。会談を設ける』

 

 短い文面。だが、そこには王国の紋章入りの印章が押されていた。正式な外交文書だ。国家が、一人の少女に譲歩した証。

 

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