美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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53. 毒針の握手

「麻痺させて【抗魔の首輪】を嵌めてしまえば、もはやただの小娘ですよ。くっくっく」

 

 レオルドが顔を歪めた。それは笑みと呼ぶにはあまりにも卑しく、いやらしい歪み方だった。

 

「罪人として国の道具にしてこき使ってやりましょう。あの力を王国のために使わせる。逆らえば首輪が締まる。死ぬまで働かせればいい」

 

 宰相は何も言わず、静かにうなずいた。

 

 ノコノコと王宮までやってくる小娘。この時点で勝ったも同然なのだ。荷物持ちの小娘など、どんなに強力な魔法を持とうが百戦錬磨の我々にかなうわけがないのだ。奴隷のように便利に使ってやろう。

 

 それが、この国の答えだった。

 

 和睦交渉の席を設けると言いながら、その裏で罠を張る。和睦の手を差し伸べておいて、握手の瞬間に毒針を刺す。権力とは、そういうものだ。

 

 窓の外を、黒塗りの馬車が王宮の門をくぐっていくのが見えた。

 

 四人の男たちは、互いに頷き合い、それぞれの持ち場へ散っていった。

 

 

         ◇

 

 

 馬車が王宮のアプローチに入っていく。

 

 白い石壁。金の門扉。衛兵が左右に直立し、門が重々しく開かれる。

 

 その瞬間、リリカの声が響いた。

 

『それじゃ、先に中を見てみるわ』

 

 リリカは収納空間の中にいながら、リーシェの周囲十数メートルの範囲なら幽体離脱(ゆうたいりだつ)したかのように外の状況を感知できるようだった。その知覚がするすると伸びていき、王宮の壁を透かし、廊下を辿り、会議室の方角を探っている。

 

 数秒の沈黙。

 

『……ビンゴ。会議室の天井裏に怪しい箱がある。たぶん魔道具よ。起動装置が仕込んであるわ』

 

 リーシェの目が、わずかに細くなった。

 

『それと、会議室の壁の向こうに騎士団員がいるわ。武装して、ずらっと並んでる。壁が薄くなってて、合図一つで突入できるようになってるみたい』

 

「……そう」

 

『あと、隣の部屋に宰相と参謀総長。奥の部屋で遠見鏡で会談の様子を見るつもりね』

 

 リリカの声から、ふざけた調子が消えていた。

 

『最初から交渉する気なんかないのよ、こいつら。罠にかけて捕まえる気満々じゃない。伝書鳩で和睦を申し込んでおいて、やることがこれ? ……最低ね』

 

 リーシェは深いため息をついた。

 

 予想はしていた。

 

 国家が素直に少女と交渉に応じるはずがない。会談を申し出たのは、騙して捕縛のタイミングを得るためだろうと。

 

 わかっていたけれど、やはりため息は出る。

 

 ほんのわずかでも、話し合いで解決できるかもしれないと――そんな甘い期待を、心のどこかで抱いていたのだ。

 

「……タルい」

 

 いつもの口癖。けれどその三文字に、疲労と失望がにじんでいた。

 

「姐さん? どうしました?」

 

「何でもない。行くわよ」

 

 エントランスに停められた馬車を降り、衛兵に案内されて王宮の回廊を歩く。純白の大理石の柱が並び、窓から午後の光が差し込んでいた。リーシェの黒髪が光の中で艶めき、白い大理石に黒い影を落としている。その隣でトトがきょろきょろと周囲を見回していた。天井画や壁の彫刻に目を奪われている。場違いな観光客のようだったが、その無邪気さが、かえってリーシェの心を少しだけ軽くした。

 

 会議室の扉の前に着いた。

 

 重厚な樫の扉。金の象嵌。その向こうに、罠が待っている。伏兵と、爆裂魔道具。国家が総力を挙げて仕掛けた、一人の少女を捕らえるための檻。

 

 リーシェは一度だけ目を閉じた。

 

 深呼吸をした。精神の水面を確かめる。波立ちはあるが、まだ余裕がある。収納空間の蓋は安定している。これから相当数の人間の重さは増えるだろうが、今のリーシェなら耐えられる。

 

 それに――今は一人ではない。

 

 リリカの気配が寄り添うように灯っている。騒がしくて、自信過剰で、空気を読まない。でも、頼もしい味方。

 

 そしてすぐ隣にはトトがいる。

 

 大丈夫。

 

 リーシェは目を開いた。黒い瞳に、静かな決意が灯る。

 

 扉が、開いた。

 

 

         ◇

 

 

 会議室の中で待っていたのは、治安局長レオルドだった。

 

 一人だけ。大きなテーブルの向こう側に座り、リーシェとトトが入ってくるのを見て立ち上がった。

 

「やあ、ようこそ! リーシェ殿!」

 

 満面の笑みだった。だがその笑みは、頬の筋肉を無理やり引き上げて作ったもので、目が笑っていなかった。額にはうっすらと汗が浮かび、手が微かに震えている。

 

 レオルドは小走りでやってくると右手を差し出した。握手を求めているのだ。

 

『握手は絶対ダメ!』

 

 リリカが叫ぶ。

 

 リーシェはその手を見下ろし――視線だけを上げてレオルドの目を見た。

 

 無表情。

 

 お前の考えなどわかっていると言わんばかりの冷徹な黒い瞳。

 

 そのまま、レオルドの手を無視して席についた。

 

 

 

 

 

 

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