美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「……そ、そうですか」
レオルドは空振りした右手を引っ込め、屈辱を噛み殺すように唇を歪め、自分も席に着いた。手のひらに仕込んでおいた麻痺毒の針。握手したらそれで全て完了だったのに――。
咳ばらいをすると、気を取り直しレオルドは陽気な口調でまくし立てた。
「いやはや、リーシェ殿の収納魔法は実に素晴らしい。我が王国の歴史においても、これほどの魔法使いは――」
「そんなのどうでもいいわ」
リーシェがピシャリと遮る。
「世間話をしに来たんじゃないの。契約書を出して」
「は、はは……。まぁまぁ、そう急かずに。お茶でもいかがですか」
レオルドが手を挙げると、侍女が静かに近づいてきた。銀の盆に陶器のティーカップを二つ載せ、琥珀色の液体を丁寧に注いでいく。
湯気が立ち上り、芳しい香りが漂った。
リーシェはカップに視線を移し、茶の一部を【ナイナイ】で掬い取る。
画面を開けばお茶の枠で内容説明が読める。
『上級紅茶、麻痺毒』
リーシェの表情は、髪の毛一筋も動かなかった。
隣でトトがカップに手を伸ばしかけ――リーシェは何気ない仕草で、その手をそっとさえぎった。
ちらりとトトに視線をやる――。
トトの目が一瞬見開かれ、すぐに察した顔になった。カップから手を離し、テーブルの下で拳を握る。
リーシェが茶を飲まなかったことに口をキュッと結ぶと、レオルドが咳払いをした。
「さて、本題に入りましょう。リーシェ殿の要求は拝見しました。一通り問題ないですが、特別顧問への就任であれば――国防の一端を担っていただきたい」
「断るわ」
「し、しかし、給料をお支払いする以上、何らかの職務を――」
「私は静かに暮らしたいの。仕事はしない。それが条件」
「そうは申されても、王国としては――」
「なら交渉決裂ですね」
リーシェは椅子をずらして立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ事を構えるつもりですか?」
「それはこっちのセリフ……。もう少し戦力を削ってから再交渉ですね」
リーシェは長い黒髪を手でかき上げる。
レオルドの顔から、作り笑いが剥がれ落ちた。
「……帰れると思うのか? あぁ?」
声が変わっていた。
「何? こいつらのこと? ナイナイ」
リーシェは会議室の壁を消した――。
会議室の左側面、天井から床まで――白い壁がごっそりと消失し、その向こうの光景が
騎士団の精鋭たちが、武装してずらりと並んでいた。
銀の鎧。電撃効果のある魔法剣。魔法槍。十数人の屈強な騎士たちが、突入の合図を待って身構えていた――が今、彼らの目は白黒している。
薄い壁一枚を隔てて待機していたはずが、いきなりその壁が消え、目の前に会議室が丸見えになったのだ。黒髪の少女が、こちらを見ている。無表情の、黒い瞳で。
「と、突撃ぃぃぃ!!」
騎士団長が叫ぶと同時に――。
「ナイナイ」
全員が一斉に消えた。
鎧の軋みも。靴の音も。息遣いすらも。全てが虚空に呑まれ、そこには最初から誰もいなかったかのような空白だけが残された。
『ヒャッホゥ! 最高!』
リリカは手を叩いて笑っている。
「キャァァァァ!!」
侍女たちが悲鳴を上げ、食器を放り出して逃げ去った。銀の盆が床に落ち、甲高い音を立てて転がっていく。毒入りの茶が大理石の床にぶちまけられ、琥珀色の水溜まりが広がった。
「あ、あああああぁぁ……!」
レオルドの顔が、蒼白を通り越して灰色に変わっていた。
「どう? まだやるの?」
リーシェの声は、凪いでいた。怒りも、脅しも、感情の色を一切含まない透明な声。だがその透明さが、かえって恐ろしかった。嵐の目の中に立つ者の声。
「く、くそう……! こうなったら……!」
レオルドがジャケットの内側に手を突っ込んだ。取り出したのは、掌に収まるほどの小さな魔道具。金属製の筐体に、赤いボタンが一つ。
「死ねぃ!」
レオルドが渾身の力でボタンを押し込んだ。
カチッ。
何も起こらなかった。
カチッ。カチッ。カチッカチッカチッ。
レオルドが何度もボタンを押すが――何も起きない。ただ、空しいクリック音だけが会議室に響いている。
レオルドは顔を引き攣らせ、天井を見上げ――仰天した。
天井にぽっかりと穴が開いていた。四角い切り取り跡。そこに仕込まれていたはずの魔道具の箱が、跡形もなく消えている。
リリカが教えてくれた「天井裏の怪しい箱」。リーシェは会議室に入った時点で、既にそれを【ナイナイ】していたのだ。
「はぁぁぁ……」
リーシェはため息をついきながら、レオルドに右手を向ける。
「ひ、ひぃぃぃ! や、止めてくれ! すまん! 契約しよう契約!!」
慌てて立ち上がり、両手をぶんぶん振って命乞いをする中年男。
『何コイツ、超笑えるんだけど? 消して大丈夫よ』
リリカは冷徹にアドバイスする。