美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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54. 交渉決裂

「……そ、そうですか」

 

 レオルドは空振りした右手を引っ込め、屈辱を噛み殺すように唇を歪め、自分も席に着いた。手のひらに仕込んでおいた麻痺毒の針。握手したらそれで全て完了だったのに――。

 

 咳ばらいをすると、気を取り直しレオルドは陽気な口調でまくし立てた。

 

「いやはや、リーシェ殿の収納魔法は実に素晴らしい。我が王国の歴史においても、これほどの魔法使いは――」

 

「そんなのどうでもいいわ」

 

 リーシェがピシャリと遮る。

 

「世間話をしに来たんじゃないの。契約書を出して」

 

「は、はは……。まぁまぁ、そう急かずに。お茶でもいかがですか」

 

 レオルドが手を挙げると、侍女が静かに近づいてきた。銀の盆に陶器のティーカップを二つ載せ、琥珀色の液体を丁寧に注いでいく。

 

 湯気が立ち上り、芳しい香りが漂った。

 

 リーシェはカップに視線を移し、茶の一部を【ナイナイ】で掬い取る。

 

 画面を開けばお茶の枠で内容説明が読める。

 

『上級紅茶、麻痺毒』

 

 リーシェの表情は、髪の毛一筋も動かなかった。

 

 隣でトトがカップに手を伸ばしかけ――リーシェは何気ない仕草で、その手をそっとさえぎった。

 

 ちらりとトトに視線をやる――。

 

 トトの目が一瞬見開かれ、すぐに察した顔になった。カップから手を離し、テーブルの下で拳を握る。

 

 リーシェが茶を飲まなかったことに口をキュッと結ぶと、レオルドが咳払いをした。

 

「さて、本題に入りましょう。リーシェ殿の要求は拝見しました。一通り問題ないですが、特別顧問への就任であれば――国防の一端を担っていただきたい」

 

「断るわ」

 

「し、しかし、給料をお支払いする以上、何らかの職務を――」

 

「私は静かに暮らしたいの。仕事はしない。それが条件」

 

「そうは申されても、王国としては――」

 

「なら交渉決裂ですね」

 

 リーシェは椅子をずらして立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ事を構えるつもりですか?」

 

「それはこっちのセリフ……。もう少し戦力を削ってから再交渉ですね」

 

 リーシェは長い黒髪を手でかき上げる。

 

 レオルドの顔から、作り笑いが剥がれ落ちた。

 

「……帰れると思うのか? あぁ?」

 

 声が変わっていた。慇懃(いんぎん)な外交官の声から、本性を現した獣の声に。

 

「何? こいつらのこと? ナイナイ」

 

 リーシェは会議室の壁を消した――。

 

 会議室の左側面、天井から床まで――白い壁がごっそりと消失し、その向こうの光景が(あら)わになった。

 

 騎士団の精鋭たちが、武装してずらりと並んでいた。

 

 銀の鎧。電撃効果のある魔法剣。魔法槍。十数人の屈強な騎士たちが、突入の合図を待って身構えていた――が今、彼らの目は白黒している。

 

 薄い壁一枚を隔てて待機していたはずが、いきなりその壁が消え、目の前に会議室が丸見えになったのだ。黒髪の少女が、こちらを見ている。無表情の、黒い瞳で。

 

「と、突撃ぃぃぃ!!」

 

 騎士団長が叫ぶと同時に――。

 

「ナイナイ」

 

 全員が一斉に消えた。

 

 鎧の軋みも。靴の音も。息遣いすらも。全てが虚空に呑まれ、そこには最初から誰もいなかったかのような空白だけが残された。

 

『ヒャッホゥ! 最高!』

 

 リリカは手を叩いて笑っている。

 

「キャァァァァ!!」

 

 侍女たちが悲鳴を上げ、食器を放り出して逃げ去った。銀の盆が床に落ち、甲高い音を立てて転がっていく。毒入りの茶が大理石の床にぶちまけられ、琥珀色の水溜まりが広がった。

 

「あ、あああああぁぁ……!」

 

 レオルドの顔が、蒼白を通り越して灰色に変わっていた。

 

「どう? まだやるの?」

 

 リーシェの声は、凪いでいた。怒りも、脅しも、感情の色を一切含まない透明な声。だがその透明さが、かえって恐ろしかった。嵐の目の中に立つ者の声。

 

「く、くそう……! こうなったら……!」

 

 レオルドがジャケットの内側に手を突っ込んだ。取り出したのは、掌に収まるほどの小さな魔道具。金属製の筐体に、赤いボタンが一つ。

 

「死ねぃ!」

 

 レオルドが渾身の力でボタンを押し込んだ。

 

 カチッ。

 

 何も起こらなかった。

 

 カチッ。カチッ。カチッカチッカチッ。

 

 レオルドが何度もボタンを押すが――何も起きない。ただ、空しいクリック音だけが会議室に響いている。

 

 レオルドは顔を引き攣らせ、天井を見上げ――仰天した。

 

 天井にぽっかりと穴が開いていた。四角い切り取り跡。そこに仕込まれていたはずの魔道具の箱が、跡形もなく消えている。

 

 リリカが教えてくれた「天井裏の怪しい箱」。リーシェは会議室に入った時点で、既にそれを【ナイナイ】していたのだ。

 

「はぁぁぁ……」

 

 リーシェはため息をついきながら、レオルドに右手を向ける。

 

「ひ、ひぃぃぃ! や、止めてくれ! すまん! 契約しよう契約!!」

 

 慌てて立ち上がり、両手をぶんぶん振って命乞いをする中年男。

 

『何コイツ、超笑えるんだけど? 消して大丈夫よ』

 

 リリカは冷徹にアドバイスする。

 

 

 

 

 

 

 

 

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