美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「リーシェ殿の優秀さは、解放された諸君が一番身に沁みてよくわかっているだろう」
中庭がざわめいた。
よくわかっている。身に沁みて。何しろ解放された全員が、その「優秀さ」によって一瞬で消された者たちなのだ。黒装束の精鋭も、騎士団の兵士も、魔導院の魔法使いたちも。全員が、知らぬ間に全てが終わっていて、いきなり中庭へ出されたのだ。
こんな理不尽な攻撃は見たことも聞いたこともない。
それがあの無表情の少女の能力だとするのだとしたら、それはとんでもなく恐ろしい事だった。
「ただし、特別顧問は特殊任務に就くため、諸君と顔を合わせることはないと思う。だが、見かけたら挨拶くらいはしてくれ」
そう言うと宰相は大きなため息をついた。
宰相の目が、一瞬だけリーシェに向く。そこに浮かんでいたのは、屈辱でも怒りでもなく、ただ深い疲労だった。
「以上! 解散!!」
リーシェは無表情のまま、ぺこりと頭を下げた。
これが、特別顧問としての最初で最後の仕事だった。就任挨拶――といっても頭を下げただけだが。これ以降、リーシェがこのテラスに立つことはない。会議に出ることも報告をすることもない。名前だけの肩書き。それでいい。それがいい。
解放された者たちは、お互いの顔を見合わせ、首を傾げ、納得のいかない顔でテラスの上の黒髪の少女を見上げていた。
黒い髪。黒い瞳。無表情。小柄な身体。
これが、自分たちを一瞬で消し去った「最凶」の正体。
どこからどう見ても、ただの少女だった。
だが、その「ただの少女」に、王国は膝を折った。その事実だけが、中庭の午後の光の中に、静かに横たわっていた。
◇
『ちょっとぉ! 私はいつ解放されんのよぉ!?』
テラスを離れた途端、リリカの声が脳内で炸裂した。
「静かな暮らしを手に入れるまでって約束でしょ? もうちょっとだけ付き合って」
『えーーっ! もう十分静かになったじゃない! 契約も結んだし!』
「まだよ。ちゃんと静かな暮らしが構築できてから。もうちょっと」
『ぶーぶー』
リリカが頬を膨らませている気配が伝わってくる。だが、すぐに機嫌を直したらしく、ふぁーあ、と大きなあくびの感覚が響いた。
『まぁ、ここの居心地って悪くないし。勝手に運ばれていくってのも楽でいいわ。動かなくていいし。どっか着いたら起こして。おやすみー』
「寝るの?」
『眠いんだもん。全部終わったら出してねー』
リリカの気配が、すうっと遠のいていった。収納空間の中で丸くなって眠り始めたらしい。収納空間唯一の住人は、自分の部屋のように寛いでいるようだった。
リーシェは小さくため息をつき、トトと並んで王宮を後にした。
◇
その頃――王国の人たちの想像をはるかに超えて大陸が、震えていた。
帝国の宰相府。
皇帝の執務室に、密偵からの緊急報告書が届いた。
「王国が……一人の少女に制圧されただと?」
皇帝は報告書を三度読み返し首をひねった。信じられない。
少女がたった一人で治安局の精鋭部隊を消し去り、魔導院の全てを消し去って、王宮に単身で乗り込み、防衛線を突破して国王に契約を結ばせた。そんなことがあるだろうか?
大陸随一と称された王国が、たった一人の少女の前に膝を折ったのだ。
前代未聞だった。
歴史書を紐解いても、人間が国家を単身で屈服させた記録など存在しない。
それを、ただの薬草取りの少女が実現してしまった。それはあってはならないことだった。
もしその刃がこちらを向いたら――?
「マズい……マズいぞ……」
皇帝はキュッと口を結んだ。
◇
緊急招集された南方連合の軍議場。
「特別顧問だと? ふざけるな! あの王国が、化け物を飼い慣らしたということだぞ!」
将軍たちが怒号を上げた。
朝から派手に魔導院とドンパチやっていた少女が、王宮で派手に暴れまわって魔導院の特別顧問に就任したという続報は、大陸の安全保障を根底から揺さぶっていた。
王国ですら制圧されてしまう戦力。それが今、王国の側についた。名目上は「名前だけの顧問」だという。だが、国際社会がそんな言葉を額面通りに受け取るはずがない。
特別顧問の肩書きを持つ世界最強の少女が王国にいる――それだけで外交の均衡が崩れ、同盟の意味が変わる。
そもそも『見るだけで消せる』という報告された能力は、将軍たちを震え上がらせた。それは今までの戦術が全く意味をなさなくなる、戦闘の意味を根底から覆される能力だった。
一人で国を落とせる存在。一人で戦争の帰趨を決められる存在。そんなものが一つの国に属したということは、大陸のパワーバランスが根本から書き換えられたことを意味していた。
各国の密偵が王都へ増派され、各国の外交官が王宮に面会を求め、各国の軍部が緊急に防衛計画の見直しを始めた。
大陸が揺れていた。