美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
リーシェは部屋をいくつか見て回り――角部屋の寝室が気に入った。窓が二面にあり、朝日も入る。ベッドは天蓋付きで、シーツは真っ白だった。
リーシェはポスっとそのふわふわのベッドに身を投げ――大きく息をついた。
月桂樹亭の硬いベッドとも比べ物にならないし、あの屋根裏の干し草とは雲泥の差だ。
「ふぅぅぅ……、『静かな暮らし』にはいいベッドが大切だわ……」
十分に満足したリーシェは続いてキッチンへ行き、お湯を沸かす。
やることは一つ。
収納空間からカモミールの乾燥花を取り出し、湯が沸くのを待った。あの小屋で飲んだ青臭い野草茶ではない。本物のカモミール。
ポットにお湯を注いで少し待ち、琥珀色の液体を白磁のカップに注いだ。公爵家の食器棚から借りた、薄くて軽い上等な器。カモミールの甘い香りが、ふわりと広がる。
リーシェはふかふかのソファに身を沈め、一口啜った。
甘い。微かに甘い。リーシェの舌にも感じ取れる、カモミール特有の穏やかな甘さ。精神の水面が、しんと凪いでいく。
「はぁ……」
ため息が漏れた。疲労と安堵が混じり合った、不思議なため息。
ここ最近の大騒動が、走馬灯のように脳裏を過ぎった。
パーティを追放された夜。ゴブリンを初めて収納した森。ダンジョンの攻略。ガルドの襲撃。治安局の牢。小屋での夜。煙幕。自分自身の収納。炎の龍。王宮の突破。国王との対峙。
荷物持ちをクビになってから、まだ一月も経っていない。
それなのに、今は公爵家の別荘でカモミールティーを飲んでいる。
まるでファンタジーのようだった。あまりに急な展開で、実感が湧かない。それでも、このソファの柔らかさも、カモミールの甘さも、窓から差し込む夕日の温もりも――夢ではないのだ。
静かだ。
誰も追ってこない。誰も怒鳴らない。誰も壁を蹴破らない。
ただ、カモミールの香りと、午後の光と、ソファの柔らかさだけがある。
――これが欲しかった。最初から。ずっと。
『ねぇ、そろそろいいんじゃない?』
脳内でリリカの声がした。遠慮がちな、しかし期待を隠しきれない声。
「分かったわ。こんな立派な部屋まで提供してくれたんだから、解放してあげるわ」
リーシェはカップを左手に持ち替え、右手を軽く伸ばした。
「出ろ」
虚空から、赤い髪の少女が現れた。
リリカ・アステリア。白いローブに緋色の瞳。足元が一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直し――。
その手の樫の木の杖に一気に魔力を込め、眩い光が迸ると、振り向きざまその切っ先をリーシェに向けた――。
「キャハ――」
「ナイナイ」
リリカの勝ち誇った笑い声は、最後まで形にならなかった。
部屋が絶対静寂に呑まれ、リリカの姿が虚空に溶けていく。杖の輝きも、赤い髪も、緋色の瞳も、全てが一瞬で消え去った。
部屋にはリーシェだけが残された。カップを片手に無表情のまま。カモミールの湯気が、何事もなかったかのように漂っている。
『うわぁぁぁ! 何よ何よ! どうして!?』
脳内でリリカが絶叫している。
「私ね、なぜかあなたが考えそうなこと、分かっちゃうのよ」
リーシェはカモミールを一口啜った。穏やかな甘さが、喉を滑り落ちていく。
『何よ! どういうことよ!?』
「今までずっと収納されててプライドが傷ついたから、意趣返しに拘束魔法か何かぶっ放して、マウントを取りたかったのよね?」
『……うっ』
図星だったらしい。リリカの気配が、ばつが悪そうにもぞもぞと動いている。
「そういう子供っぽいところを直せないと、怖くて解放できないわ」
リーシェは淡々と言いながら、カモミールをもう一口。
『ごーめーん! ごめんってばぁ……』
「しばらく反省してらっしゃい」
『えーーっ! 悪かったってばぁ……』
リーシェはため息をつき、カップをテーブルに置いた。首席賢者ともあろう者が、このしょうもなさ。だが、嫌いではなかった。少なくとも、腹黒い政治家たちよりは、無邪気でかわいいものだ。
◇
その時だった――。
カランカラン。
呼び鈴が鳴った。
「あら、トトかしら」
リーシェはソファから立ち上がった。トトがそろそろ来る頃である。
『ち、違うわ……』
リリカの声が、急に硬くなった。
『誰これ……? トトじゃない。知らないオッサンよ』
「ん? お客さん?」
『分かんない……でも、何か嫌な感じがする……』
リーシェは扉の前まで行き、様子をうかがった。
「どなた……ですか?」
「こんにちわー! トトさんの件でお話がありましてですね」
明るい声だった。人懐っこい、営業マンのような声。
リーシェの背筋に、かすかな冷たさが走った。嫌な予感だ。
扉を、少しだけ開けた。
そこに立っていたのは、小柄な中年の男だった。仕立てのいいジャケットを着込み、髪をきちんと撫でつけている。丸い目に人のよさそうな笑みを浮かべ、両手を前に組んで佇んでいた。一見すれば、どこにでもいる商人のように見える。