美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
だが、その笑みが――どこか作り物じみていた。口元は笑っているのに、目の奥が笑っていない。まるで、笑顔という仮面を丁寧にかぶっている人間のような。
「トトがどうしたの?」
「我が君がリーシェ様にお話があるということで、トトさんには先に行っていただいてます」
「我が君……?」
『あっ!』
リリカの声が、脳内で弾けた。
『コイツ魔族よ! 人間に変装してるけど、魔力の波長が全然違う! 間違いないわ!』
「ま、魔族……?」
リーシェの目が、わずかに見開かれた。
男の笑みが、ほんの一瞬だけ深くなった。
「おや? なぜ分かったんです? ちゃんと変装したはずなんですがね。……まぁいいや。ですので、ご同行いただけますか?」
「ちょ、ちょっと待って! 魔族の『我が君』って……」
「魔王ゼノヴィアス陛下にございます」
男がうやうやしく頭を下げた。
『あちゃーー……』
リリカが天を仰ぐ気配がした。
魔王。
人類にとって、最大にして最凶の脅威。数千年にわたり人類と戦い続けてきた存在。無数の魔物を操り、街を襲わせ、国を滅ぼしてきた。
特に今代の魔王ゼノヴィアスは、五百年前の就任以来、着実に領土を拡大し、人類の生存圏を圧迫し続けている。魔王軍が行ってきた悪逆非道の数々は歴史書に刻まれ、子供でさえその名を恐れた。
その魔王が、リーシェに会いたいと言っている。
「魔王が何の用? 忙しいんだけど」
リーシェの声は平坦だった。魔王だろうが何だろうが、この静かな暮らしに介入してくるなら許さないという決意がこもっている。
「さぁ、私のような末端には陛下のお考えまでは……。でも、トトさんはもう行かれてますからね。さぁ、参りましょう」
「トトに……何したの」
リーシェの声から、温度が消えた。
あの夜と同じだ。ガルドがトトを殴ったと聞いた時と。透明で、平坦で、だからこそ底知れない怒りを秘めた声。
「ご心配なく。『リーシェ様との会合がお城であります』とご同行いただいただけですよ。今頃は美味しいものでも召し上がっているのでは? くっくっく……」
「今すぐ帰して?」
「それはできかねますな。リーシェ様に来ていただかない限り、解放はできません」
「何それ。人質ってこと?」
「そんな人聞きの悪い。お城にご招待しただけですよ?」
男の笑みが、にじむように広がった。商人の仮面の下で、獣の歯が覗いているような笑み。
「じゃあ、こっちはあんたを人質にしてやるわ……」
リーシェは右手を男にすっと向ける――。
「はーっはっはっは!」
男が声を上げて笑った。見た目の小柄な体格に似合わないほど朗々とした笑い声が廊下に反響する。
「私なんかを人質にしたって、陛下は何とも思いませんよ。むしろ『捕まったら自ら死ね』とおっしゃるくらいですからね」
笑いながら言っているが、その言葉に嘘はなさそうだった。魔族にとって、自分の命は主人への貢物でしかないのだ。
「……仕方ない。行くわ」
『ちょっと! 本気?』
リリカの声に、明確な焦りがあった。
『魔王よ? あの魔王ゼノヴィアスよ? 五百年間、人類を脅かし続けてきた化け物よ?』
リーシェは答えなかった。分かっている。相手は人類の宿敵だ。
『王宮での戦いで、あんたかなり手の内を見せちゃってるのよ? 狡猾な魔王が、何の勝算もなく招くはずがないわ。罠よ、絶対に罠!』
それも、分かっている。
だがトトがいるのだ。トトが向こうにいる以上、行かないという選択肢はない。
「では、こちらを付けてください」
男がジャケットの内側から何かを取り出した。
黒い木製の手枷。両手首を通す二つの輪が鎖で繋がれ、表面には見たこともない文字が刻まれている。文字の一つ一つが微かに脈動するように光っていた。
「これは……?」
「【
『ダメよ!』
リリカが叫んだ。
『こんなの付けたら何もできないわ! 【ナイナイ】も使えなくなる! ただの無力な小娘にされて奴隷にされるわよ!』
しかし――リーシェは無言で【封魔枷】に手を通す。
黒い木が、両手首にぴたりと嵌まった。
刹那、封魔枷が青白い光を放ち、リーシェの魔法を封じていく。
――全身から何かが抜け落ちた。
魔力の流れが断ち切られる感覚。収納空間との繋がりが薄れ、【ナイナイ】の感覚が遠のいていく。
『あちゃー……』
リリカは思わず宙を仰ぐ。
「では、こちらへ……」
ニヤリと笑うと、男は先に立って歩き出した。
◇
夕日が赤く街を染める中、リーシェは別荘を後にした。
まるで逮捕された容疑者のように、黒い手枷をはめられたまま、階下に停められていた馬車へと乗せられていく。通りすがりの人々が怪訝な目でリーシェを見た。黒髪の少女が手枷をはめられて馬車に乗る。異様な光景だった。