美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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64. 巨大な暴力装置

 唯一味の感じられる料理を出してくれたり、必死に工夫して青臭いハーブティを入れてくれたあの手。殴られてもリーシェの秘密を守り通した、あの不器用で真っ直ぐな男。

 

 自分に関わらなければ、今頃トトは月桂樹亭の厨房で楽しく料理を作っていただろう。新しいメニューを考え、賄いを試作し、大将に文句を言われながらも笑っていたに違いない。

 

 関わってしまったがために拷問を受け、追い出された。そして今、魔王軍の人質になっている。

 

 全部、私のせいだ。

 

 ――関わらなければ、よかった。

 

 その考えが胸を過ぎった瞬間、リーシェはきゅっと唇を結んだ。

 

 違う。

 

 そんなこと、いまさら言っても何にもならない。

 

 トトは自分で選んだのだ。裏市場に行くことも、口を割らないことも、リーシェの料理を作り続けることも。全部、トトが自分で選んだ。あの男はそういう人間だ。自身の意志で動き、自身の意志でそばにいる。

 

 だから自分にできることは、後悔することではない。

 

 できることはただ一つ。トトの身の安全を最優先に、全力を尽くすこと。それだけだった。

 

 リーシェは封魔枷に囚われた両手を握りしめる。

 

 黒い木が、冷たい。魔法文字が、かすかに脈動していた。

 

 水。一瞬の隙。それだけが頼り。

 

 馬車が揺れている。宵闇が深まっている。どこへ連れていかれるのかも分からない。

 

 それでも、リーシェの黒い瞳は――折れていなかった。

 

 

         ◇

 

 

 やがて馬車が止まった。

 

 扉が開けられ、リーシェは古びた倉庫の前に降ろされる。石造りの壁は苔むし、木の扉は蝶番(ちょうつがい)が錆びている。外から見れば、ただの打ち捨てられた廃倉庫だ。

 

 だが、中に入ってリーシェは目を見張った。

 

 倉庫の床一面に、青い魔法陣がぼうっと光を放っていたのだ。

 

『ほへぇ! こんなところにこんなものが!』

 

 リリカが驚愕の声を上げた。

 

 人間の魔法とは明らかに異なる、禍々しくも美しい紋様。青い光の線が幾何学的に交差し、中心部で渦を巻いている。空気が震え、魔力の波動が肌を刺すように伝わってきた。

 

「はい、こちらに入ってください。魔王城へと転送されます」

 

『王都の内部に転移魔法陣を設置してるなんて……! 魔族めぇぇぇ! いつの間にこんなものを!』

 

 リリカは一人で憤慨していたが、リーシェは無表情のまま指示通り魔法陣の中央に立った。魔族との関係がどうであれ、今はトトのもとへ行く以外ないのだ。

 

「では、参りましょう」

 

 男がぼそぼそと呪文を唱えると魔法陣がカッと閃光を放った――。

 

 視界が白く染まり、足元の感覚が消え、身体が浮遊する。上も下もわからない不思議な空間を一瞬だけ漂い――重力が戻てくる。

 

 目を開けると、夕日に照らされた漆黒の城が目の前にそびえ立っていた。

 

 魔王城。

 

 その瞬間、リーシェの全身に鳥肌が立つ。

 

 見たこともないおぞましい建物だった。黒――いや、黒という言葉では足りない。光を喰らう色。周囲の空気すら歪ませる、禍々しい漆黒の石で築かれた巨大な城塞が、赤い空を背景に大地を踏み潰すようにそびえている。

 

 尖塔が幾つも天を突いていた。だがそれは建築というより、大地から生えた巨大な棘だった。先端はどこまでも高く、空を旋回する翼竜の群れを切り裂かんばかりである。

 

 壁面には人間の建築にはない有機的な曲線が走り、まるで城そのものが呼吸しているかのように、脈動するような質感を持っていた。

 

 そして――城から放たれる圧が、凄まじかった。

 

 見ているだけで、肌がぴりぴりと痺れ、胃の奥が重くなる。禍々しい魔力が城を中心に渦を巻き、大気そのものを汚染していた。この力が、数千キロ圏の大地を覆い、魔族の版図を維持しているのだ。数千年にわたり大陸の半分を暴力で支配してきた、悪の根源。その全てのパワーの震源地が、目の前にある。

 

 リーシェの膝が、無意識に震えた。リリカでさえ、収納空間の中で息を呑む気配がした。

 

 こんなところに人間が来ることなどあるのだろうか? 来て無事に帰った人間はいるのだろうか?

 

 窓からうかがえる城の内部では、無数の魔族が蠢いていた。数百万の魔物たちを操るための多くの業務が粛々と進行しているようだ。

 

 これが魔王軍の心臓部。ここから発せられる命令が、大陸中の魔物たちを動かし、人類の街を脅かし、数千年の戦争を継続させてきた。

 

 見ているだけで、身体の芯が冷えていく。これは城ではない。兵器だ。人類に突き付けられた、巨大な暴力装置そのものだった。

 

 

       ◇

 

 

「ようこそ、我が城へ」

 

 中年男がにやにやしながら言った。

 

「トトはどこ?」

 

 リーシェは城の異様さに戸惑いながらも、気丈に訊いた。

 

「お連れ様は、すでにあの城の応接室におられます」

 

「ふーん。あの城に居るのね」

 

 リーシェの黒い瞳が、漆黒の城を捉えた。

 

 次の瞬間、リーシェはすっとそばの池に歩み寄ると膝をつき、手枷ごと両手を水に沈めた。

 

 

 

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