美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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66. 大陸一のコンビ

 重い。重い。重い。

 

 精神の底が(きし)んでいる。

 

 城一つ分の質量。その中にいた全ての存在。魔王も、兵士も、使用人も、石壁も、尖塔も。それら全てが一度に収納空間に流れ込み、精神の堤防を内側から押し上げている。今にも蓋が弾け飛びそうだった。

 

「深呼吸! 深呼吸して!」

 

 リリカが小さな手で背中をさすりながら叫んでいる。

 

 リーシェは歯を食いしばった。意識の奥底で、収納空間がごうごうと唸りを上げている。無数の魔族たちの気配が――人間とは異質な、冷たく鋭い生命の波動が――精神の堤防を叩いている。あの夜、魔物が溢れ出した時よりも遥かに重い。遥かに深い。

 

 ――持ちこたえなきゃ。

 

 深く、深く息を吸った。

 

 カモミールの香りはない。ここは魔王の領域だ。甘い香りなど、どこにもない。吸い込んだ空気は瘴気を含んで重く、肺の奥がひりつく。

 

 だが――背中のリリカの手が温かい。

 

 生きた人間の温もり。小さな手のひらが、円を描くようにリーシェの背中をさすり続けている。その温もりが、精神の水面にわずかな凪をもたらしていく。

 

 その温もりだけを頼りに、リーシェはゆっくりと、精神の蓋を押し戻していった。

 

 一ミリ。また一ミリ。唸りが少しずつ遠のいていく。堤防の軋みが和らいでいく。

 

 しばらく動けなかった。

 

 夕陽がいよいよ沈んでいく。空が茜色に変わっていく。その間ずっと、リリカが肩を支えてくれていた。何も言わずに。急かすこともなく。ただ、そばにいて。

 

 やがて、リーシェは大きく息をついた。

 

 長い、長い吐息。全身の強張りが、少しだけほどけていく。

 

「もう……大丈夫。ありがとう……」

 

「ふぅ、良かったわ……」

 

 リリカもため息をつき、優しく微笑んだ。その微笑みには安堵が滲んでいた。緋色の瞳がわずかに潤んでいるのは、夕陽のせいだけではないだろう。

 

 期せずして、二人の活躍で人類の存亡にかかわる脅威は消失してしまっていた。

 

 数千年間にわたる人類と魔王軍の戦い。幾つもの国が滅び、無数の命が散った、終わりの見えない長い長い戦争。それに、たった今、一瞬で終止符が打たれたのだ。魔王城という心臓を失った魔王軍は、もはや組織として機能しない。大陸の半分を支配していた暴力装置が、十八歳の少女の右手一つで消え去った。

 

 だが、当の二人にはその実感などなかった。

 

 リーシェにとっては、トトを救い出すために城を消しただけだ。リリカにとっては、手枷を壊して友人を助けただけだ。人類の存亡だの、歴史の転換点だの、そんな大袈裟なことは考えてもいない。降りかかる火の粉を払っただけ。ただ、それだけのことだった。

 

「私たちって、いいコンビじゃないかしら? ふふっ」

 

 リリカが杖を肩に担ぎ、嬉しそうに笑った。緋色の瞳がきらきらと輝いている。

 

「ぜーんぜん」

 

 リーシェは肩をすくめた。

 

「えーーっ! 何よそれぇ!?」

 

 リリカが頬を膨らませる。

 

「でも……」

 

 リーシェはそっぽを向いたまま、ぼそっと言った。

 

「ありがとう、リリカ」

 

 夕風が、二人の間を通り抜けた。

 

「え? 今なんて? もう一回言って?」

 

「一回しか言わないわ」

 

「えーーっ!」

 

「一回言えば十分だわ……」

 

「何よケチ!」

 

「ふふっ」「はははっ」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

 夕日が、二人の影を長く長く伸ばしている。城があった場所はただの更地で、その広大な空白の上に、二つの影が寄り添うように並んでいた。

 

 

         ◇

 

 

「……出ろ」

 

 トトが現れた。

 

 右手にフォークを握り、その先に肉の塊を刺したまま、もぐもぐと口を動かしている。頬袋がいっぱいに膨らんでいる。

 

「んぐ……あれ? 姐さん? あれ? 一体何が……?」

 

 きょとんとした顔で辺りを見回すトト。城の応接室で食事をしていたはずが、気がつけばがらんどうの広場を目の前に立っている。

 

「何アンタ美味しそうなもの食べてんのよ!」

 

 リリカがぱしっとトトの後頭部を叩いた。

 

「いてっ! 何すんすか!」

 

「こっちがどれだけ大変だったと思ってんの! リーシェなんか壊れかけたのよ!?」

 

「え、姐さん大丈夫っすか!?」

 

 トトが慌てて振り返った。

 

 その瞬間、リーシェがトトに抱きついた。

 

「あ……姐さん……?」

 

 フォークが、ぽとりと地面に落ちた。肉がころんと転がっていく。

 

 リーシェの腕がトトの背中に回された。細い腕。まだ震えが残っている。顔はトトの胸に押しつけられていて、表情は見えない。黒い髪が風に揺れ、トトのシャツにかかっている。

 

「巻き込んじゃって……ごめんなさい」

 

 声が、小さかった。

 

 いつもの気怠い声ではない。タルいと呟く無感情な声でもない。壊れそうな、硝子のような声。触れたら砕けてしまいそうな、そんな声だった。

 

「姐さん……」

 

 トトは動けなかった。

 

 胸に感じるリーシェの温もり。腕の震え。かすかに湿った吐息がシャツ越しに伝わってくる。

 

 

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