美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「あ、姐さん、そんな。謝るのは自分の方っす。迂闘にもついてっちゃって……」
トトの声が、掠れた。自分が不用意に魔族の誘いに乗ってしまったせいで、リーシェがこんな目に遭っている。あの夜、ガルドに殴られた時もそうだった。自分がもっとしっかりしていれば。自分がもっと強ければ。
「トト……」
リーシェの腕に、少しだけ力がこもった。
ぎゅ、と。
小さな力だった。だがその力が、トトの胸の奥を温かく満たしていく。
夕日が沈んでいく。二人の影が一つに重なっている。茜色に染まる空の下で、黒い髪と茶色い髪が風に揺れていた。
リリカが少し離れた場所で、ばつの悪そうな顔で空を見上げる。
しばし沈黙。
しかし、状況はまだ予断を許さないのだ。
「あのぉ、お取り込み中悪いんだけどさ」
リリカが、申し訳なさそうに割り込んだ。声を殺して、でも切実に。
「ここ、魔王城の城郭内なのよね」
「あっ! そ、そうね……」
リーシェは慌ててトトから離れ、三人で周囲を見回した。
城が消えた跡地の向こう側、あちこちから魔族たちの叫び声が聞こえてくる。怒号と困惑と恐怖が入り混じった声。城の外にいた者たちだ。さっきまでそびえ立っていた巨大な城塞が忽然と消えたのだから、大騒ぎになるのは当然だった。まだこちらには気づいていないが、時間の問題だろう。
「に、逃げなきゃ……でも、どこへ……?」
リーシェはリリカと顔を見合わせた。ここは魔王軍の領域だ。王都からは転移魔法陣で飛ばされてきた。帰り道などない。
「この魔法陣を起動できるといいんだけど、さすがにそれは無理なのよね……」
リリカが渋い顔をした。
「魔族の転移術式は暗号化されてて、解読に何日もかかるわ」
王都までの距離は、千キロ以上。徒歩で魔の森をその距離。論外だ。リリカ一人なら飛び続ければ一日がかりで戻れないこともないが、三人では不可能だった。
夕陽が最後の光を投げかけ、地平線の向こうに沈んでいく。
城のなくなった更地に、三人の影が伸びている。
魔王の領域で。帰る手段もなく。周囲には騒ぎ始めた魔族たち。
「……タルい」
リーシェは呟いた。
いつもの口癖。いつもの響き。
だが今、その三文字には、かつてないほどの重みがあった。
◇
それは、前触れもなく訪れた――。
いきなり空が、翳った。
さっきまで夕焼けの残光が染めていたはずの空が、一瞬にして暗雲に覆われる。自然の雲ではない。黒く、重く、意志を持っているかのように渦を巻きながら、猛烈な速度で頭上に集まってくる。
気温が下がり、風が止んだ。鳥たちが騒ぎながら逃げていく――。
世界が、何かの到来を怯えるように沈黙した。
「な、何なの……?」
リリカが空を見上げた。
「これは……」「な、なんか来ますよぉ!」
トトはリーシェの腕にしがみつく。
暗雲の奥で、何かが光った。
黄金色の光。太陽のように眩く、だが太陽よりも鋭い、刃のような輝き。その光が暗雲を切り裂きながら、こちらに向かって落ちてくる。
――否。落ちてくるのではない。凄まじい速度で加速しながら急降下してくるのだ。
暗雲の裂け目から、それが姿を現した。
漆黒の鱗。
全長五十メートルを超える巨大なドラゴンが、黄金色の光を全身に纏いながら、暴風を引き連れて突進してくる。翼の一振りが大気を叩き割り、衝撃波が暗雲を吹き飛ばしていく。漆黒の鱗の一枚一枚が黄金の光を帯びて脈動し、その姿はまるで――神話に描かれた、天上の守護龍そのものだった。
ドラゴンは魔王城のあった辺りの上空を急旋回し、リーシェ達を見つけると激しく羽ばたき、更地の上空で停止した。
「ほう?」
重低音の声が響き渡った。意外にも言葉を話す。
巨大な翼が風を孕み、ゆっくりと上下する。その真紅の瞳がぎょろりと動き、地上の三人を見下ろした。
真紅。燃え盛る溶鉄のような赤。瞳の奥に、この星の全ての命を見通す知性が宿っている。
視線が、重い。
大気そのものが押し潰されるような、圧倒的な威圧感。トトは既に腰が抜けている。リリカでさえ、杖を握る手が震えていた。
そして、ドラゴンが口を開いた。
「何してくれとんじゃ! おのれら!!」
声は雷鳴のように空を震わせた。しかもどこか幼い、荒っぽい口調で。
「我が世界を壊しおったな!! この城を消しただけでどれだけ均衡が崩れると思うとるんじゃ、この大馬鹿者どもがぁぁぁ!」
ドラゴンが怒りに身を震わせ、首を天に向けた。
「ギョォォォォァァァァァァ!!!」
咆哮。
「きゃぁぁぁ!」「うひぃぃぃ!」「くぅぅぅ……」
空気が裂けた。暗雲が吹き散らされ、地面がびりびりと振動する。リーシェの髪が暴風に吹き上げられ、トトが地面に張りつくようにうずくまった。リリカが咄嗟に風除けの結界を張ったが、それすら割れかけている。
凄まじい。ワイバーンとも、リリカの炎龍とも、次元が違う。これは魔法生物などという言葉で収まるものではない。天災だ。翼を持った天災が、怒っている。