美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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67. 翼を持った天災

「あ、姐さん、そんな。謝るのは自分の方っす。迂闘にもついてっちゃって……」

 

 トトの声が、掠れた。自分が不用意に魔族の誘いに乗ってしまったせいで、リーシェがこんな目に遭っている。あの夜、ガルドに殴られた時もそうだった。自分がもっとしっかりしていれば。自分がもっと強ければ。

 

「トト……」

 

 リーシェの腕に、少しだけ力がこもった。

 

 ぎゅ、と。

 

 小さな力だった。だがその力が、トトの胸の奥を温かく満たしていく。

 

 夕日が沈んでいく。二人の影が一つに重なっている。茜色に染まる空の下で、黒い髪と茶色い髪が風に揺れていた。

 

 リリカが少し離れた場所で、ばつの悪そうな顔で空を見上げる。

 

 しばし沈黙。

 

 しかし、状況はまだ予断を許さないのだ。

 

「あのぉ、お取り込み中悪いんだけどさ」

 

 リリカが、申し訳なさそうに割り込んだ。声を殺して、でも切実に。

 

「ここ、魔王城の城郭内なのよね」

 

「あっ! そ、そうね……」

 

 リーシェは慌ててトトから離れ、三人で周囲を見回した。

 

 城が消えた跡地の向こう側、あちこちから魔族たちの叫び声が聞こえてくる。怒号と困惑と恐怖が入り混じった声。城の外にいた者たちだ。さっきまでそびえ立っていた巨大な城塞が忽然と消えたのだから、大騒ぎになるのは当然だった。まだこちらには気づいていないが、時間の問題だろう。

 

「に、逃げなきゃ……でも、どこへ……?」

 

 リーシェはリリカと顔を見合わせた。ここは魔王軍の領域だ。王都からは転移魔法陣で飛ばされてきた。帰り道などない。

 

「この魔法陣を起動できるといいんだけど、さすがにそれは無理なのよね……」

 

 リリカが渋い顔をした。

 

「魔族の転移術式は暗号化されてて、解読に何日もかかるわ」

 

 王都までの距離は、千キロ以上。徒歩で魔の森をその距離。論外だ。リリカ一人なら飛び続ければ一日がかりで戻れないこともないが、三人では不可能だった。

 

 夕陽が最後の光を投げかけ、地平線の向こうに沈んでいく。

 

 城のなくなった更地に、三人の影が伸びている。

 

 魔王の領域で。帰る手段もなく。周囲には騒ぎ始めた魔族たち。

 

「……タルい」

 

 リーシェは呟いた。

 

 いつもの口癖。いつもの響き。

 

 だが今、その三文字には、かつてないほどの重みがあった。

 

 

      ◇

 

 

 それは、前触れもなく訪れた――。

 

 いきなり空が、翳った。

 

 さっきまで夕焼けの残光が染めていたはずの空が、一瞬にして暗雲に覆われる。自然の雲ではない。黒く、重く、意志を持っているかのように渦を巻きながら、猛烈な速度で頭上に集まってくる。

 

 気温が下がり、風が止んだ。鳥たちが騒ぎながら逃げていく――。

 

 世界が、何かの到来を怯えるように沈黙した。

 

「な、何なの……?」

 

 リリカが空を見上げた。

 

「これは……」「な、なんか来ますよぉ!」

 

 トトはリーシェの腕にしがみつく。

 

 暗雲の奥で、何かが光った。

 

 黄金色の光。太陽のように眩く、だが太陽よりも鋭い、刃のような輝き。その光が暗雲を切り裂きながら、こちらに向かって落ちてくる。

 

 ――否。落ちてくるのではない。凄まじい速度で加速しながら急降下してくるのだ。

 

 暗雲の裂け目から、それが姿を現した。

 

 漆黒の鱗。

 

 全長五十メートルを超える巨大なドラゴンが、黄金色の光を全身に纏いながら、暴風を引き連れて突進してくる。翼の一振りが大気を叩き割り、衝撃波が暗雲を吹き飛ばしていく。漆黒の鱗の一枚一枚が黄金の光を帯びて脈動し、その姿はまるで――神話に描かれた、天上の守護龍そのものだった。

 

 ドラゴンは魔王城のあった辺りの上空を急旋回し、リーシェ達を見つけると激しく羽ばたき、更地の上空で停止した。

 

「ほう?」

 

 重低音の声が響き渡った。意外にも言葉を話す。

 

 巨大な翼が風を孕み、ゆっくりと上下する。その真紅の瞳がぎょろりと動き、地上の三人を見下ろした。

 

 真紅。燃え盛る溶鉄のような赤。瞳の奥に、この星の全ての命を見通す知性が宿っている。

 

 視線が、重い。

 

 大気そのものが押し潰されるような、圧倒的な威圧感。トトは既に腰が抜けている。リリカでさえ、杖を握る手が震えていた。

 

 そして、ドラゴンが口を開いた。

 

「何してくれとんじゃ! おのれら!!」

 

 声は雷鳴のように空を震わせた。しかもどこか幼い、荒っぽい口調で。

 

「我が世界を壊しおったな!! この城を消しただけでどれだけ均衡が崩れると思うとるんじゃ、この大馬鹿者どもがぁぁぁ!」

 

 ドラゴンが怒りに身を震わせ、首を天に向けた。

 

「ギョォォォォァァァァァァ!!!」

 

 咆哮。

 

「きゃぁぁぁ!」「うひぃぃぃ!」「くぅぅぅ……」

 

 空気が裂けた。暗雲が吹き散らされ、地面がびりびりと振動する。リーシェの髪が暴風に吹き上げられ、トトが地面に張りつくようにうずくまった。リリカが咄嗟に風除けの結界を張ったが、それすら割れかけている。

 

 凄まじい。ワイバーンとも、リリカの炎龍とも、次元が違う。これは魔法生物などという言葉で収まるものではない。天災だ。翼を持った天災が、怒っている。

 

 

 

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