美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
だが――リーシェは、ため息をついた。
「はぁ……タルい……」
暴風の中で、黒い髪がめちゃくちゃに乱れている。膝は震え、心臓は暴れていた。それでも、リーシェの顔に浮かんでいたのは恐怖ではなく、心底うんざりした表情だった。王宮で戦闘し、国王を追い詰め、魔王城を消し、精神が限界に近い中で、今度は巨大なドラゴンだ。
次から次へと。もう、勘弁してほしい。
すっと、右手をドラゴンへ向けた。
「ナイナイ」
絶対静寂が、天まで届いた。
五十メートルの巨体が黄金の輝きごと、消えた。暗雲が。衝撃波が。咆哮の残響が。全てが一瞬で虚空に呑まれ、空には何事もなかったかのような夕暮れの色だけが戻ってきた。
嘘のような静寂。さっきまで空を覆い大地を揺るがしていた天災が、まるで最初から存在しなかったかのように。深い、深い静けさだけが残されていた。
「くっ……。はぁ……はぁ……」
リーシェの膝が笑っていた。
重い。魔王城に加えて、あの巨龍。精神の底がみしりと軋み、蓋がまた内側から押し上げられてくる。視界の端がちかちかと明滅し、こめかみを万力で締められているような圧迫感が頭蓋の内側を這い回っている。
だが、息をつく間もなかった。
収納空間の中で、ドラゴンが暴れ狂っている。
蓋がガタガタと揺れていた。内側から巨大な拳で殴りつけられているかのように、精神の壁そのものが振動している。ドラゴンの巨体がのたうつたびに、収納していた日用品や野営道具が木っ端のように吹き飛んでいく。小鍋が飛び出してカランカランと音を立て、干しイチジクの袋が転がって中身がぱっと散らばった。
今まで収納したどんな存在とも比べものにならない暴れ方だった。ゴブリンも、ワイバーンも、魔王すらも大人しく時を止められていたのに、このドラゴンは凍りつくことを拒否し、漆黒の爪で収納空間の壁を引き裂こうとしている。
リリカと同じ――いや、リリカ以上だ。
リーシェは咄嗟に管理画面を開き、ドラゴンの表示枠を見つけると【解体】ボタンに指をかけた。
「静かに!」
バシィィィン!!
閃光。衝撃。ドラゴンの表示枠が白く弾ける。
ギョォォォァァァァ!!!
苦しそうな咆哮。
しかし――暴れが、止まらない。
大ダメージは与えている。表示枠の中でドラゴンが苦悶の声を上げているのが見える。だが、死なない。漆黒の鱗が盾になり、黄金の光が傷を修復しようと脈動している。壊された端から自分を治していく。そんな生物は、今まで一度も見たことがなかった。
もう一度。
バシィィィン!!
ギョェェェェ!!
まだ生きている。回復速度が落ちているが、それでも――。
もう一度。
バシィィィン!!
ギョァァ……。
鱗が砕け始めた。黄金の光がちかちかと明滅し、輝きが衰えている。それでもなお、ドラゴンは暴れ続けていた。
四度目の衝撃が走った直後だった。
収納空間から、何かが弾け飛んだ。
蓋を突き破るようにして、一つの影がリーシェの目の前に飛び出してくる。地面に叩きつけられ、二回転がって、砂埃を巻き上げながら止まった。
金髪。
おかっぱ。
赤いジャケット。
女子中学生のような、小柄な少女だった。
地面にうつ伏せの姿勢から、少女はゆっくりと身体を起こした。真紅のジャケットはあちこちが裂け、焦げ、ぼろぼろになっていた。金髪が乱れて顔に張りつき、白い肌には【解体】が刻んだ無数の傷痕が生々しく走っている。
だが。
少女が顔を上げた時、その真紅の瞳だけは――爛々と燃えていた。
あの五十メートルの巨龍の瞳と、同じ色。溶鉄のような赤。四度の【解体】を喰らい全身を砕かれ、それでもなお消えない意志の炎が、その小さな瞳の奥で燃え盛っていた。
「お主は何もんじゃ!!」
少女はヨロヨロと立ち上がると、リーシェに詰め寄った。ボロボロの身体で。血が滲む唇を引き結んで。
「なぜこんな――神の権能を持っておる!? 収納? 解体? このような力、人間に許されるはずがなかろう!」
少女の真紅の瞳が光った。
直後、虚空に薄い光の文字列が展開された。幾何学的な紋様に囲まれた情報パネル。管理者権限による存在情報の表示。この星に生きる全ての生命の情報を読み取れる――星の管理者だけに許された力。
だが――文字列の大半が、空白だった。
名前の欄に表示されたのは「リーシェ」の四文字だけ。種族、出身地、魂の登録番号、権能の分類――その全てが読み取り不能。まるで、この星のデータベースに存在しない者の情報を開こうとしているかのように、空白の枠だけが虚しく並んでいる。
「な……何じゃ、これは……」
少女の顔から、怒りが剥がれ落ちた。代わりに浮かんだのは困惑だった。星の管理者として長い歳月を過ごしてきた者が、初めて見る異常に直面した時の顔。
「読めん……。お主の情報が、読めんぞ……? うちの星系の者じゃないのか……?」
「……わからないわ。記憶がないの」
リーシェは正直に答えた。嘘をつく意味がなかった。