美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「気がついたらこの世界にいて、気がついたらこの力が使えた。自分が何者かも、わからない」
嘘のない、ありのままの言葉。
少女が真紅の瞳を見開いた。リーシェの黒い瞳を覗き込み、嘘を見抜こうとしている。管理者の瞳が、表情の微細な変化を、呼吸のリズムを、瞳孔の揺れを、一つ残らず走査している。
数秒間、真紅と黒が交わった。
やがて少女は、ふっと息を吐いて唇を噛んだ。
「……嘘では、なさそうじゃな」
少女は首をかしげた。真紅の瞳に、怒りとは違う色が灯る。好奇心に近い、しかしそれよりも深い警戒の色。
「じゃが、情報が読めんということは……他星系の……? ならばなおさら、放っておくわけにはいかん。管轄外の存在がこの星で神の権能を振るうなど、もっての外じゃ! 連行して調べさせてもらう」
少女の身体の周囲に、再び黄金の光が灯り始めた。あれだけ痛めつけられて、まだ強気である。その執念はもはや狂気に近かった。
「タルい……。ナイナイ」
リーシェは迷わなかった。少女の身体が再度虚空に呑まれていく。
『ちょっと待ったぁぁぁ! 出してくれぇぇ!! 話を聞けぇぇ!!』
収納空間の中で少女が叫んでいる。だが今度は暴れる力が残っていないのか、蓋を揺らすほどの衝撃はなかった。声だけが脳内に反響している。
『くぅぅぅ……。ねぇ……出して?』
少女が甘えるような声を出した。さっきまでの荒々しさが嘘のような、拗ねた子供の声。
「出さない」
『出してくれぇぇ!』
「…………」
『……お願いじゃ。出してくれんか?』
声が、すっかりしおれていた。五十メートルの巨龍が。空を覆い、大地を震わせ、暗雲を従えていた天災が。「お願いじゃ」と、消え入りそうな声で懇願している。
リーシェはため息をついた。もう今日だけで何度目か分からない。ため息の回数だけならこの世界記録に違いなかった。
「連行しない?」
『せんよ、約束する!』
少女は手を合わせて拝んだ。
リーシェは少女を解放する――。
金髪おかっぱの少女が、再び虚空から現れた。膝をつき、肩で荒い息をしている。伝説の龍の化身とは思えない、ただのくたびれた少女がそこにいた。
だが、その真紅の瞳には――まだ折れていない意志の光が残っていた。
少女はリーシェを見上げ、にやりと笑った。
嫌な笑みだった。負けた者が浮かべる笑みではない。最後の切り札を隠し持っている者の、してやったりの笑み。
少女の右手が天に向けられた。
掌から一条の光が打ち上がる。赤と金が螺旋を描きながら空に昇り、暗雲の残骸を突き抜けて、遥か上空で花火のように炸裂した。
信号弾。
「ぬははは!」
少女が高らかに笑った。ボロボロの身体で、膝をついたまま、それでも勝ち誇った顔で。白い牙を見せて、目を輝かせて、腹の底から。
「我は連行せんが、
「
リーシェが眉をひそめた。聞き覚えのない名称だった。
「ひっ!」
隣で、短い悲鳴が上がる。
リリカの様子がおかしかった。
杖を握る手が、がたがたと震えている。顔から血の気が引き、緋色の瞳が異様なほど見開かれていた。唇が
「セ、
その様子に、少女が得意げに顎を上げた。
「そうじゃ。この世界を創りし女神の右腕。天上より遣わされし裁きの翼。【
リリカが後ずさった。
――知っている。
魔導院の禁書庫。その最奥に、埃が何十年分も積もった棚がある。厳重な封印魔法で守られた一冊の古い書物、【始源の書】。この世界の創世を記した、最古にして最も危険な文献。
リリカは首席賢者に就任した翌日、好奇心に負けてその封印を解き、全頁を読破していた。そしてその中の一節を、一字一句覚えている。忘れられるはずがなかった。読んだ夜、震えが止まらなくなって朝まで眠れなかったのだから。
――『ある日、空に瞳が現れた。碧き瞳。天そのものが裂けて開いた、巨大なる瞳。その瞳より降りたるは六翼の天使。
読んだ夜の恐怖が蘇る。神話の中の出来事だと自分に言い聞かせたあの恐怖が――今、現実になろうとしている。
「マズい……マズいマズい! 話し合いましょう!」
リリカは蒼白の顔のまま少女に駆け寄り、両手を掴んだ。