美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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71. 割れた魂

 唖然として周囲を見回す。崩壊途中の魔王城が、凍結した瞬間の姿で黒く巨大な現代アートのように佇んでいる。空中に飛び散った瓦礫の一つ一つに夕陽の残光が当たって不気味に輝いていた。石壁の破片の隙間を、静止した砂塵が霧のように漂っている。

 

 音がない。風がない。時がない。

 

 世界が、息を止めている。

 

 その世界の天頂から、光の柱が降りてきた。

 

 天と地を結ぶ一筋の光芒。碧い瞳の中心から真っ直ぐに伸びた、透き通った光の道。

 

 その光の中を、一人の女性がゆっくりと降下してくる。

 

 六枚の翼。

 

 背中から広がる、六枚の輝く翼。光そのもので編まれた、透明で、けれど虹色に揺らめく翼。一枚一枚が大気を震わせ――翼の先端から金粉のような光の粒子がこぼれ落ち、停止した世界の中をゆっくりと舞い散っていく。

 

 青い髪。

 

 ショートカットの青髪が、ゆらりと揺れている。切れ長の碧い瞳。白磁のような肌。そして――妖しい微笑み。

 

 美しい。

 

 息を呑むほどに美しい。

 

 だがその美しさは花の美しさではなかった。割れたガラスの破片が光を反射する、あの冷たくて危険な輝き。見惚れた瞬間に斬られる。そういう種類の美しさ。その奥に途方もない力と底知れない気まぐれが潜んでいる。世界を創る力と世界を焼く力。それを持つ者だけが浮かべられる、あの笑み。

 

 【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】シアン。

 

 女神の右腕。世界を裁く者。数多の文明を灰に帰してきた、宇宙最強の名を冠する神に連なる存在。

 

 シアンは嬉しそうな笑顔を浮かべ、地面に降り立った。

 

 トスっという軽い着地音。

 

 六枚の翼がふわりと畳まれた。光の粒子が夕暮れの空に舞い散り、きらきらと漂っている。

 

 シアンの碧い瞳が、真っ直ぐにリーシェを見ていた。

 

 金髪おかっぱの少女が「シアン様!」と叫んで駆け寄ろうとしたが、シアンは視線を動かさない。

 

 その碧い瞳は、最初から――リーシェだけを見ていた。

 

 リーシェの心臓が止まりかけた。

 

 知っている。

 

 この人を、知っている。

 

 満天の星の中に浮かぶ碧い惑星。それを背景に微笑む青い髪の女性。瞼の裏にちらつき続けていた、あのフラッシュバックの残像。

 

「あっ……あぁぁぁ……」

 

 記憶の奥の奥で、鍵のかかった扉が軋んでいる。

 

 シアンはツーッと宙を飛ぶとリーシェの前に降り立った。身長はリーシェとほぼ同じ。碧い瞳が、黒い瞳を覗き込む。至近距離で。逃げ場のない距離で。

 

「あらあら、ダメじゃない……」

 

 その声を聞いた瞬間、記憶の扉がギギギギと(きし)みながら開いていく。

 

 ――『あらあら、ダメじゃない……』

 

 あの声。瞼の裏にちらついた、あの残像の声。

 

「何をしてるの、こんなところで?」

 

 シアンは首を傾げた。妖しい笑みが、甘い毒のように広がる。

 

「あ……あなたは……」

 

 リーシェの唇が震えた。

 

 その瞬間――記憶の濁流が一気にリーシェに奔流のように押し寄せてきた。

 

 自分が何者であるか。なぜこの世界に居るのか?

 

 全て――。

 

 自分が他の星系の女神候補であること。制止を振り切りこの星系までやってきて、シアンの弟子の天使たちと戦って次元の狭間に落ち、その衝撃で魂が割れたこと。力のほとんど失い、記憶を失い、この世界の草原で目を覚ましたこと。

 

 そして――割れた魂のもう半分が、ちょうどその時魔法の暴走で魂が焼け、命を落としたリリカ・アステリアの身体に宿ったこと。

 

 だから神の権能【ナイナイ】が使えた。だから、自分は無気力で、リリカは騒がしい。だからリリカは世界一の魔法使いになれたし、収納空間の中で動けた。

 

 全てが繋がった。一瞬で。怒涛のように。

 

「あ……あぁ……っ」

 

 リーシェは頭を抱えた。

 

 膝が折れ、地面に崩れ落ちた。両手で頭を押さえ、歯を食いしばり、全身を震わせている。記憶の奔流が脳を灼いていく。知りたくなかったこと。知ってしまったこと。干し草の上で「わかりたくないのかもしれない」と思った、あの予感が現実になった。

 

 そう、自分はこの世界に居てはいけない存在。この世界の者にとってはある意味スパイであり、憎くきライバルなのだ。

 

 知ってしまった。

 

 自分が何者であるか。

 

 もう、静かな暮らしは――許されない。

 

 隣で、リリカもまた崩れ落ちていた。

 

 緋色の瞳が限界まで見開かれている。だがその瞳の奥に、もう一つの色が灯っていた。リリカ・アステリアの緋色ではない、もっと深い、もっと遠い場所から来た光。

 

 リリカは――全てを思い出していた。

 

 セラフの顔を見た瞬間に。あの戦いの記憶が蘇った瞬間に。

 

 天使との戦い。次元の狭間。魂が引き裂かれる激痛。意識が薄れていく中で最後に見た、碧い惑星の光。

 

 リリカの身体が震えている。死んだ侯爵令嬢リリカ・アステリアの肉体と、リーシェの魂の片割れとしての記憶。

 

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