美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「ラジャー!」
オペレーターは計器に向き直った。ステータスランプが全て緑に点灯しているのを最終確認し、両手の指を組んで鳴らす。
そして深く深呼吸――。
「量子反応――正常。セッション確立要求を送信します!」
パシッ。
赤い大きなボタンが、叩かれた。
端末が低い唸りを上げる。冷却装置の音が一段高くなった。画面に「送信中」の文字が点滅し、量子デバイスの心臓部で、この宇宙のどこにも存在しないはずの量子状態が生成されていく。
そして――静寂。
十秒。
画面は暗いまま。
二十秒。
変化なし。
三十秒……。
「どうだ? 何か返ってきたか?」
一族の長が、堪えきれずに声を上げた。
「いや……。まだ何も……」
オペレーターが首を振る。画面は沈黙したまま。カーソルが虚しく点滅しているだけだ。
「ちゃんと送れているのか?」
「ステータス、オールグリーン。正常ですが……」
返事が、ない。
研究室に、重苦しい空気が流れた。十年の開発。膨大な資金と労力。一族の希望の全てを注ぎ込んだ装置。それが沈黙している。
やはり空想に過ぎなかったのか。情報宇宙論は正しくとも、管理者への問いかけなど、所詮は子供の願望だったのか。科学者たちの顔に、失望の影が差し始めた。
その時だった。
画面が、ちかりと光った。
一行の文字が、ゆっくりと流れ出す。
次の瞬間、堰を切ったように、文字列が画面を埋め尽くしていった。
「へっ!?」
「おわっ!」
「キ、キターー!」
「や、やったぁ!!」
研究室が、一気に興奮に塗りつぶされた。椅子が倒れ、書類が舞い上がり、科学者たちが叫び、抱き合い、跳び上がった。冷静であるべき学者たちが、子供のように泣き笑いしている。
応答があったのだ。
発信者名は――【
本当に返ってきた。管理者は本当に居たのだ。
宇宙の運用者との初めてのコンタクト。まさに歴史的瞬間だった。理論は正しかった。宇宙は情報で構成され、そしてそれを管理する者が確かに存在していたのだ。
しかし――。
歓喜が静まった後、科学者たちは画面をまじまじと覗き込み、首を捻ることになる。
本文に表示されたのは、意味不明な文字列だった。
既知のどの言語にも該当しない。どの暗号体系にも分類できない。数式のようでいて数式ではなく、文字のようでいて文字ではない。奇妙な記号と図形が複雑に絡み合い、画面いっぱいに広がっている。
「な、なんだこれは!?」
一族の長が、思わず声を上げた。画面に近づき、目を凝らし、首を捻る。
「分かりません。何らかの暗号……でしょうか?」
隣の研究員も首をかしげた。今まで解読してきたどの暗号とも違う。規則性があるようで、ないようで。意味がありそうで、なさそうで。
「すぐさま解読せよ!」
「はっ! 全力で挑みます!」
一か月後。
文字列の構造が、ぼんやりと浮かび上がってきた。
それは一つの【公案】だった。
途方もなく複雑な暗号の問題。数式と記号と、既存のどの体系にも分類できない未知の論理構造が絡み合った、巨大な知的パズル。
一族の知恵者たちが総動員された。
数学者、哲学者、論理学者、言語学者。あらゆる分野の頭脳が結集し、議論を重ね、AIを駆使して解析に挑んだ。昼夜を問わず。世代を跨いで。先代が残した解析ノートを後代が引き継ぎ、行き詰まった理論を新しい視点で突破し、また行き詰まり、また突破する。
◇
五十年かかった。
五十年。
QATの初動に立ち会ったオペレーターの青年は、白髪の老人になっていた。解読チームの初期メンバーの多くは、答えを見届けることなく世を去った。
五十年の意志のリレー。
その最後の走者が、最後のピースを嵌め込んだ。
解読室が、静まり返る。
誰も声を出さなかった。画面に表示された文字列を、全員が息を止めて見つめていた。
一族の最古参の言語学者――もう九十を超えた老女だった――が、車椅子から身を乗り出し、震える声で読み上げた。
「【AQXGよ、多様性ある世界を創る者には種を与えん。光あれ】」
沈黙が降りた。
AQXGとは何か。それは解読の過程で判明していた。一族自身を指すアカシックレコード上の識別名だった。管理者は、一族の存在を認識していたのだ。最初から。QATを作るずっと前から。問いかける前から。ずっと、見ていたのだ。
種を与えん――すなわち、子宇宙の創造権限を与える、という宣言。
沈黙が――歓喜に弾けた。
解読室で。研究室で。一族が暮らす全ての居住区で。泣き、笑い、抱き合い、踊った。五十年の苦闘が報われた瞬間。宇宙の管理者に認められた瞬間。自分たちの知性が、次のステージへと歩みを進めた証。
最古参の言語学者は車椅子の上で涙を流していた。五十年前、解読チームに加わった二十歳の若者は、七十歳の老婆になって答えを手にした。半世紀の執念が、この一文に結実したのだ。