美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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74. 神宮書記官

「ラジャー!」

 

 オペレーターは計器に向き直った。ステータスランプが全て緑に点灯しているのを最終確認し、両手の指を組んで鳴らす。

 

 そして深く深呼吸――。

 

「量子反応――正常。セッション確立要求を送信します!」

 

 パシッ。

 

 赤い大きなボタンが、叩かれた。

 

 端末が低い唸りを上げる。冷却装置の音が一段高くなった。画面に「送信中」の文字が点滅し、量子デバイスの心臓部で、この宇宙のどこにも存在しないはずの量子状態が生成されていく。

 

 そして――静寂。

 

 十秒。

 

 画面は暗いまま。

 

 二十秒。

 

 変化なし。

 

 三十秒……。

 

「どうだ? 何か返ってきたか?」

 

 一族の長が、堪えきれずに声を上げた。

 

「いや……。まだ何も……」

 

 オペレーターが首を振る。画面は沈黙したまま。カーソルが虚しく点滅しているだけだ。

 

「ちゃんと送れているのか?」

 

「ステータス、オールグリーン。正常ですが……」

 

 返事が、ない。

 

 研究室に、重苦しい空気が流れた。十年の開発。膨大な資金と労力。一族の希望の全てを注ぎ込んだ装置。それが沈黙している。

 

 やはり空想に過ぎなかったのか。情報宇宙論は正しくとも、管理者への問いかけなど、所詮は子供の願望だったのか。科学者たちの顔に、失望の影が差し始めた。

 

 その時だった。

 

 画面が、ちかりと光った。

 

 一行の文字が、ゆっくりと流れ出す。

 

 次の瞬間、堰を切ったように、文字列が画面を埋め尽くしていった。

 

「へっ!?」

 

「おわっ!」

 

「キ、キターー!」

 

「や、やったぁ!!」

 

 研究室が、一気に興奮に塗りつぶされた。椅子が倒れ、書類が舞い上がり、科学者たちが叫び、抱き合い、跳び上がった。冷静であるべき学者たちが、子供のように泣き笑いしている。

 

 応答があったのだ。

 

 発信者名は――【神宮書記官(メタトロン)】。

 

 本当に返ってきた。管理者は本当に居たのだ。

 

 宇宙の運用者との初めてのコンタクト。まさに歴史的瞬間だった。理論は正しかった。宇宙は情報で構成され、そしてそれを管理する者が確かに存在していたのだ。

 

 しかし――。

 

 歓喜が静まった後、科学者たちは画面をまじまじと覗き込み、首を捻ることになる。

 

 本文に表示されたのは、意味不明な文字列だった。

 

 既知のどの言語にも該当しない。どの暗号体系にも分類できない。数式のようでいて数式ではなく、文字のようでいて文字ではない。奇妙な記号と図形が複雑に絡み合い、画面いっぱいに広がっている。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 一族の長が、思わず声を上げた。画面に近づき、目を凝らし、首を捻る。

 

「分かりません。何らかの暗号……でしょうか?」

 

 隣の研究員も首をかしげた。今まで解読してきたどの暗号とも違う。規則性があるようで、ないようで。意味がありそうで、なさそうで。

 

「すぐさま解読せよ!」

 

「はっ! 全力で挑みます!」

 

 一か月後。

 

 文字列の構造が、ぼんやりと浮かび上がってきた。

 

 それは一つの【公案】だった。

 

 途方もなく複雑な暗号の問題。数式と記号と、既存のどの体系にも分類できない未知の論理構造が絡み合った、巨大な知的パズル。神宮書記官(メタトロン)は、ただ応答をしてきたのではなく、問いを投げかけてきたのだ。お前たちの知性を見せてみろ、と。

 

 一族の知恵者たちが総動員された。

 

 数学者、哲学者、論理学者、言語学者。あらゆる分野の頭脳が結集し、議論を重ね、AIを駆使して解析に挑んだ。昼夜を問わず。世代を跨いで。先代が残した解析ノートを後代が引き継ぎ、行き詰まった理論を新しい視点で突破し、また行き詰まり、また突破する。

 

 

         ◇

 

 

 五十年かかった。

 

 五十年。

 

 QATの初動に立ち会ったオペレーターの青年は、白髪の老人になっていた。解読チームの初期メンバーの多くは、答えを見届けることなく世を去った。

 

 五十年の意志のリレー。

 

 その最後の走者が、最後のピースを嵌め込んだ。

 

 解読室が、静まり返る。

 

 誰も声を出さなかった。画面に表示された文字列を、全員が息を止めて見つめていた。

 

 一族の最古参の言語学者――もう九十を超えた老女だった――が、車椅子から身を乗り出し、震える声で読み上げた。

 

「【AQXGよ、多様性ある世界を創る者には種を与えん。光あれ】」

 

 沈黙が降りた。

 

 AQXGとは何か。それは解読の過程で判明していた。一族自身を指すアカシックレコード上の識別名だった。管理者は、一族の存在を認識していたのだ。最初から。QATを作るずっと前から。問いかける前から。ずっと、見ていたのだ。

 

 種を与えん――すなわち、子宇宙の創造権限を与える、という宣言。

 

 神宮書記官(メタトロン)は一族の知性を認め、多様性のある世界を創造するのであれば、この宇宙の中に新たな子宇宙を作ることを許可した。

 

 沈黙が――歓喜に弾けた。

 

 解読室で。研究室で。一族が暮らす全ての居住区で。泣き、笑い、抱き合い、踊った。五十年の苦闘が報われた瞬間。宇宙の管理者に認められた瞬間。自分たちの知性が、次のステージへと歩みを進めた証。

 

 最古参の言語学者は車椅子の上で涙を流していた。五十年前、解読チームに加わった二十歳の若者は、七十歳の老婆になって答えを手にした。半世紀の執念が、この一文に結実したのだ。

 

 

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