美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
初代レテの再来――次代女神は堅い。
リーシェの評価は、多くの世代のレテ・クローンたちにそう囁かれていた。
同期のクローンたちの中で、リーシェの能力は群を抜いていた。知的能力。魔力の制御精度。芸術的感性。そのどれもが、過去数百世代のクローンと比較しても最高レベルに位置していた。
コンクールに出れば優勝する。議論をすれば論破する。星の管理シミュレーションでは常にトップの成績。同期のクローンたちは、リーシェの背中を見て溜息をつくしかなかった。
だが、リーシェ自身は――退屈していた。
勝つのが当たり前になってしまい、驚くことがなくなってしまった。何を見ても、何を聞いても、「まぁ、こんなものよね」という感想しか浮かばない。レテの世界は美しい。だがその美しさは、五千年前から変わっていない。他の孫宇宙も一万年前から変わっていない。
洗練の果てに待っていたのは、停滞だった。
どんなに褒めたたえられても、リーシェの心の片隅で小さな疑問が芽生え始めていた。
――これが、本当に最高なのだろうか。
この美しさ。この高尚さ。この完璧さ。それらは確かに素晴らしい。だが、それだけで宇宙が求める「多様性」を満たせているのだろうか。何万年も磨き上げてきた結果、レテの文明は完成してしまったのではないか。
そして、完成とは『終わり』の別名ではないのか。
その疑問を、リーシェは口にしなかった。
口にすれば、レテの全てを否定することになる。この星を、この音楽を、この文明を。自分自身の存在意義を。
だから黙って、ピアノを弾いた。
五千年の歴史を持つ、完璧な旋律を。
限界を感じながら。
「はぁ……タルい……」
その口癖が生まれたのは、いつ頃だったろう。
気がつけば、リーシェの口からは「タルい」という言葉ばかりが零れるようになっていた。何をしてもタルい。何を見てもタルい。勝ってもタルい。褒められてもタルい。
次代女神最有力候補――その肩書きすらも、タルかった。
◇
リーシェは独りピアノを弾きつづける――。
何かから逃げるように、魂を込め渾身の演奏に没頭していく。
庭に咲き誇る花々が、風に揺れるのを止めたかのように見えた。鳥たちが枝の上で羽を休め、ウサギたちが耳を傾けている。この星の全ての生命が、一人の少女の旋律に聴き惚れているようだった。
曲がゆったりとエンディングに向かっていく。
最後のフレーズ。美しい旋律が羽を休めるようにゆったりとテンポを落とし――やがて最後の一音が響き渡った。
その一音が庭の花々の間をすり抜けて、空に溶けていく。
残響が消えるまで、リーシェは動かなかった。
目を閉じたまま、最後の余韻に身を浸している。唇の端がかすかに上がり、満足そうな微笑みが浮かんでいた。
「うーん、完璧! 私ってば天才! キャハッ!」
リーシェはぱっと目を開け、両手を天に突き上げた。さっきまでの優美さはどこへやら、年相応の無邪気な笑顔。
しかし――その笑顔は、すぐに曇った。
「でも……私がコンクールで勝っても仕方ないのよね……」
リーシェは深くため息をついた。
リーシェにとってコンクールで優勝するのは当然のことだった。だが、勝って何になるのだろう?
「はぁ……タルい……」
ため息が漏れた。
その時だった――。
パチパチパチパチ。
拍手の音が、部屋の奥から響いた。
リーシェは弾かれたように振り返る。
見れば演奏室の入口に、一人の女性が立っていた。
青い髪。碧い瞳。白磁の肌に、妖しい微笑み。ショートカットの青髪が、風もないのにふわりと揺れている。
――いつからいた?
リーシェの全身に緊張が走った。この邸宅には最高レベルの警備が敷かれている。それだけではない。リーシェ自身が結界を張っているのだ。女神候補の結界はこの星の如何なる存在も無許可では通れない。
それを、気付かれることなく正面から突破されていたのだ。
人間技ではない。
「くっ……」
リーシェはアンノウンの接近という、いまだかつてない危機的事態にキュッと口を結んだ。
「素晴らしい演奏……」
女性がゆっくりと歩み寄ってくる。ヒールの音が大理石の床に響いた。一歩ごとに、空気の密度が変わっていく。
「さすが女神候補だわ。ふふっ」
甘い笑みをもらす。
「なっ、なんなの! あんた誰よ!」
リーシェはバッと立ち上がった。ピアノの椅子が倒れ、けたたましい音を立てる。黒い瞳が女性を鋭く睨みつけた。
とっさに、鑑定スキルを起動する――。
この星の全ての生命体の情報を読み取れる、女神候補の権能。名前、属性、能力、経歴――あらゆる情報が光の文字列となって虚空に展開される――はずだった。
だが。
文字列の大半が、表示されない。
名前:シアン
属性:???
能力:???
経歴:???
:
:
全ての項目が???で埋め尽くされている。かろうじて読み取れたのは、名前の欄に浮かぶ三文字だけだった。