美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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76. アンノウン

 初代レテの再来――次代女神は堅い。

 

 リーシェの評価は、多くの世代のレテ・クローンたちにそう囁かれていた。

 

 同期のクローンたちの中で、リーシェの能力は群を抜いていた。知的能力。魔力の制御精度。芸術的感性。そのどれもが、過去数百世代のクローンと比較しても最高レベルに位置していた。

 

 コンクールに出れば優勝する。議論をすれば論破する。星の管理シミュレーションでは常にトップの成績。同期のクローンたちは、リーシェの背中を見て溜息をつくしかなかった。

 

 だが、リーシェ自身は――退屈していた。

 

 勝つのが当たり前になってしまい、驚くことがなくなってしまった。何を見ても、何を聞いても、「まぁ、こんなものよね」という感想しか浮かばない。レテの世界は美しい。だがその美しさは、五千年前から変わっていない。他の孫宇宙も一万年前から変わっていない。

 

 洗練の果てに待っていたのは、停滞だった。

 

 どんなに褒めたたえられても、リーシェの心の片隅で小さな疑問が芽生え始めていた。

 

 ――これが、本当に最高なのだろうか。

 

 この美しさ。この高尚さ。この完璧さ。それらは確かに素晴らしい。だが、それだけで宇宙が求める「多様性」を満たせているのだろうか。何万年も磨き上げてきた結果、レテの文明は完成してしまったのではないか。

 

 そして、完成とは『終わり』の別名ではないのか。

 

 その疑問を、リーシェは口にしなかった。

 

 口にすれば、レテの全てを否定することになる。この星を、この音楽を、この文明を。自分自身の存在意義を。

 

 だから黙って、ピアノを弾いた。

 

 五千年の歴史を持つ、完璧な旋律を。

 

 限界を感じながら。

 

「はぁ……タルい……」

 

 その口癖が生まれたのは、いつ頃だったろう。

 

 気がつけば、リーシェの口からは「タルい」という言葉ばかりが零れるようになっていた。何をしてもタルい。何を見てもタルい。勝ってもタルい。褒められてもタルい。

 

 次代女神最有力候補――その肩書きすらも、タルかった。

 

 

         ◇

 

 

 リーシェは独りピアノを弾きつづける――。

 

 何かから逃げるように、魂を込め渾身の演奏に没頭していく。

 

 庭に咲き誇る花々が、風に揺れるのを止めたかのように見えた。鳥たちが枝の上で羽を休め、ウサギたちが耳を傾けている。この星の全ての生命が、一人の少女の旋律に聴き惚れているようだった。

 

 曲がゆったりとエンディングに向かっていく。

 

 最後のフレーズ。美しい旋律が羽を休めるようにゆったりとテンポを落とし――やがて最後の一音が響き渡った。

 

 その一音が庭の花々の間をすり抜けて、空に溶けていく。

 

 残響が消えるまで、リーシェは動かなかった。

 

 目を閉じたまま、最後の余韻に身を浸している。唇の端がかすかに上がり、満足そうな微笑みが浮かんでいた。

 

「うーん、完璧! 私ってば天才! キャハッ!」

 

 リーシェはぱっと目を開け、両手を天に突き上げた。さっきまでの優美さはどこへやら、年相応の無邪気な笑顔。

 

 しかし――その笑顔は、すぐに曇った。

 

「でも……私がコンクールで勝っても仕方ないのよね……」

 

 リーシェは深くため息をついた。

 

 リーシェにとってコンクールで優勝するのは当然のことだった。だが、勝って何になるのだろう?

 

「はぁ……タルい……」

 

 ため息が漏れた。

 

 その時だった――。

 

 

 パチパチパチパチ。

 

 

 拍手の音が、部屋の奥から響いた。

 

 リーシェは弾かれたように振り返る。

 

 見れば演奏室の入口に、一人の女性が立っていた。

 

 青い髪。碧い瞳。白磁の肌に、妖しい微笑み。ショートカットの青髪が、風もないのにふわりと揺れている。

 

 ――いつからいた?

 

 リーシェの全身に緊張が走った。この邸宅には最高レベルの警備が敷かれている。それだけではない。リーシェ自身が結界を張っているのだ。女神候補の結界はこの星の如何なる存在も無許可では通れない。

 

 それを、気付かれることなく正面から突破されていたのだ。

 

 人間技ではない。

 

「くっ……」

 

 リーシェはアンノウンの接近という、いまだかつてない危機的事態にキュッと口を結んだ。

 

「素晴らしい演奏……」

 

 女性がゆっくりと歩み寄ってくる。ヒールの音が大理石の床に響いた。一歩ごとに、空気の密度が変わっていく。

 

「さすが女神候補だわ。ふふっ」

 

 甘い笑みをもらす。

 

「なっ、なんなの! あんた誰よ!」

 

 リーシェはバッと立ち上がった。ピアノの椅子が倒れ、けたたましい音を立てる。黒い瞳が女性を鋭く睨みつけた。

 

 とっさに、鑑定スキルを起動する――。

 

 この星の全ての生命体の情報を読み取れる、女神候補の権能。名前、属性、能力、経歴――あらゆる情報が光の文字列となって虚空に展開される――はずだった。

 

 だが。

 

 文字列の大半が、表示されない。

 

 名前:シアン

 属性:???

 能力:???

 経歴:???

    :

    :

 

 全ての項目が???で埋め尽くされている。かろうじて読み取れたのは、名前の欄に浮かぶ三文字だけだった。

 

 

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