美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
一方、地上では一人の男が走っていた。ぶざまに、必死に。瓦礫を飛び越え、炎を潜り抜け、降り注ぐ爆弾から逃げ惑いながら、それでもなお勝機を探している。その目は折れていない。
「な……何、これは……」
リーシェは座席の肘掛けを握りしめていた。
男と女の攻防が加速していく。画面の中で世界が崩壊し、再構築され、また崩壊する。その映像の美しさと暴力性が同居した表現は、レテの芸術にはない種類の衝撃だった。
周囲を見れば、超満員の観客たちが手に汗を握り、食い入るようにスクリーンを見つめている。誰もが瞬きすら惜しむように魅せられ、物語に魂ごと持っていかれている。
「次はこれね」
◇
また景色が変わった。
今度は――どこでもない場所だった。
仮想現実。VRゲーム空間。
色鮮やかな草原に、可愛らしいモンスターたちが跳ね回っていた。丸い目。ぷにぷにした体。短い手足でてちてちと走り、ころんと転び、また起き上がる。
リーシェは言葉を失った。
こんな生き物は、レテには存在しない。可愛い。ただひたすらに、可愛い。機能的でもなく、高尚でもなく、ただ「可愛いから存在する」という、レテの美学では決して生まれ得ない造形。
そして、このモンスターたちを育て、戦わせている人間たちがいた。
老若男女。子供も大人も。画面越しに、あるいは仮想空間の中で、自分の育てたモンスターに声援を送り、勝てば飛び上がって喜び、負ければ頭を抱えて悔しがっている。
その執念は凄まじかった。
たかがゲームの中の、架空の生き物に。それなのに、彼らは本気だった。心の底から本気で、この小さな仮想の生き物たちを愛し、鍛え、戦わせている。
リーシェには、理解できなかった。
理解できないのに――目が離せなかった。
◇
気がつけば、元の演奏室に戻っていた。
白い大理石の床。硝子の壁。庭の花々。傾きかけた柔らかな日差し。何もかも、さっきまでと同じ。
だがリーシェの中で、何かが変わっていた。
心臓がまだ早鐘を打っている。耳の奥に、あの重低音の残響がこびりついている。目の裏に、崩壊するビルの映像が焼きついている。掌に、あの可愛いモンスターのぷにぷにした感触が残っている。
「どう?」
シアンが、にやりと笑った。
「これが『
「こ、こんなの……!」
リーシェは叫んだ。声が震えている。
「派手でうるさいだけじゃない!」
「そうかもね?」
シアンは肩をすくめた。余裕の笑み。
「でも、この世界のコンサートに、あの熱狂はあるかしら?」
「そ、そんなの……」
リーシェの声が、詰まった。
「い、要らないわ」
きゅっと口を結び、うつむいた。
要らない、と言った。だが自分の声が、どこか空虚に響いたことに気づいていた。あの数万人の熱狂を見てしまった後では、「要らない」の四文字が、嘘のように軽い。
「まぁいいわ」
シアンの声が、少しだけ柔らかくなった。
「ボクも別に、この世界がああなってほしいなんて言ってるわけじゃないし」
「じゃっ、じゃあ、なんで見せたのよ!」
「井の中の蛙って……つつきたくなるじゃない? ふふっ」
「くっ……!」
リーシェは歯を食いしばった。悔しい。今まで信じていたものの足元が、ぐらぐらと揺れている。
そして、リーシェの頭脳が、一つの結論を弾き出した。
シアンの鑑定結果が全て???だったこと。結界を無視して侵入してきたこと。時空を超えて別の世界を見せる力。
この宇宙で、そんなことができる存在は、一つしかない。
「……あなたは、
リーシェの声が、低くなった。
「うちの世界を……消すつもり?」
シアンは笑みを崩さなかった。
「ははっ、そろそろあなたの世界にも飽きてきちゃったからねぇ……」
軽い口調だった。世界一つを消すという話を、まるで古い服を捨てるかのように言っている。
「どうしろって……言うの……?」
リーシェの声が、掠れた。
「いや、好きにすればいいんじゃない? ボクはただ宇宙のリソースを『最適化』するだけだからね。きゃははは!」
突き放すような言葉。だがシアンの碧い瞳の奥に、ほんのかすかに――興味の光が揺れていた。この少女がどう動くのか、見てみたい。そんな光。
沈黙が降りた。
リーシェはうつむいたまま、拳を膝の上で握りしめていた。
あの熱狂が。あの映像が。あの可愛いモンスターたちが。脳裏をぐるぐると駆け巡っている。レテにはないもの。レテが五万年かけても辿り着けなかったもの。それが、あの『ニホン』にはあった。