美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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79. ニホンへ行ってやる

「……もう一度、さっきの見せてよ」

 

「嫌よ」

 

 シアンが即答した。

 

「これ以上はちょっと越権行為だわ。見たきゃ自分で行くことね。まぁ、あなたが行けるような所じゃないケド。ふふっ」

 

「『ニホン』って言ったわね」

 

 リーシェが顔を上げた。

 

 その黒い瞳に、さっきまでの迷いはなかった。怒りでもない。悔しさでもない。それは――挑戦者の目だった。

 

「行ってやるわよ。レテを舐めないで?」

 

「あら? 来れるものなら来てごらん?」

 

 シアンが目を細めた。碧い瞳が、愉悦に輝いている。

 

「でも他の宇宙への干渉は重大な違反行為……。失敗したら、この星もろとも消されるでしょうけどね。きゃははは!」

 

 高笑いを残したまま、シアンの姿がすうっと薄れていった。碧い髪が光の粒子に分解され、空気に溶けていく。最後に残ったのは、笑い声の残響だけだった。

 

 演奏室に、リーシェだけが残される。

 

「くっ……」

 

 傾いた日差しがピアノに長い影を落とし、庭の花々が何事もなかったかのように風に揺れている。

 

 リーシェは傍らのテーブルに、ガンッと拳を叩きつけた。

 

 テーブルの上に飾られていた花瓶が跳ね、生け花が揺れる。

 

「待ってなさいよ、ニホン……!」

 

 肩で荒い息をつきながら、リーシェはギリッと奥歯を鳴らした。

 

「アンタらの秘密を暴いてやるわ……!」

 

 黒い瞳が燃えていた。

 

 まだ見ぬ国。神宮書記官(メタトロン)を魅了する一つの『正解』。

 

 レテの誇りを賭けて、ニホンに行く。そしてあの世界の秘密を暴き、シアンの鼻を明かしてやる。この世界を守るために――。

 

 リーシェの拳がテーブルの上で震えていた。

 

 怒りと、悔しさと、そして――自分でも認めたくない、あの熱狂への憧れが、胸の奥で(くすぶ)っていた。

 

 

        ◇

 

 リーシェはすぐさま走った。

 

 演奏室を飛び出し、廊下を駆け抜け、邸宅の大階段を二段飛ばしで駆け下りる。裾が邪魔だ。ワンピースの裾を掴み上げ、スリッパを蹴り飛ばして裸足で走った。使用人たちが驚いた顔で振り返るが、構っている暇はない。

 

 地下一階。突き当たりの壁。

 

 何の変哲もない大理石の壁に見えるが、リーシェが右手を押し当てると、紋様が淡く光り、壁がすっと左右に開いた。女神候補の生体認証でのみ解除される、秘密の部屋。

 

 狭い空間の中央に、小さな転送装置が鎮座していた。緊急用の個人転移装置。アカデミーにも親にも知らせていない、リーシェだけの秘密。

 

 装置のパネルに手を走らせ、転送先を設定する。指先が震えていた。怒りか。恐怖か。それとも、あの熱狂をこの目で確かめたいという衝動か。自分でも分からなかった。

 

 転送先――始原の星。

 

 レテSの一つ上の親宇宙。レテが五万年前に築いた、この星系の原点。

 

 起動。

 

 光が足元から這い上がり、視界が白く染まっていった。

 

 

         ◇

 

 

 始原の星――。

 

 転送の光が消えた瞬間、リーシェの裸足に冷たい土の感触が触れた。

 

 湿った空気。草と苔の匂い。遠くで鳥が鳴いている。

 

 目の前に広がるのは、ただ一面の原生林だった。

 

 巨木が天を衝くように聳え、枝葉が重なり合って空を覆い隠している。木漏れ日が地面にまだら模様を描き、蔦が幹から幹へ橋を架けている。レテSの幾何学的に整えられた庭園とは真逆の、手つかずの大自然。

 

 この星には、神族の関係者しかいない。都市もなく、人の営みの気配などほとんどない。ただ小高い丘の上に建てられた一つの建造物だけが、ここに知性ある者が関わったことを示していた。

 

 白亜の神殿。

 

 原生林の緑の海の中で、その白さは異質なほどに際立っている。巨大な円柱が並ぶ荘厳な回廊。大理石の壁面に刻まれた、一族の歴史を語る浮き彫り。五万年前にレテ自身の手で設計し、自ら建て、そして後代に託した――この星系の心臓部。

 

 量子アレイ端末【QAT】が安置された、唯一の場所。

 

 普段、この神殿を訪れる者はいない。孫宇宙の管理はそれぞれの星から遠隔で行えるし、QATに直接触れる必要がある事態などほぼ起こらない。数年に一度の祭事の日だけ、一族の者がここに集い、儀式を行い、また去っていく。それ以外の日々は、静寂だけが支配する場所だった。

 

 鬱蒼とした原生林の大自然に抱かれて、白い石の神殿が五万年の孤独を纏い、ひっそりと佇んでいる。

 

 リーシェは神殿の大階段に着地するなり、一段飛ばしで駆け上がった。

 

 裸足の足裏に大理石の冷たさが食い込む。息が切れる。心臓が暴れている。だが足を止めるわけにはいかない。シアンの言葉が頭の中でぐるぐると回っている。

 

 『ボクはただ宇宙のリソースを「最適化」するだけだからね。きゃははは!』

 

 あの笑い声。あの碧い瞳。あの、全てを見透かしたような笑み。

 

 最適化。それは優しい言葉で包まれた死刑宣告だ。

 

 消される――。

 

 この星が。この宇宙が。レテが五万年の歳月をかけて築き上げたもの全てが。コールドスリープで眠る一族も。孫宇宙に暮らす人々も。アカデミーの級友たちも。庭に咲く花も。あの演奏室のグランドピアノも。全部。何もかも。

 

 

 

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