美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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80. 渾身の嘘

 足が、一段と速くなった。

 

 大階段を駆け上がり、回廊を突っ切る。巨大な円柱の間を裸足で走り抜け、石畳を踏みしめ、奥へ奥へ。

 

 ピタンピタンという自分の足音だけが、五万年の静寂を破って回廊に反響していく。

 

 神殿の最奥、神託の間の手前にある執務スペースに飛び込んだ。

 

 

         ◇

 

 

 執務スペースは、神殿の荘厳さとは不釣り合いなほど生活感に溢れていた。

 

 大理石の壁に沿って並ぶ木製の本棚。積み上げられた古い書類。使い込まれた机の上には茶器と、食べかけのビスケットの皿。壁にかかった暦は三か月前で止まっていた。

 

 その一角で、一人の初老の男性が読書をしていた。

 

 白髪交じりの髪。丸い眼鏡。穏やかな目元に深い皺が刻まれている。着古したクリーム色の神官服は肘のあたりがすり減り、スリッパは左右の色が違った。

 

 QAT管理者。五万年前から代々引き継がれてきた管理者の末裔であり、この神殿にたった一人で住み続けている男。名を、カルヴィンといった。

 

「おや?」

 

 カルヴィンが本から顔を上げた。丸い眼鏡の奥で、穏やかな目が驚きに見開かれる。

 

「リーシェちゃんじゃないか……。珍しい。どうしたんだい、こんなところに」

 

「おじさま、ご無沙汰しています」

 

 リーシェは息を整え、恭しく頭を下げた。カルヴィンはリーシェが幼い頃からこの神殿に出入りするたびに菓子をくれた人物だ。一族の中で数少ない、リーシェが「おじさま」と呼ぶ相手。

 

 だが今は、世間話をしている暇はなかった。

 

「QATを使わせてください」

 

 カルヴィンの手から、本が滑り落ちかけた。

 

「……何だって?」

 

神宮書記官(メタトロン)に、転送を依頼したいんです」

 

 カルヴィンの穏やかな顔から、表情が消えた。丸い眼鏡を押し上げ、リーシェをじっと見つめる。

 

「リーシェちゃん。QATがどういうものか、分かって言っているのかい」

 

「分かっています」

 

「使い方を誤れば、神宮書記官(メタトロン)を怒らせる。そうなれば、私たちの宇宙を丸ごと消し去られる可能性がある。五万年かけて築いた全てが、一瞬で」

 

「だからこそ、来たんです」

 

「だから? どういうこと? そもそもQATは女神様の許可がなければ起動できない。私の一存では――」

 

「おじさま」

 

 リーシェは一歩前に出た。黒い瞳が、真っ直ぐにカルヴィンを見つめている。

 

「さっき神宮書記官(メタトロン)が、私に会いに来ました」

 

 カルヴィンの目が、大きく見開かれた。

 

「……何だって?」

 

「シアンと名乗りました。若い女性の姿で、私の邸宅に現れて。このままならこの宇宙を消すと」

 

「馬鹿な……」

 

 カルヴィンは椅子から立ち上がった。穏やかな目が、動揺に揺れている。

 

 無理もなかった。五万年間、神宮書記官(メタトロン)は機械のような存在だった。QATを通じて送られるのは、常に無機質な文字列だけ。感情もなく、意図も読めず、淡々と承認か却下かを返すだけの、まるで自動応答装置のような存在。

 

 それが――若い女性の姿で、直接会いに来た?

 

「にわかには信じがたい話だね……」

 

 首を傾げ、眉をひそめる。

 

「証拠があります!」

 

 リーシェは鑑定スキルのログを展開した。シアンと接触した際の記録。虚空に浮かぶ光の文字列に、カルヴィンの目が釘付けになった。

 

 名前:シアン

 属性:???

 能力:???

 経歴:???

    :

    :

 

 全ての項目が疑問符で埋め尽くされている。この星系の存在であれば、どんなに強力な者でも鑑定で何かしらの情報が表示される。全てが読み取り不能になるのは、この星系の外にいる存在――すなわち、上位の宇宙からの来訪者である証拠だった。

 

「これは……確かに、うちの星系の者じゃない……」

 

 カルヴィンが息を呑んだ。丸い眼鏡の奥で、穏やかな目が深刻な色を帯びていく。

 

「シアンは私に『ニホン』という場所に行けと言いました。それをQATにセットして転送してほしいんです」

 

「待ちなさい。それには女神様の許可が――」

 

「許可なんて取れないのよ!」

 

 リーシェが声を上げた。拳を握りしめ、黒い瞳を燃やして。

 

神宮書記官(メタトロン)は女神に内緒で行けって言ったのよ?」

 

 嘘だった。

 

 シアンはそんなことは一言も言っていない。「来れるものなら来てごらん」と挑発しただけだ。だが、正攻法で許可なんて出るわけがない。無駄に長い対策会議ばかり繰り返され、先延ばし、先延ばし、そんなのに付き合っていたら消されてしまうかもしれない。この宇宙を救うには、この嘘が必要だった。

 

 カルヴィンが眉をひそめる。

 

「なぜ内緒で?」

 

「知らないわ」

 

 リーシェは肩をすくめた。嘘をつく時ほど、態度を自然にしなければならない。

 

「もし女神が知っていい話なら、女神のところに現れるはず。でもシアンは私のところに来た。それこそが『女神には内緒にしろ』と言った証拠でしょ?」

 

 リーシェはまっすぐな瞳でカルヴィンを見つめる。

 

 その瞳にカルヴィンは気おされた。

 

 論理としては筋が通っている。少なくとも、反論が難しい程度には。

 

「いや、でも、しかし……」

 

 カルヴィンは渋った。丸い眼鏡を何度も押し上げ、額の汗を拭い、執務机の周りをうろうろと歩き回る。五万年続いてきた管理者としての責任感と、目の前の少女の切迫した訴えが、彼の中でせめぎ合っている。

 

 

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