美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「おじさま。うちの宇宙が消されたら、どう責任とるのよ?」
リーシェは脅迫に出た。カルヴィンには悪いが、何としてもニホンへいかねばならない。それ以外このレテの世界を守れないと確信していたのだ。
「……」
「コールドスリープで眠ってる一族も。孫宇宙の人たちも。全部消えるのよ?」
カルヴィンの足が止まった。
「……たとえ転送がうまくいっても、リーシェちゃん」
カルヴィンの声が低くなった。管理者としての声ではない。幼いリーシェに菓子をくれた、あの穏やかな大人の声。
「帰って来られない可能性が高いよ? 別の宇宙に転送されるということは、帰りの手段がないということだ」
「QAT借りてでも帰ってくるわ」
「貸してくれるわけないじゃないか! 他の宇宙の管理者が、見知らぬ来訪者に端末を貸すと思うかい?」
「そん時はそん時よ!」
リーシェは叫ぶ。
その声が、白亜の神殿に反響した。五万年の静寂を破るように、少女の声が円柱の間を駆け抜けていく。
カルヴィンは、しばらくリーシェの顔を見つめていた。
黒い瞳が燃えている。恐怖はある。迷いもある。だがそれ以上に、あの停滞した世界を変えたいという意志が、瞳の奥で燃えている。退屈だと言って「タルい」を繰り返していた少女の目が、今は別人のように輝いていた。
「……はぁ」
カルヴィンは深いため息をついた。
丸い眼鏡を外し、レンズを神官服の袖で拭き、かけ直す。そして渋い顔のまま――神託の間への扉を開けた。
「入りなさい」
◇
神託の間は、白い光に満たされていた。
円形の広大な空間。天井は見えないほど高く、壁面には五万年前に刻まれた創世の記録が浮き彫りにされている。そして部屋の中央に、それはあった。
絶対零度まで冷却された量子デバイスのタンク。銀色の金属容器が霜に覆われ、冷気が白い靄となって床を這っている。タンクから伸びる無数のケーブルが壁面の制御盤に接続され、その奥にQATの端末が青白い光を放っていた。
「こ、これがQAT……」
初めて目にしたQATの圧倒的な存在感にリーシェは気おされ、口をポカンと開けたままタンクを見上げた。
五万年前、一族が五十年の歳月をかけて公案を解き、
それが、目の前にある――。
リーシェの心臓が早鐘を打った。
「タンクには近づいちゃダメだよ? 体温で量子状態が狂うからね」
カルヴィンは慎重に端末を叩き、起動していく。
リーシェはカルヴィンの背中越しに端末を覗き込んだ。
カルヴィンが端末を操作し、入力画面を呼び出す。
「初期化成功! さて……準備OKだが、何て送るんだい?」
「『
リーシェが言葉を口にした瞬間、自分の中で小さな罪悪感が疼いた。
シアンが言ったのは「来れるものなら来てごらん?」だ。挑発であって指示ではない。だが「来れるものなら」という挑発的な部分を切り落とし、「来てごらん」だけを切り出せば、指示のようにも読める。
チェリーピッキング。都合のいい部分だけを抜き出す詭弁。
こんなのシアンが知ったら激怒しそうだが、今はそれしかない。
「……本当に……これを送るのかい?」
カルヴィンの指が、端末の上で止まっていた。転送ボタンの手前で。渋い顔のまま、リーシェを振り返る。
「送ってください」
「……」
「お願いします、おじさま」
リーシェの声が、かすかに震えていた。
カルヴィンは目を閉じ、しばしQATに手を合わせる。何十億人もの星系の命運のかかった挑戦。それはカルヴィンにとっていまだかつてない胃痛をもたらす。
「くぅぅぅ……」
長い息を吐くと、胃を押さえたまま、転送ボタンを押した。
端末が唸りを上げた。量子デバイスのタンクの冷気が一段と強くなり、白い
セッション――確立OK。
メッセージ送信――OK。
数十秒間の、沈黙。
画面に、応答が表示された。
「来たっ!」「おわっ!」
リーシェとカルヴィンが、同時に画面を覗き込む。
そこに表示されていたのは――。
『ニホンに該当する所なし。もしかして:ニッポン、ジャパン』
「……は?」
リーシェの口から、間の抜けた声が漏れた。
「なんでニホンがないのよぉ!」
リーシェは端末の前で頭を抱えた。あれだけ啖呵を切って、嘘までついて、カルヴィンを説得して、やっと送信できたのに。
シアンは確かに「ニホン」と言った。「これが
それなのに、宇宙のデータベースに「ニホン」が存在しない。