美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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81. チェリーピッキング

「おじさま。うちの宇宙が消されたら、どう責任とるのよ?」

 

 リーシェは脅迫に出た。カルヴィンには悪いが、何としてもニホンへいかねばならない。それ以外このレテの世界を守れないと確信していたのだ。

 

「……」

 

「コールドスリープで眠ってる一族も。孫宇宙の人たちも。全部消えるのよ?」

 

 カルヴィンの足が止まった。

 

「……たとえ転送がうまくいっても、リーシェちゃん」

 

 カルヴィンの声が低くなった。管理者としての声ではない。幼いリーシェに菓子をくれた、あの穏やかな大人の声。

 

「帰って来られない可能性が高いよ? 別の宇宙に転送されるということは、帰りの手段がないということだ」

 

「QAT借りてでも帰ってくるわ」

 

「貸してくれるわけないじゃないか! 他の宇宙の管理者が、見知らぬ来訪者に端末を貸すと思うかい?」

 

「そん時はそん時よ!」

 

 リーシェは叫ぶ。

 

 その声が、白亜の神殿に反響した。五万年の静寂を破るように、少女の声が円柱の間を駆け抜けていく。

 

 カルヴィンは、しばらくリーシェの顔を見つめていた。

 

 黒い瞳が燃えている。恐怖はある。迷いもある。だがそれ以上に、あの停滞した世界を変えたいという意志が、瞳の奥で燃えている。退屈だと言って「タルい」を繰り返していた少女の目が、今は別人のように輝いていた。

 

「……はぁ」

 

 カルヴィンは深いため息をついた。

 

 丸い眼鏡を外し、レンズを神官服の袖で拭き、かけ直す。そして渋い顔のまま――神託の間への扉を開けた。

 

「入りなさい」

 

 

         ◇

 

 

 神託の間は、白い光に満たされていた。

 

 円形の広大な空間。天井は見えないほど高く、壁面には五万年前に刻まれた創世の記録が浮き彫りにされている。そして部屋の中央に、それはあった。

 

 絶対零度まで冷却された量子デバイスのタンク。銀色の金属容器が霜に覆われ、冷気が白い靄となって床を這っている。タンクから伸びる無数のケーブルが壁面の制御盤に接続され、その奥にQATの端末が青白い光を放っていた。

 

「こ、これがQAT……」

 

 初めて目にしたQATの圧倒的な存在感にリーシェは気おされ、口をポカンと開けたままタンクを見上げた。

 

 五万年前、一族が五十年の歳月をかけて公案を解き、神宮書記官(メタトロン)との対話を確立した装置。宇宙の管理者との唯一の接点。

 

 それが、目の前にある――。

 

 リーシェの心臓が早鐘を打った。

 

「タンクには近づいちゃダメだよ? 体温で量子状態が狂うからね」

 

 カルヴィンは慎重に端末を叩き、起動していく。

 

 リーシェはカルヴィンの背中越しに端末を覗き込んだ。

 

 カルヴィンが端末を操作し、入力画面を呼び出す。

 

「初期化成功! さて……準備OKだが、何て送るんだい?」

 

「『神宮書記官(メタトロン)シアンよりニホンへ【来てごらん】と指示があったのでリーシェの転送を依頼する』ってお願い」

 

 リーシェが言葉を口にした瞬間、自分の中で小さな罪悪感が疼いた。

 

 シアンが言ったのは「来れるものなら来てごらん?」だ。挑発であって指示ではない。だが「来れるものなら」という挑発的な部分を切り落とし、「来てごらん」だけを切り出せば、指示のようにも読める。

 

 チェリーピッキング。都合のいい部分だけを抜き出す詭弁。

 

 こんなのシアンが知ったら激怒しそうだが、今はそれしかない。

 

「……本当に……これを送るのかい?」

 

 カルヴィンの指が、端末の上で止まっていた。転送ボタンの手前で。渋い顔のまま、リーシェを振り返る。

 

「送ってください」

 

「……」

 

「お願いします、おじさま」

 

 リーシェの声が、かすかに震えていた。

 

 カルヴィンは目を閉じ、しばしQATに手を合わせる。何十億人もの星系の命運のかかった挑戦。それはカルヴィンにとっていまだかつてない胃痛をもたらす。

 

「くぅぅぅ……」

 

 長い息を吐くと、胃を押さえたまま、転送ボタンを押した。

 

 端末が唸りを上げた。量子デバイスのタンクの冷気が一段と強くなり、白い(もや)が渦を巻く。画面に文字列が流れていく。

 

 セッション――確立OK。

 

 メッセージ送信――OK。

 

 数十秒間の、沈黙。

 

 画面に、応答が表示された。

 

「来たっ!」「おわっ!」

 

 リーシェとカルヴィンが、同時に画面を覗き込む。

 

 そこに表示されていたのは――。

 

 『ニホンに該当する所なし。もしかして:ニッポン、ジャパン』

 

「……は?」

 

 リーシェの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

「なんでニホンがないのよぉ!」

 

 リーシェは端末の前で頭を抱えた。あれだけ啖呵を切って、嘘までついて、カルヴィンを説得して、やっと送信できたのに。

 

 シアンは確かに「ニホン」と言った。「これが日本(ニホン)。素敵な世界でしょ?」と。あの碧い瞳で、あの妖しい笑みで、確かに「ニホン」と発音した。

 

 それなのに、宇宙のデータベースに「ニホン」が存在しない。

 

 

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