美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
代替候補として「ニッポン」と「ジャパン」。
「ジャパン」は――さすがに違う気がする。シアンの口から出たのは明確に「ニホン」という音だった。「ジャパン」とは似ても似つかない。
だとすれば「ニッポン」か。
ニッポンが
だが
しかし――。
「ニッポン」に行って、実は「ジャパン」が正解だったとしたら? 転送は片道切符だ。間違えたら、二度と戻れない。
「リーシェちゃん」
カルヴィンが、穏やかな声で言った。転送そのものをリジェクトされなかったということは、
「一つ、提案がある」
「……何?」
「QATの提供する補助情報によれば、『ニッポン』も『ジャパン』も、同一の星系に属しているらしいんだ。ならば、その星に直接行くのではなく、その星系の親宇宙へ転送してもらったらどうだい」
「……え?」
リーシェが顔を上げた。
「親宇宙に行けば、そこからニッポンもジャパンも探せる。もちろん、孫宇宙への転送が必要になってしまうが」
カルヴィンが眼鏡を押し上げた。
「それに……親宇宙にはQATが存在するだろうから、行っておいた方がいいと思うんだよね。帰るのに必ず必要になるんだから。まぁ……どうやって貸してもらうのか皆目見当もつかないがね」
「おじさま……」
リーシェの目が輝いた。
さすがは五万年の管理者の血を引く男、とても頼りになる。
「ニッポンの親宇宙への転送を依頼して」
「分かったよ」
カルヴィンが端末を操作し、新たなメッセージが入力され、送信される。
画面に文字列が流れた。セッション継続。メッセージ送信。応答待機。
十秒。二十秒。三十秒。
応答が返ってきた。
「通った……!」「おほほほほぉぉぉぉぉ!」
リーシェの声が、震えていた。カルヴィンは奇声を上げ両手を突き上げる。
QATのそばの床に、青白い光が渦を巻き始める――。
それはまるで上質な魔法陣だった。
量子デバイスのタンクがかつてないほど激しく唸り、冷気が竜巻のように巻き上がる。床の青い光が輝きを増し、転送の準備が整っていく。
「リーシェちゃん」
カルヴィンが、端末から手を離した。丸い眼鏡の奥の穏やかな目が、リーシェを真っ直ぐに見つめている。
「必ず、帰ってきなさい」
その声は震えていた。管理者としてではなく、幼い頃から見守ってきた少女を送り出す、一人の大人の声。
一族の未来のかかった危険な挑戦。本来は大人が行くべきなのに、帰って来れるかどうかも分からない孤独な旅を彼女に託してしまっている。ふがいなさにカルヴィンの目が潤んだ。
「当たり前じゃない。QAT奪ってでも帰ってくるわ」
リーシェは笑った。強がりの笑みだった。心臓は暴れているし、膝は笑っているし、これから何が起こるかも分からない。でも、笑った。
自分はレテの五万年の歴史、数十億人の命運を背負い、ニホンへ行くのだ。あの熱狂の秘密を必ず持ち帰り、レテの未来をつかみ取ってやる!
「ふぅ!」
大きく息を吐くと、魔法陣の上にピョンと飛び乗った。
青白い光が足元から這い上がってくる。身体が浮遊する感覚。転移魔法陣とは比べものにならない規模の力が、リーシェの存在そのものを分解していく。いくつもの宇宙を超える転送。次元の壁を超え、はるか彼方遠い遠い別の宇宙へと、リーシェの身体を記述するアカシックレコードのデータが書き換えられていく。
視界が白く染まっていった。
最後に見えたのは、カルヴィンの姿――涙をぬぐいながら、片手を上げて見送っている。
リーシェは手を振り返した。
ピュゥン! 不思議な音と共に白い光が全てを包み――レテSの少女は、見知らぬ宇宙へと跳んだ。
◇
暗い――。
暗い暗い暗い。
何も見えない。
光がない。上下の感覚すらない。五感の全てが奪われ、ただ暗黒だけが四方を包んでいる。
――死んだのだろうか?
転送に失敗して、次元の狭間に放り出されたのだろうか。それとも、
――いや。
目が、少しずつ慣れてきた。
暗闇の中に、光の粒が見え始める。一つ。二つ。十。百。千。無数の光の粒がちりばめられていた。
星――?
それは星だった。
(ここは暗黒の世界じゃない――宇宙だわ!)
リーシェの瞳に、無数の星々が映り込んだ。
銀河が渦を巻いている。星雲がぼんやりと光を放っている。レテSの空から見えた星座とは全く違う、見知らぬ星々の配列。ここはもう、レテの宇宙ではない。別の宇宙に、確かに来たのだ。
そして――足元から、ゆったりと、何かが昇ってきた。
巨大な碧い惑星。