美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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83. 上空の森

 宇宙の暗闇の中から、深い碧色をたたえた球体が、まるで水面から浮かび上がる真珠のように、ゆっくりとリーシェの視界に入ってきた。サファイヤのような輝きの上に白い雲が渦を巻いて見える。

 

(碧い美しい世界――ここは……。え?)

 

 その時だった。

 

 ゴポ、ゴポゴポッ。

 

 鼻に、水が入った。

 

 (な、何よこれ!?)

 

 冷たい。鼻腔を水が逆流し、鼻の奥がひりつく。反射的にむせようとして、口を開けかけて堪えた。

 

 水中だ。

 

 ここは水の中だったのだ。

 

 宇宙を見上げていたのではない。水の底に大宇宙が展開されていたのだ。

 

 (なんで水中に宇宙があるのよ!?)

 

 リーシェの心臓が跳ね上がった。肺が空気を求めて悲鳴を上げている。

 

 このままだと溺死。

 

 はるばる宇宙を渡ってきて、到着した瞬間に水死。

 

 ――冗談じゃない。

 

 リーシェは焦りながらも辺りを見回した。暗い水の中で、どちらが上かも分からない。

 

 すると――泡の進んでいく方に、光が見えた。

 

 青い光。水面がきらきらと輝いている。さんさんと降り注ぐ光が水を透過し、光のカーテンがゆらゆらと揺れた。それはオーロラのように水の中で舞っている。美しかった。場違いなほど美しかった。溺れかけていなければ、見惚れていたかもしれないほどに。

 

 (くっ……!)

 

 リーシェは水面に向かって泳ぎ始めた。

 

 手足を必死に動かす。アカデミーで水泳の授業を受けたことはあるが、服を着たまま、こんな深い水の中で泳いだことなどない。重い。ワンピースが水を吸って身体にまとわりつき、動きを阻害する。

 

 それでも――。

 

 肺が限界を叫んでいる。視界の端が暗くなり始めている。だが水面は近づいてきた。光のカーテンがすぐそこで揺れている。

 

 つーっと泡を追い越しながら加速し、透明な水の中を浮上していく――。

 

 光のカーテンが頬を撫で、髪が水流になびき、水面がどんどん近づいてくる。

 

 あと少し。

 

 あと少し――ぷはぁっ!

 

 水面を突き破った。

 

 冷たい空気が肺を満たし、リーシェは激しくむせながら大きく息を吸い込んだ。何度も咳き込み、水を吐き出し、顔にべったりと張りつく長い黒髪を両手でかき上げる。

 

 息が。空気が――。

 

 生きている。危なかった。

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、リーシェは周囲を見回した。

 

 鳥の声が聞こえる。

 

 高く、澄んだ鳴き声。何種類もの鳥が、近くで、遠くで、呼び交わしている。風が吹くと木の葉がざわざわと揺れ、水面に細かいさざ波が立った。

 

(ここは……?)

 

 水面から顔を出したリーシェの目の前に広がっていたのは、鬱蒼とした原生林だった。

 

 巨木が何本もそびえ立っている。幹の太さは数メートルはあり、根元には苔がびっしりと生え、枝からは蔦が垂れ下がっている。木漏れ日が斜めに差し込み、光芒を金色に輝かせていた。

 

 リーシェがいるのは、原生林の中にある小さな池だった。直径は二十メートルほど。透明度が異常に高く、水底まで見通すことができる。そしてその水底の向こうには――さっき見た、大宇宙が広がっている。

 

 原生林の小さな池。その底には、宇宙。

 

 リーシェは理解が追いつかなかった。

 

 (一体どんな物理法則を申請したら、こんな世界になるの……?)

 

 レテの宇宙では見たことのない構造だった。池の底が宇宙に繋がっている? そんな空間設計は、レテの美学からは絶対に生まれない。

 

 ――ここの神はとんでもない人ね。

 

 最初っからガツンとやられた気がして、口をとがらせる。

 

 リーシェは池から這い上がり、びしょ濡れのまま陸に立った。ワンピースから水が滴り落ち、足元に水たまりを作っていく。

 

 ガサガサっと草が揺れ、一瞬身構えたが、出てきたのは可愛いカワウソだった。

 

 カワウソはタタっと駆けると、ポチャンと池へ飛び込んで行った。

 

「あら、キミのお家だったのね。ごめんね」

 

 リーシェは大きく息をつくと、ワンピースの裾をまくり上げて絞った。

 

 ぼたぼたと水が滴る。

 

 一体ここはどこなのだろう? 宇宙をはるばる超えてやってきて最初にやることがワンピースを絞ることだなんて、カルヴィンが聞いたら何て言うだろうか?

 

 ふと、梢の上を見上げた。

 

 巨木の枝葉の隙間から、空が見えるはずだった。広がる空に浮かぶ白い雲。この世界にも、そういうものがあるはずだ。

 

 しかし――。

 

 梢の向こうに見えたのは、空ではなかった。

 

 森だった。

 

「――へ?」

 

 はるか上空に、もう一つの森があった。

 

 正確には、木々がこちらに向かって生えているのだ。逆さまに。根を上に、枝葉を下に向けて――。

 

 リーシェの足元の地面と、はるか頭上の地面。二つの地面が向かい合って、その間に空間がある。

 

 (ま、まさかこれって……)

 

 リーシェは小径を小走りで進んだ。

 

 原生林の中に、獣道のような細い道が続いている。苔むした石を踏み、蔦をかき分け、巨木の根を跨ぎながら進んでいく。鳥の声があちこちから聞こえてくる。

 

 やがて、森が途切れた。

 

 

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