美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
宇宙の暗闇の中から、深い碧色をたたえた球体が、まるで水面から浮かび上がる真珠のように、ゆっくりとリーシェの視界に入ってきた。サファイヤのような輝きの上に白い雲が渦を巻いて見える。
(碧い美しい世界――ここは……。え?)
その時だった。
ゴポ、ゴポゴポッ。
鼻に、水が入った。
(な、何よこれ!?)
冷たい。鼻腔を水が逆流し、鼻の奥がひりつく。反射的にむせようとして、口を開けかけて堪えた。
水中だ。
ここは水の中だったのだ。
宇宙を見上げていたのではない。水の底に大宇宙が展開されていたのだ。
(なんで水中に宇宙があるのよ!?)
リーシェの心臓が跳ね上がった。肺が空気を求めて悲鳴を上げている。
このままだと溺死。
はるばる宇宙を渡ってきて、到着した瞬間に水死。
――冗談じゃない。
リーシェは焦りながらも辺りを見回した。暗い水の中で、どちらが上かも分からない。
すると――泡の進んでいく方に、光が見えた。
青い光。水面がきらきらと輝いている。さんさんと降り注ぐ光が水を透過し、光のカーテンがゆらゆらと揺れた。それはオーロラのように水の中で舞っている。美しかった。場違いなほど美しかった。溺れかけていなければ、見惚れていたかもしれないほどに。
(くっ……!)
リーシェは水面に向かって泳ぎ始めた。
手足を必死に動かす。アカデミーで水泳の授業を受けたことはあるが、服を着たまま、こんな深い水の中で泳いだことなどない。重い。ワンピースが水を吸って身体にまとわりつき、動きを阻害する。
それでも――。
肺が限界を叫んでいる。視界の端が暗くなり始めている。だが水面は近づいてきた。光のカーテンがすぐそこで揺れている。
つーっと泡を追い越しながら加速し、透明な水の中を浮上していく――。
光のカーテンが頬を撫で、髪が水流になびき、水面がどんどん近づいてくる。
あと少し。
あと少し――ぷはぁっ!
水面を突き破った。
冷たい空気が肺を満たし、リーシェは激しくむせながら大きく息を吸い込んだ。何度も咳き込み、水を吐き出し、顔にべったりと張りつく長い黒髪を両手でかき上げる。
息が。空気が――。
生きている。危なかった。
荒い呼吸を繰り返しながら、リーシェは周囲を見回した。
鳥の声が聞こえる。
高く、澄んだ鳴き声。何種類もの鳥が、近くで、遠くで、呼び交わしている。風が吹くと木の葉がざわざわと揺れ、水面に細かいさざ波が立った。
(ここは……?)
水面から顔を出したリーシェの目の前に広がっていたのは、鬱蒼とした原生林だった。
巨木が何本もそびえ立っている。幹の太さは数メートルはあり、根元には苔がびっしりと生え、枝からは蔦が垂れ下がっている。木漏れ日が斜めに差し込み、光芒を金色に輝かせていた。
リーシェがいるのは、原生林の中にある小さな池だった。直径は二十メートルほど。透明度が異常に高く、水底まで見通すことができる。そしてその水底の向こうには――さっき見た、大宇宙が広がっている。
原生林の小さな池。その底には、宇宙。
リーシェは理解が追いつかなかった。
(一体どんな物理法則を申請したら、こんな世界になるの……?)
レテの宇宙では見たことのない構造だった。池の底が宇宙に繋がっている? そんな空間設計は、レテの美学からは絶対に生まれない。
――ここの神はとんでもない人ね。
最初っからガツンとやられた気がして、口をとがらせる。
リーシェは池から這い上がり、びしょ濡れのまま陸に立った。ワンピースから水が滴り落ち、足元に水たまりを作っていく。
ガサガサっと草が揺れ、一瞬身構えたが、出てきたのは可愛いカワウソだった。
カワウソはタタっと駆けると、ポチャンと池へ飛び込んで行った。
「あら、キミのお家だったのね。ごめんね」
リーシェは大きく息をつくと、ワンピースの裾をまくり上げて絞った。
ぼたぼたと水が滴る。
一体ここはどこなのだろう? 宇宙をはるばる超えてやってきて最初にやることがワンピースを絞ることだなんて、カルヴィンが聞いたら何て言うだろうか?
ふと、梢の上を見上げた。
巨木の枝葉の隙間から、空が見えるはずだった。広がる空に浮かぶ白い雲。この世界にも、そういうものがあるはずだ。
しかし――。
梢の向こうに見えたのは、空ではなかった。
森だった。
「――へ?」
はるか上空に、もう一つの森があった。
正確には、木々がこちらに向かって生えているのだ。逆さまに。根を上に、枝葉を下に向けて――。
リーシェの足元の地面と、はるか頭上の地面。二つの地面が向かい合って、その間に空間がある。
(ま、まさかこれって……)
リーシェは小径を小走りで進んだ。
原生林の中に、獣道のような細い道が続いている。苔むした石を踏み、蔦をかき分け、巨木の根を跨ぎながら進んでいく。鳥の声があちこちから聞こえてくる。
やがて、森が途切れた。