美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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84. 『常識』外の世界

 小径が開けた場所に出た瞬間、目の前に広がるその全貌にリーシェは息を呑んだ。

 

 円筒。

 

「まさか……コロニー……?」

 

 直径数キロメートルの、巨大な円筒形の構造物。その内側に、森が、草原が広がっている。小さな川が流れ、池が点在し、建物が見える。そしてそれら全てが、円筒の内壁に沿って湾曲しながら続いている。

 

 左を見れば、地面が緩やかに上り坂になり、壁面を登るように森が続いている。右を見ても同じ。そしてはるか頭上には、さっき見えた「逆さまの森」。それは逆さまなのではなく、円筒の反対側の内壁に生えた、もう一つの森だったのだ。

 

 宇宙コロニー。

 

 無重力の宇宙空間に浮かぶ円筒が、ゆっくりと自転することで遠心力を生み出し、内壁に擬似的な重力を作り出す。その内壁に土を敷き、水を引き、植物を植え、一つの世界を構築している。

 

 だから池の底から宇宙が見えたのだ。円筒の底面は透明で、外の宇宙がそのまま覗ける。池の底を通して見上げた大宇宙は、コロニーの外に広がる本物の宇宙空間だった。

 

(ほわぁ……。なんでわざわざ、こんなことを……?)

 

 リーシェは首をかしげた。

 

 星を丸ごと一つ創ればいいものを、なぜ宇宙空間に浮かぶ円筒なのか。レテの美学では到底理解できない設計思想だった。それは、レテとは全く異なる美意識と、全く異なる技術体系が息づいている証拠ともいえる。

 

 これこそが、別の宇宙。

 

 これこそが、レテの『常識』外の世界。

 

 リーシェはキュッと口を結んだ。

 

 

        ◇

 

 

 小径の先に、建物が見えた。

 

 漆黒のひときわ巨大な建造物。そのたたずまいからして神殿だろう。しかし、先ほどまでいたカルヴィンの白亜の神殿とは、何もかもが異なっていた。

 

 黒曜石のような素材で構築された、鋭角的な建築。直線と直線が大胆に交差し、表面には見たこともない紋様が刻まれている。レテの建築が「優美な曲線」を信条とするなら、この建物は「力強いエッジ」を信条としていた。柔らかさの欠片もない。だがそこには、柔らかさとは別の種類の美しさ――硬質で、冷徹で、だからこその凛とした美しさがあった。

 

 (この宇宙の女神の、神殿……)

 

 リーシェは濡れた髪を後ろに払い、神殿を見上げた。

 

 ここに、この宇宙のQATがあるのだろう。帰る時はここへ行くしかない。

 

 だがまずはニホンへ行かねばならない。それには情報だ。この世界のことを何も知らないままでは何もできない。

 

 リーシェはコロニーの中を木陰からそっと観察する。

 

 コロニーにはいくつもの建物が点在していた。研究施設のような場所。居住区のような場所。そしてそこで働く人々の姿も見えた。驚くべきことに、彼らはレテの人たちと大差ないように見えたのだ。

 

 遠く遠く離れた別宇宙に来たのに、人間はほとんど変わらない。これは一体どういうことだろうか?

 

 思い返せばシアンが見せてくれたニホンの人たちもファッションは全然違ったが、顔かたちはレテの人たちと変わらない。それどころか、シアンも同じ人間の造形をしていた。

 

 そこには人間の成り立ちに関する重大な示唆が隠されているようにも思ったが――今はそんな深遠なことを検討している時ではない。

 

 リーシェは歩きやすいように濡れたワンピースの裾を結びながら、唇を引き結んだ。

 

 ニホンへ行くことに集中しなくてはならない。

 

 ニッポンだかジャパンだか知らないが、シアンが見せたあの世界は、この宇宙のどこかにある。あの数万人の熱狂が。あの凄まじい映像表現が。あの可愛いモンスターたちが。この宇宙の、どこかの星に。

 

 まずはこの世界の情報を集めること。この宇宙の構造を理解すること。そしてニホンへの転送手段を手に入れること――。

 

 リーシェはびしょ濡れの黒髪を後ろに払い、まだ水の滴る顔を上げた。

 

 見知らぬ宇宙。見知らぬコロニー。見知らぬ人々。言葉も通じるか分からない。帰る手段もまだない。

 

 だが、ここまで来たのだ。

 

 気の遠くなるような距離を越えて、ここまで来た。

 

 レテの命運の全てを賭けて、ここまで。

 

「さぁて……時間もないし大胆に行くわよ!」

 

 リーシェは腰に手を当て、円筒形の向こうを見上げた。湾曲した大地の向こうに、逆さまの森が見える。

 

「ニホンへはどうやって行ってやろうかしら? キャハッ!」

 

 濡れネズミの女神候補は、見知らぬ世界の第一歩を踏み出した。

 

 

          ◇

 

 

 コロニー内を半日ほど歩き回った末に、リーシェは一つの居住区に辿り着いた。

 

 池の反対側、原生林を抜けた先に小さな集落がある。石造りの素朴な一軒家が、数十軒ほど並んでいる。屋根には苔が生え、庭先には見たことのない花が咲いている。洗濯物が風に揺れ、どこからか料理の匂いが漂ってくる。

 

 生活の匂いだ。

 

 誰かがここで暮らし、食べ、眠り、日常を営んでいる。宇宙コロニーという異質な空間の中に、そんな当たり前の暮らしが確かに存在していた。

 

 リーシェは一軒の家の裏庭に忍び込んだ。

 

 庭は手入れが行き届いており、小さな花壇と、木製のベンチがある。裏窓から中の様子をそっと覗くと、居間に小柄な女の子がいた。

 

 

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