美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
年は八つか九つか。膝を抱えてソファに座り、薄い板のような端末を両手で持って、何かを楽しんでいた。画面に映っているのは動く絵のようなもので、女の子は時々くすくすと笑っている。
タブレット端末。レテにも似たようなデバイスはある。あれがあれば、この世界の情報にアクセスできるかもしれない。
リーシェは息を殺して時を待つ――。
やがて、奥の部屋から女性の声が聞こえた。この世界の言語で何かを呼びかけている。女の子は返事をして、タブレット端末をソファの上に放り出し、ぱたぱたと部屋を出て行った。
今だ――!
リーシェは音もなく窓を開け、身体を滑り込ませた。足音を殺してソファに近づき、放り出されたタブレット端末を手に取る。
「ごめんね、ちょっと貸してね……」
小さく呟いた。罪悪感がちくりと刺さる。だが今はこれしか手段がなかった。数十億人の命運がかかっているのだ。少しくらいは仕方ない――。
リーシェはそう自分に言い聞かせると、端末を抱えて素早く窓から抜け出し、裏庭の物陰にしゃがみ込んだ。
◇
画面にはいろんなアイコンが並んで賑やかだった。
文字も並んでいる。だが、読めない。
今まで見たことのあるどんな文字とも全く異なる字体だった。曲線と直線が組み合わさった独特の造形。規則性はありそうだが、一文字も解読できない。
あちこちいじっていると動画の再生が始まった。人が何か喋っているが、音の並びに馴染みがない。母音と子音の組み合わせ方が、レテの言語とは根本的に異なっていた。
普通なら、ここで詰む。
だがリーシェには、一つだけアドバンテージがあった。
脳内の生体チップ。
女神候補として生まれたクローンには、生体チップが埋め込まれている。孫宇宙ごとに異なる言語を効率的に習得するための翻訳補助装置。既知の言語であれば即座に翻訳し、未知の言語であってもパターンを解析し、類推と補完を繰り返して、徐々に理解を深めていく。
ただし、未知の言語の場合は時間がかかる。データが必要なのだ。
リーシェは端末の画面をスワイプし始めた。
あちこちのサイトを開いては眺め、開いては眺め。文字を読み、動画を再生し、音声を聞く。一つ一つは意味が分からない。だが生体チップがバックグラウンドで猛烈に解析を続けている。語順のパターン。音素の分布。文字と発音の対応。文法構造の推測。
十分。二十分。三十分。
ノイズだった文字列の中に、ぼんやりと輪郭が浮かび始めた。
この記号は助詞のようだ。この音の並びは動詞の活用らしい。この文字の組み合わせは人名を示しているらしい。断片が少しずつ繋がり、意味の欠片が形を成していく。
一時間もすると、簡単な文章ならおおよその意味が取れるようになってきた。完璧ではない。まだ穴だらけだ。だがそれでも、何も分からなかった一時間前とは雲泥の差だった。
リーシェは次々とサイトを巡った。ニュースサイト。百科事典のようなもの。掲示板。通販サイト。料理のレシピ。この世界のありとあらゆる情報を生体チップに流し込み、言語の精度を上げていく。
そして。
ある音楽サイトに辿り着いた時だった。
再生ボタンを押した瞬間、端末のスピーカーから飛び出してきた音に、リーシェの指が止まった。
この音。
この重低音。
この、腹の底を殴りつけるようなビートと、喉の奥から絞り出される叫びと、理性を吹き飛ばして身体の芯を揺さぶる、あの衝動。
シアンに見せられた、あの音楽だ。
「こ、これよ!」
リーシェは色めき立った。端末を握る手が震えている。間違いない。あの時、数万人の絶叫の坩堝に放り込まれた時に聞いた、あの楽曲。うるさくて、暴力的で、高尚さの欠片もなくて――でも目が離せなかった、あの音楽。
見つけた。この星系に、確かにある。
リーシェは急いでサイト内を探索した。楽曲の情報ページを開き、関連リンクを辿り、生体チップをフル回転させて文字を読み取っていく。
そして、サイトの片隅に小さなアイコンを見つけた。
タップすると、画面が切り替わった。
シンプルなチャット画面。テキスト入力欄と、柔らかい色のアイコン。自動応答型のインターフェース。
コンシェルジュ。
AIがさまざまなサポートをしてくれるサービスのようだった。この世界の住人向けの案内システムか何からしい。
リーシェは迷わずテキストを打ち込んだ。生体チップの翻訳機能を逆方向に使い、自分の言葉をこの世界の言語に変換して入力する。精度は完璧ではないが、意思の疎通はできるはずだ。
『この楽曲の詳しい情報を教えてください』
数秒で応答が返ってきた。
『孫宇宙ナンバー3723の
リーシェの目が、一点で止まった。
「
リーシェは叫んだ。裏庭でしゃがんでいることも忘れて。
「
あった。あったのだ。「ニホン」が。