美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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87. 純白の卵

 とはいえ、表通りを行くわけにはいかなかった。

 

 サイレンが鳴り響く中、正面から堂々と歩いていけば即座に捕まる。この世界の住人ではないことは、服装を見れば一目瞭然だ。デザインが基本的なところから異なる白いワンピースはまだ濡れて泥だらけ、裸足で、黒い髪を振り乱している。どう見ても不審者だ。

 

「仕方ないわね……」

 

 リーシェは居住区の裏手から原生林に飛び込んだ。

 

 コロニーの地図は、さっきタブレットで見た記憶だけが頼りだった。転送施設は居住区から見て左上の奥。直線距離ではそう遠くないが、表通りを迂回して原生林を抜け、ぐるりと螺旋状に裏手の林まで行かなければならない。

 

 獣道を走った。

 

 木の根を跨ぎ、蔦をかき分け、苔むした岩を飛び越える。枝が顔を打ち、棘が腕を引っ掻く。裸足の足裏に尖った石が食い込むたびに顔をしかめたが、止まっている暇はなかった。

 

 サイレンは鳴り止まない。

 

 時折、遠くに人の声が聞こえる。捜索隊が組織されたのか。コロニーの住人たちが不審者を探しているのだろう。

 

 リーシェは息を殺して走り続けた。

 

 (さすがにクマや狼を放し飼いにしてるわけじゃないわよね……?)

 

 原生林の奥から何かの鳴き声が聞こえるたびに心臓が跳ねたが、幸いにして大型の猛獣に遭遇することはなかった。

 

 十分。二十分。三十分。

 

 息が上がり、脚が悲鳴を上げている。レテSでは魔法に頼って身体を鍛えてこなかったリーシェには、この原生林の走破は過酷すぎた。だが止まれば捕まる。捕まれば――他宇宙からのスパイとバレるだろう。最悪、処刑だ。

 

「くぅぅぅ……」

 

 リーシェは涙目で必死に一時間近くも森を駆け、ようやく林の切れ目から転送施設の卵の形が見えてきた。

 

 

         ◇

 

 

 近づいて見ると、転送施設は想像以上に巨大だった。

 

 つるんとした卵型の純白の外壁。継ぎ目が一つもない滑らかな曲面が、コロニーの人工太陽の光を柔らかく反射している。

 

 直線を尊ぶこの宇宙の建築文化にあって、この施設だけが明らかに異質だった。角がない。鋭さがない。まるで巨大な生き物の繭のような、有機的な造形。

 

 とはいえ、レテの曲線美とも全く違う。レテの建築は「美しく見せるための曲線」だが、この卵型は「機能がそうさせた曲線」に見えた。美しさのためではなく、何か技術的な理由でこの形にならざるを得なかったような。

 

 リーシェは施設の裏手、林との境目にある木の陰に身を潜めた。

 

 事前にタブレットで確認しておいた裏口が見える。職員用の出入口のようだった。

 

 サイレンはいまだに鳴り響き、多くの人が自分を探している。見つかったら処刑――二度とレテへは帰れない。

 

 ドクンドクンと心臓がうるさい。

 

 ――息を整えろ。焦るな。ここで捕まったら全てが終わる。

 

 リーシェは深呼吸を繰り返し、気持ちをなんとか落ち着けていった。

 

 じっと様子をうかがう――。

 

 ほどなく、裏口のドアが開いた。

 

 シルバーのジャケットを着た職員が一人、足早に出てきた。手に通信端末を持ち、何か慌てた様子で話しながら走っていく。警報への対応だろう。施設からも人が駆り出されているのだ。探す相手はここに隠れているのだが――。

 

 ドアが、ゆっくりと閉まりかける。

 

 今だ。

 

 リーシェは木の陰から飛び出した。足音を殺し、地面を滑るように駆ける。閉まりかけたドアの隙間に指をねじ込み、体重をかけてこじ開け――スッと身体を滑り込ませた。

 

 ドアが、背後でぱたんと閉じる。

 

 薄暗い通路。白い壁。冷たい空気。施設の内部は、外観の有機的な印象とは裏腹に、無機質で清潔な空間だった。床は灰色の金属で、等間隔に配置された照明が青白い光を落としている。

 

 建造物不法侵入――。

 

 また罪を重ねてしまった。

 

 見つかったら全てが終わり。

 

 他宇宙からやってきたスパイ。次々と女神の聖地を荒らす侵入者。弁明の余地はない。

 

 リーシェは通路を足音も立てずに進んだ。裸足が冷たい金属の床に張り付く。壁に背をつけ、角を覗き込み、人の気配がないことを確認してから次の通路へ。心臓が喉元まで迫り上がってきている。

 

 小さな個室が並ぶエリアに出た。

 

 コンシェルジュの説明では転送ブースは個室型だという。見ればドアの前に表示パネルがあり、使用中か空室かが分かるようになっていた。

 

 空室。空室。使用中。使用中。空室。

 

 リーシェは手近な空室のドアを開け、中に滑り込んだ。

 

 個室の奥に、絶対零度の金属製のタンクが置いてあり、柔らかな間接照明が静かに浮き上がらせている。

 

 転送装置だ。レテの転送装置とは全く異なるデザインだが、機能は同じはずだ。コンシェルジュの説明を頼りに、パネルを操作していく。

 

 まずステータスをちょっとした操作で「ゲスト」に設定。神官がお忍びで使うという裏機能をコンシェルジュから教えてもらっていたのだ。こんなことをスパイに教えて大丈夫なのだろうか? この宇宙のAIはちょっとおバカである。

 

 さらに情報を入力していく。

 

 孫宇宙ナンバー――3723。

 

 地域名――。

 

 リーシェの指が、一瞬だけ止まった。

 

 ニホン。

 

 ついに行けるのだ日本へ――。

 

 指先に力を込めて、打ち込んだ。

 

 日本(ニホン)

 

 画面に確認メッセージが表示された。転送先の詳細が展開されていく。地球。東アジア。日本列島。細長い島国の形が、ホログラムのように空中に浮かび上がった。

 

 

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