美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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88. ヴァーレン・フリュート

 これが日本――。

 

 シアンが見せた、あの世界。あの熱狂が生まれた国『黄金の国ジパング』。

 

 かつて東方見聞録ではそう書かれていたという。

 

 リーシェはうなずき、【次へ】を選ぶ。

 

 すると、転送先住所を聞いてくる。

 

 住所――?

 

 リーシェは焦った。日本のどこへ行ったらいいかなんて、コンシェルジュには聞いていないのだ。

 

 地図から選ぶこともできるようだったが――この細長い島国のどこへ行ったらあの衝撃的なコンテンツの数々に出会えるのだろう?

 

 ライブの動画には『Kアリーナ』という地名が出ていたが、そんな『K』から始まる住所などどこにもない。

 

「えーっ、どこがいいのよ……?」

 

 この真ん中あたりの都市が一番栄えていそうではあるが――そこが正解かどうか判断しようがない。

 

「うーん……」

 

 その時だった。

 

「不審者侵入! どこだ!!」

 

 廊下に、怒号が響いた。

 

「探せ!! 転送ブースを全部チェックしろ!!」

 

 ドタドタドタと、何人もの足音が通路を駆けてくる。近い。すぐそこだ。

 

 リーシェの心臓がドクンと跳ねた。

 

 転送地点なんて選んでいる暇はない。日本のどこに飛ぶかなんて、もう選べない。

 

 リーシェは適当に地図の真ん中あたりを叩き、転送実行ボタンを――押した。

 

 

 ピュゥン!

 

 

 光が足元から噴き上がった。視界が白く、白く染まっていく。

 

 最後に聞こえたのは、ドアを叩く拳の音と「開けろ!」という怒声だった。

 

 だがその声は、もう遠い。

 

 光の中で、リーシェは目を閉じた。

 

 ニホン。

 

 まだ見ぬ国。まだ聴いたことのない熱狂。レテの五千年が辿り着けなかった場所。

 

 日本のどこに飛ばされるか分からない。建物の中かもしれないし、また水の中かもしれない。

 

 でも、もう引き返せない。

 

 リーシェはついに憧れの地『日本』へと、跳ばされていった。

 

 

        ◇

 

 

 ひゅおぉぉぉ――。

 

 風。

 

 ものすごい風が、身体を叩いている。

 

 意識が戻った瞬間、最初に感じたのは風圧だった。全身を押し潰すような、暴力的な風。髪が真上に吹き上げられ、ワンピースが激しくはためき、目を開けていられないほどの風が四方八方から殴りつけてくる。

 

「うわぁぁぁ! 何なのよコレぇ!」

 

 目の前には、青空。

 

 抜けるような青。一片の雲もない、どこまでも透き通った青い空が、視界いっぱいに広がっていた。

 

「――へ? 青?」

 

 リーシェは一瞬どういうことか困惑した。レテの空は桃色だったのだ。

 

 だが、すぐにこの宇宙の空が青いことを思い出す。

 

 であれば、自分が空に浮かんでいるのかと思ったが――。

 

 違った。

 

「落ちてる! 落ちてるぅぅぅぅ!!」

 

 眼下に、見慣れぬ高層ビル群が広がっていた。ガラスと鉄骨で構成された四角い建造物が、地面からにょきにょきと生えるように林立している。レテの曲線美とも、コロニーの直線美とも全く異なる、無骨で実用的な建築群。その上空を、リーシェはスカイダイビングのように真っ逆さまに落下していた。

 

「いやぁぁぁ! 止めてぇぇぇ!」

 

 叫んだ。叫んだが、風に声を奪われてほとんど聞こえない。

 

 遠くに山が見えた。綺麗な三角形をした、冠雪した山。左右対称の美しい稜線が、青空の下でくっきりと浮かび上がっている。

 

 反対側には、きらきらと光る水平線。海だ。

 

 なるほど、ここは確かに日本かもしれない。富士山があり、海がある島国。確かにそれらしい。

 

 だが今はそんな観光をしている場合ではない。

 

 このままでは墜落死だ。

 

 さっきはコロニーの池で水死しかけ、今度は高層ビル群へ真っ逆さまに墜落中。一体この宇宙はどれだけ試練を課してくるのか。到着するたびに命の危機とは、歓迎されていないにも程がある。

 

 だが嘆いている暇はない。生身の身体で墜落を阻止するのは不可能。ならば――。

 

 リーシェは落下しながら、右手を前に突き出した。

 

「ヴァーレン・フリュート!」

 

 飛行魔法の呪文。レテSでは得意技だった。風の精霊に働きかけ、大気の流れを操作し、身体を浮遊させる魔法。何百回も使ってきた、手慣れた呪文――だったが。

 

 無反応。

 

 何も起きない。風は変わらず身体を叩き続け、落下速度は一切変わらない。

 

「なんでよぉ! くぅっ……!」

 

 日本には魔法がないのだ。

 

 孫宇宙ナンバー3723の物理法則には、魔法が組み込まれていない。この世界では呪文を唱えても精霊は応えない。風は風のままで、誰の味方もしてくれない。

 

 ならばこれはどうだ。

 

 最後の手段。女神の権能。

 

 アカシックレコードに直接働きかける、神族だけに許された究極の力。魔法が物理法則の範囲内で作用する力なら、権能は物理法則を無視した世界そのものを書き換える力だ。上位の宇宙から付与された特権であり、孫宇宙の物理法則に依存しない。

 

 コロニーのある神殿の宇宙では使えなかった。あそこは自分の管轄外だったから。だが日本は孫宇宙だ。上位存在であるリーシェの権能は、ここでなら通るはず。

 

 リーシェは落下しながら、意識を集中した。身体の奥底に眠る権能の回路に、力を流し込む。

 

 しかし。

 

 目の前に、半透明の画面が浮かび上がった。

 

 

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