美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
赤い文字が、明滅している。
『ERROR! 初期設定が完了していません』
「ぐわぁぁ! 何なのよコレぇ!!」
初期設定だと?
この孫宇宙で権能を使うための初期設定が、まだ済んでいなかったのだ。レテの孫宇宙では生まれた時点で自動的に設定されている。クローンとして産み落とされた瞬間から、権能は使える状態になっている。だがここは他人の宇宙。初めて訪れた孫宇宙で権能を行使するには、手動で初期設定を完了させなければならない。
よりによって今この瞬間に、その手続きを要求してくるのか。
リーシェは叫びながらも、急いで画面を操作し始めた。
名前。入力。
権能カテゴリ。選択。
使用範囲。設定。
一項目ずつ、ものすごい速度で入力していく。風が画面を揺らし、髪が視界を遮り、指先が風圧で流されそうになる。だがリーシェの指は止まらなかった。止めたら死ぬ。お役所仕事みたいな手続きを済ませなければ、あと数十秒で地面と一体化するのだ。
地面が、刻一刻と近づいてくる。
さっきまで豆粒だった高層ビルが、一棟ずつ大きな形としてリーシェの前に立ち塞がるように迫ってきている。ビルの屋上に設置されたアンテナや室外機が、猛烈な速度で詳細まで見えてくる。
もはやワンミスも許されない。
「くぅぅぅ……!」
リーシェはものすごい速度で落下しながら、必死にパシパシと画面を叩いた。入力。確認。次へ。入力。確認。次へ。涙目で。歯を食いしばって。風の轟音が耳を塞ぎ、頬に涙が横に流れていく。
一番高い高層ビルの屋上は、もう横を通過した。もうビルの「上」ではなく「横」を落ちている。ガラスの壁面がすごい速度で流れていく。窓の向こうに、オフィスで働く人間たちの姿がちらりと見えた。そのすぐそばを、別の宇宙から来た少女が猛烈な速度で落下していることなど知りもしない。
そして――最後の画面が表示された。
『身元保証人を入力してください』
「は……?」
リーシェの指が、止まった。
身元保証人。この宇宙で自分の存在を保証してくれる者の名前を入力しろ、と。
この宇宙で自分を知っている者など、誰もいない。
当たり前だ。つい数時間前に別の宇宙から転送されてきたばかりなのだ。この世界には友人もいなければ知人もいない。コロニーで出会った人々にすら名前を聞いていない。誰に保証してもらえるというのか。
だが、もうバスターミナルのアスファルトが目前に迫っている。
地上激突まで、もうあとわずか。
「くぅぅぅ……。どうにでもなーれ!」
リーシェは、入力欄に名前を叩き込んだ。
【
そう書いて、【次へ】を叩くように押した。
荒唐無稽だった。宇宙の管理者の名前を身元保証人に書くなど、正気の沙汰ではない。役所に提出する書類の保証人欄に「大統領」と書くようなものだ。この宇宙の女神が見たら卒倒するだろう。そもそも受け付けられるわけがない。
だが他に書ける名前を、知らないのだ。
地上の風景が眼前に広がる。バスが何台も並んでいる。バスターミナルだ。人々が歩いている。何も知らずに日常を過ごしている人々のそばを、一人の少女が猛烈な速度で落ちてくる。
もう間に合わない。
(痛いのは嫌! 痛いのは嫌!)
リーシェは真っ青になって両手を組み、目を固く閉じた。
レテのことが走馬灯のように浮かんだ。桃色の空。庭の花々。演奏室のグランドピアノ。カルヴィンおじさまの渋い顔。そして、最後に弾いた五千年前の旋律――。
まさか異世界のバスターミナルで人生が終わるなんて。
ピロン!
軽い電子音が鳴った。
目を開けると、画面に文字が表示されていた。
『
「――へ?」
通った。
通ったのだ。
なぜ。どうして。宇宙の管理者の名前が身元保証として通るのか。
だが驚いている暇はなかった。地上はもう目と鼻の先だ。
「ふんっ!」
リーシェは全身に意識を集中させた。
身体の奥底から、力が噴き上がってくる。細胞の一つ一つに火が灯るように、内側から光が滲み出していく。
背中に光背がブワッと展開された。
黄金色の光が背中から広がり、落下する少女の周囲を後光のように照らし出す。高層ビルのガラス壁面にその光が反射し、一瞬だけ、落ちてくる少女が神聖な宗教画のように見えた。
全身を透明な膜のようなものが覆っていく。『物理攻撃無効』。全ての物理効果を無効化する、女神の権能。
ほぼ同時にバスターミナル真ん中のアスファルトに――激突した。
ズガァァァァン!!
轟音が、高層ビル群の谷間に響き渡った。
アスファルトが蜘蛛の巣のようにひび割れ、衝撃波が放射状に広がる。バスターミナルの地面に数メートルのクレーターが穿たれ、砕けたアスファルトの破片と土煙がもうもうと噴き上がった。