美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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90. セーーーーフ!

 衝撃波で停車していたバスの窓ガラスが一斉にびりびりと震え、近くを歩いていた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。鳩の群れがバサバサバサッと一斉に飛び立った。

 

 土煙の中心で、一人の少女がゆっくりと起き上がる。

 

 煤こけたワンピース。黒い髪。裸足。

 

 傷一つなく。

 

 権能の発動がぎりぎり間に合ったのだ。身体へのダメージはゼロ。アスファルトは木っ端微塵だが、リーシェの身体には擦り傷一つない。背中の光背はもう消えていたが、髪の先端にわずかに金色の残光が纏わりついていた。

 

「セーーーーフ!」

 

 リーシェは両膝に手をつき、荒い息を吐いた。

 

「あっぶない……。危ない危ない……」

 

 心臓が破裂しそうだ。膝がガクガク震えている。冷や汗が全身を濡らし、指先の感覚がない。生きている。生きているのだ。異世界のバスターミナルで、みっともなく膝に手をついて、ぜいぜい息をしながら。でも、生きている。

 

 しかし――ほっとしたのも束の間だった。

 

 土煙の向こうから、人々のざわめきが聞こえてくる。叫び声。駆け寄る足音。スマートフォンのカメラを向ける音。この異常事態を確認しようと、人々が集まり始めている。

 

 バスターミナルのど()ん中に墜落。

 

 とんでもなく派手な登場をしてしまった。

 

 偵察どころの話ではない。このままでは大騒ぎになる。この世界の警察なり軍なりが駆けつけてきたら、さっきのコロニーの二の舞だ。

 

 リーシェは素早くクレーターに手をかざした。権能を発動し、砕けたアスファルトの破片を元の位置に戻していく。時間を巻き戻すように、ひび割れが塞がり、破片が噛み合い、飛び散った砂利が元の場所に収まっていく。数秒で地面は元通りの平坦なアスファルトに修復された。クレーターの痕跡は、もう一つもない。

 

 まだ土埃が視界を隠してくれている。

 

 リーシェは土煙の中で、すっと姿を消した。

 

 空間跳躍。権能による短距離転移。その場から瞬時に離脱し、数百メートル離れたビルの屋上へと移動する。

 

「これで……ごまかせたかしら……?」

 

 屋上のフェンスに手をかけ、眼下の街を見下ろした。

 

 バスターミナルでは、人々がきょろきょろと辺りを見回している。何かが落ちてきたと思ったのだが、何もないのだ。クレーターもない。煙もほぼ消えた。隣の人と顔を見合わせ、首を捻っている。

 

 リーシェは風に吹かれながら、ようやく深い息を吐いた。

 

「ふはぁ……。あっぶない……」

 

 膝から力が抜けた。へなへなと屋上のコンクリートにへたり込む。フェンスに背中を預け、足を投げ出す。全身が重い。権能を立て続けに使った疲労が、今になってどっと押し寄せてきた。

 

 リーシェは自分が落ちてきた空を見上げた。

 

 青い空。

 

 どこまでも高く、どこまでも広い、日本の空。レテSの桃色の空とは違う、深くて澄んだ青。あの空のどこかに、さっきまで自分がいたのだ。あの青の中を、叫びながら落ちてきて――。

 

 ふぅ……。

 

 我ながらよくやった。

 

 風がリーシェの黒い髪を撫でる。ビルの屋上を吹き抜ける風は乾いていて、少しだけ潮の香りがした。海が近いのだろう。遠くにはあの冠雪した三角の山が見える。いい形――富士山だ。

 

 心地よい疲労感が、全身を包んでいく。

 

 恐怖の後に来る、生きているという実感。このさわやかな風。この青い空。この街の喧騒――。

 

 リーシェは、そっと目を閉じた。

 

 ここが日本。

 

 ここが、シアンの言った世界。

 

 まだ何も分からない。何も知らない。でも――この空の青さだけは、悪くないと思った。

 

 

         ◇

 

 

 リーシェは女神の権能を使って、身体を修復していった。

 

 まず疲労。細胞の一つ一つに溜まった倦怠感を、権能の光が洗い流すように消していく。鉛のように重かった腕が軽くなり、震えていた膝がしっかりと地面を踏めるようになる。

 

 次に、足の裏。

 

 裸足で原生林の獣道を走り、コロニーの金属床を駆けた足裏は、傷だらけだった。一つ一つの傷が、ここに辿り着くまでの厳しい道のりを刻んでいる。

 

 権能の光が足裏を撫でると、傷が塞がり、痛みが消えていく。

 

「ふぅ……。さて……これからが本番ね」

 

 リーシェは立ち上がり、足首をくるくると回して調子を確かめた。完治。もう痛みはない。

 

 その時だった。

 

 街の方から、音楽が聞こえてきた。

 

 重低音。

 

 あの、腹の底を殴りつけるような重低音。

 

「へ?」

 

 リーシェは慌てて振り返った。

 

 目の前のビルの壁面に、巨大なディスプレイがあった。数十メートルはあろうかという巨大な画面が、ビルの側面をまるごと覆っている。

 

 その中で――あのミュージシャンが歌っていた。

 

 シアンにライブハウスで見せられた、あの人間。ステージの上で叫び、楽器を掻き鳴らし、数万人を熱狂の渦に巻き込んでいた、あのミュージシャン。

 

 あの時は何が何だか分からないまま圧倒されただけだった。だが今、異世界の空の下で、その音楽と再会している。

 

 

 

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