美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
「お……おほぁ……」
声にならない声が漏れた。
リーシェは吸い寄せられるようにフェンスに近づき、ディスプレイを見下ろした。
見回せば、そこかしこに日本の文化が溢れていた。
隣のビルの巨大看板には、VRの可愛いモンスターたちが愛嬌を振りまいている。丸っこい体型。くりくりした瞳。機能性の欠片もない、ただひたすらに「可愛い」ためだけにデザインされた生き物たち。シアンが見せた、あのゲームのキャラクターだ。
さらに向こうのビルには、あの映画のキャラクターが巨大なポスターの中で笑っていた。夜空を舞いながら爆弾を振りまく女性と、それに対峙する人外の男。映画館で呆然と見上げた、あの凄まじい映像表現の主人公たち。
全部、ここにある。
シアンが見せた文化、その全てがこの街の日常として、当たり前のように息づいている。特別なものとしてではなく。高尚なアートとしてではなく。ただの日常の一部として、街の壁に貼られ、スピーカーから流れ、人々の間に溶け込んでいる。
来れた――。
ついに来たのだ。日本に。
「や、やったわ……」
リーシェの拳が、ぎゅっと握りしめられた。爪が掌に食い込むほどに。
はるかかなた、大宇宙を越えて。
コロニーの池に落とされ、警備員に追われ、空から落とされ、バスターミナルにクレーターを
それでも、ここに来た。
辿り着いたのだ。憧れの地に。
「ふふっ……」
笑みが零れた。こらえようとしたが、止められなかった。
「来てやったわよ、シアンさん?」
声が、震えていた。
あの碧い瞳の女が言ったのだ。「来れるものなら来てごらん」と。あの挑発的な笑みで。あの見下すような目で。
来た。来てやった。
あなたの挑発に応えてやったわ!
リーシェの黒い瞳に、涙が光っていた。
風がその涙を攫い、渋谷の空に散らしていく。巨大ディスプレイからはあの重低音が鳴り続け、看板のモンスターたちは跳びはね、映画のキャラクターは笑っている。
全部が眩しかった。全てが涙が出るほど眩しかった。
◇
涙を拭い、改めて街を見回す――――。
そこに広がるのは、レテとは全く異なる街だった。
ガラスと鉄の高層ビルが林立し、その谷間を道路が縦横に走っている。色とりどりの看板がビルの壁面を埋め尽くし、信号機が赤と青を繰り返し、大量の自動車が整然と流れていく。そしてその全ての隙間を、無数の人々が行き交っている。
鉄道橋の向こうに、巨大なスクランブル交差点があった。複数の横断歩道が交差する広い空間。信号が変わった瞬間、四方八方から人の波が押し寄せ、交差点の中心でそのまま交わり、すれ違い、また四方八方へ散っていく。
「うはぁ……」
リーシェは目を見開いた。
「あれ、みんな人なの? どうなってんの……?」
津波だった。人間の津波。信号が変わるたびに、数百人が一斉に動き出す。誰もぶつからない。誰も立ち止まらない。全員が自分の目的地に向かって、まるで見えないルートの上を歩くかのように、整然として、でも圧倒的な量で流れていく。
レテSとは、人口が桁違いだった。
レテSの繁華街といえば、一番賑やかな通りでも道幅は狭く、人通りはまばらだった。大きなコンサートを開いても数百人が集まれば大盛況。それがこの街では、たかが信号一回の変わり目で、それ以上の人間が一つの交差点に溢れ返るのだ。
「くっ……」
リーシェは奥歯をギリッと鳴らした。
人口の数字だけで、もう負けている気がした。レテが五万年かけて作り上げた繁華街の最も賑やかな日の人出を、この交差点は信号一回で超えてしまう。
もちろん、初代レテの時代の基底宇宙にも、こういうビル群があったとは聞いている。かつて一族が暮らしていた世界にも、高層建築と膨大な人口があった。
しかし、レテが創った孫宇宙には、こういう景色は育たなかった。効率を優先した直方体のビル群。交通量に最適化された道路網。人口密度が生み出す圧倒的な活力。レテの孫宇宙では、そこまで人口を増やさなかった。増やす必要を感じなかったのだろう。少数の優秀な住人が美しい街で洗練された日々を送る――それがレテの理想だったのだ。
だが、この街には別の力がある。
人の数がもたらすエネルギー。多くの人間が狭い空間に集まり、ぶつかり合い、影響し合い、新しいものを生み出していく。その営みが、街そのものを一つの巨大な生命体にしている。
レテにはない、エネルギッシュな街。
リーシェはキュッと口を結んだ。
悔しかった。認めたくなかったが、認めざるを得なかった。この街には、レテの五万年が辿り着けなかったものがある。
◇
「さぁてと……。どこへ……行こうかなぁ……」
リーシェはビルの屋上のフェンスに腰掛け、眼下に広がる渋谷の街を見下ろす。
風が髪を揺らし、白いワンピースが風にはためく。