美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
とりあえず街へ降りたい。だが――。
リーシェは自分の姿を見下ろした。
素足。生乾きのクラシカルなワンピース。コロニーの池から這い出てきたまま、原生林を走り、転送施設に忍び込み、空から落ちてきた格好。髪はぼさぼさで、裾は泥だらけで、靴すらない。
交差点を行き交う人々に目を向けた。
洗練されている。
男性も女性も、一人一人が考え抜かれたコーディネートを纏っている。色の組み合わせ。素材の質感。シルエットのバランス。レテの美学とは全く異なるけれど、そこには確かに「美しく見られたい」という意志があった。そして、その美の基準がレテとは全く違う。画一的な高尚さではなく、一人一人が異なるスタイルで、異なる自分を表現している。
自分のワンピースはレテで最高だという美学による仕立てで、クラシックな質感だ。確かに気品高いが、街を歩く人たちの個性的で賑やかな装いからすると場違い感がはなはだしい。この格好で交差点に立ったら、人目を引いてしまう。
とりあえず女神の権能で、泥だらけのワンピースを漂白してはみたが――コレジャナイ感じはぬぐえない。
まず、靴と服を手に入れなければ――。
しかし、どうやって?
リーシェは唇を噛んだ。だが悩んでいる暇はなかった。
自分がこの宇宙にいることは、いずれバレる。コロニーでの騒動は報告されているだろうし、この地球の管理者が侵入者を探し始めるのは時間の問題だ。追手が来る前にレテで役に立つ情報を集め、何とか帰還の口実を作らなければならない。「
「ええい、ままよ!」
リーシェは空間跳躍でビルの屋上から姿を消し、人気のない裏路地に着地した。
◇
裏路地は表通りの喧騒が嘘のように静かだった。
雑居ビルの隙間。室外機の唸り。薄暗い階段。壁に貼られた色褪せたポスター。表通りの華やかさとは全く違う、だがそれはそれで生活感に満ちた空間。
リーシェは裏路地を歩きながら、服屋を探した。
表通りにはガラス張りの華やかなアパレルショップがいくつも見えていたが――あの手の店に素足で入っていく勇気は、さすがになかった。
何とか靴を。靴さえあれば、もう少しまともに見えるはずだ。
裏路地を曲がった先に、一軒の店が目に留まった。
薄暗い店構え。狭い入口の両脇に、革ジャンやブーツがぶら下がっている。ガラスのショーケースにはアクセサリーらしきものが並び、奥には所狭しと服が吊るされている。看板の文字は生体チップの翻訳で「古着」と読めた。
古い服の店。
表通りのピカピカのショップよりは、ずっと入りやすい雰囲気だった。
「入って……みるしかない。頑張れ私!」
リーシェは恐る恐る店内へ足を踏み入れる。
独特の匂いがした。革と布と、かすかな埃の匂い。嫌な匂いではない。むしろ、どこか懐かしい。
所狭しと吊るされた服の数々。革ジャン、デニム、ミリタリーコート、花柄のワンピース、チェックのシャツ。見たことのないデザインが、これでもかと並んでいる。
「うわぁ……」
リーシェの目が、少女のようにきらきらと輝いた。
レテにはない色の組み合わせ。レテにはない素材。レテにはないシルエット。一着一着がレテでは生まれ得ないデザインで、これら全てが「多様性」の産物なのだと思うと、胸の奥がざわついた。シアンの言葉が脳裏をよぎる。「あなたたちの世界はもう何万年も取り残されているのよ」。
悔しいが、否定できなかった。この小さな古着屋の一角だけで、レテのファッション史がひっくり返されそうだった。
「いらっしゃい……」
声がした。
レジカウンターの奥から、若い女性が姿を見せた。
ピンクの髪。唇にピアス。腕から肩にかけて、色鮮やかな入れ墨が覗いている。黒いタンクトップにダメージジーンズ。レテの美学では「逸脱」と呼ばれるであろう装いが、この少女には不思議としっくり馴染んでいた。
「あら、なんで素足?」
店員の目が、リーシェの足元に向いた。
「あ、これはちょっと事故があって……」
「事故? 大丈夫なの?」
ピンク髪の店員が、カウンターから身を乗り出した。心配そうな顔。見知らぬ素足の少女に対して、警戒よりも先に心配が来る。日本人とはそういう気質なのだろうか。
「ケ、ケガはないんですけど、靴がなくなっちゃって……」
「あなた外国人? 中央アジアかな?」
店員が首をかしげた。リーシェの顔立ちを眺めている。
「あ、そ、そうです……」
「やっぱり! 少しスラブ系な顔立ちだからね。置き引きにでもあったってところかしら」
「そ、そうです。荷物なくしちゃって。あはははは……」
リーシェは乾いた笑いを浮かべた。嘘が重なっていく。だが「別の宇宙から来ました」と言えば『頭おかしい人』扱いされてしまうだろう。
「あら、それは大変だったわね」
店員が同情の目を向けた。