美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
渋谷の街は、歩くたびに景色が変わった。
靴屋。ガラスの棚にずらりと並んだスニーカーの数々に、リーシェは足を止めた。一つの店にこれだけの靴がある。しかもデザインが全部違う。レテSでは靴のデザインは数えるほどしかなかったのに。
スマホショップ。薄い板のようなカラフルな端末が整然と並んでいる。コロニーで盗んだ――借りたタブレットの小型版だ。普通の人でも一人一台持っているらしい。
飲食店。狭い路地にひしめくように並ぶ小さな店々。一軒ごとに違う料理を出しているという。麺。米。肉。魚。揚げ物。焼き物。煮物。蒸し物。匂いだけで十種類は嗅ぎ分けられる。
チケット屋。ショーケースの中に並ぶ小さな紙片。金券だけでなくコンサートや演劇のチケットも所狭しと並べられている。その数の多さにリーシェは目を見張った。これだけのイベントが各地で開催されているのだ。
ハンバーガーショップ。パンに肉と野菜を挟んだ食べ物をサラが買ってくれた。一口齧って、リーシェは目を丸くした。
「何これ……。雑だけど、美味しい……」
「雑って言うなー! どこのお貴族様だー!?」
リーシェは初めて見るものの連続に、目をきらきらと輝かせていた。
サラの説明を一生懸命に聞き、質問を重ね、手に取り、匂いを嗅ぎ、口に入れ、五感の全てで日本を吸収しようとしていた。さっきまでの緊張感も、追手への警戒も、どこかに吹き飛んでいた。
この街は、まさに刺激の塊。
一歩歩くごとに新しいものが目に飛び込んでくる。レテSでは一年かけても出会えなかったような「初めて」が、この街では十歩ごとに転がっているのだ。
タルい、なんて考える暇もなかった。
◇
ジェラート屋の前に、行列ができていた。
十人ほどの人が、小さな店の前に整然と並んでいる。店先のショーケースには色とりどりのジェラートが並び、甘い匂いが漂っていた。
「これは?」
「あぁ、アイスよ。冷たいお菓子。抹茶味が最近人気でね……」
サラが顎でショーケースを示した。鮮やかな緑色のジェラートが、他の色に混じってひときわ目を引いている。
「み、緑……なの?」
「食べる?」
「ぜひぜひ!」
リーシェの目が輝いた。即答だった。
少し並んで、ようやく手にしたコーンには、山盛りの抹茶ジェラートが載っていた。鮮やかな緑。レテSの花壇にも、コロニーの原生林にもなかった種類の緑。深くて、濃くて、どこか落ち着いた緑。
リーシェは恐る恐る、ジェラートの山の頂上をそっとかじってみる。
冷たい。
直後、舌の上で複雑な味が広がった。
「おほっ……」
リーシェの目が、とろんとした。
「苦くて……でも甘くて……癖になりそう……」
苦味が先に来て、追いかけるように甘味が広がった。そして余韻に、かすかな渋みが残る。こんな味はレテにはなかった。レテの菓子には渋みなどないのだ。お菓子に渋みを使うという発想そのものが驚異的だった。
まさに多様性――。
一口の中に、複数の味覚が共存し、バランスしている。
リーシェは恍惚とした表情を浮かべ、二口目、三口目と無言でジェラートを食べ進めた。
「抹茶は健康にもいいのよ? ……。うほぉ! ここのはやっぱ美味いわ!」
サラも自分のジェラートを美味しそうに舐めている。ピンクの髪に抹茶の緑。似合わないはずなのに、なぜか絵になっていた。
二人は並んで歩きながらジェラートを食べる。渋谷の雑踏の中を、一口ごとに幸せそうな顔をしながら。
◇
アパレルショップでは最新のトレンドに息を呑み、雑貨屋では見たことのない小物たちに手を伸ばし、時計屋では精密なムーブメントに驚嘆し、コスメショップでは色とりどりの化粧品の前で動けなくなった。
「こんなに色があるの……?」
口紅だけで何十色もある棚の前で、リーシェは呆然と立ち尽くす。レテSでは口紅は三色だった。赤、桃、薄紅。化粧を凝るのは下品で煽情的だという文化なのだ。それが、ここには名前すらつけられないような微妙な色の違いが何十種類も並んでいる。
興奮が、止まらなかった。
歩くたびに新しい発見があり、新しい感動があり、新しい疑問が生まれた。リーシェの頭はフル回転で情報を処理し続けていたが、それでも追いつかないほどの情報量が、渋谷という街からは溢れ出していた。
そして――。
道の脇に、派手な看板が立っていた。
「カラオケ」
生体チップが翻訳する。「空のオーケストラ」。何のことだろう?
「ここは何を売ってるの?」
リーシェが看板を見上げて首をかしげた。
「ははっ、これは歌を歌うところよ」
「歌?」
リーシェは眉をひそめた。
「誰に聞かせるの?」
「仲間内で歌を歌い合って遊ぶのよ」
「え? どういうこと?」
リーシェには、理解できなかった。
歌とは、歌手が聴衆に聞かせるものだ。コンサートホールで、舞台の上で、あるいは神殿の儀式で。訓練を積んだ歌い手が、大勢の聴衆の前で披露するもの。それがレテの常識だった。