美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

95 / 119
95. 熱き魂

 一般の人間が、仲間内で、歌を歌って「遊ぶ」?

 

 それは――作曲家に対する冒涜ではないのか? 素人が歌って、何が楽しいのか?

 

「じゃあ、歌ってみましょ?」

 

 リーシェの困惑を見て取ったサラが、にやりと笑った。ピアスの光る唇が、悪戯っぽく吊り上がっている。

 

「え、ちょ――」

 

 リーシェの腕を掴み、サラはカラオケ店の中に突入した。

 

 

         ◇

 

 

 最上階のVIPルーム。

 

 ドアを開けた瞬間、リーシェは目を見張った。

 

 壁一面の大画面。天井に埋め込まれたスピーカー。間接照明に照らされた室内には、座り心地の良さそうなソファが並び、テーブルの上にはマイクが二本と、操作用の端末が置かれていた。

 

「じゃあまず、私がお見本を見せるわ」

 

 サラがソファにどかっと座り、端末を操作し始めた。ランキングの上位から、何かの曲を選んでいく。

 

「これ、知ってるかなぁ……。最近めっちゃ流行ってるんだけど」

 

 画面が切り替わった。

 

 映像が流れ始める。

 

「あっ!」

 

 リーシェは、飛び上がりそうになった。

 

 画面に映っているのは――あのアニメだった。

 

 シアンに映画館で見せられた、あの作品だ。夜空を舞いながら爆弾を振りまく女性と、それに対抗する人外の男。ビルが炎で芸術的に吹き飛んでいく、あの凄まじい映像表現。

 

 あの時は何が何だか分からないまま圧倒されるだけだった。だが今、この場所で、この映像が「歌」と結びついて流れている。

 

 サラがマイクを握った。

 

 画面に歌詞が流れ始めた。サラの声が、部屋を満たしていく。

 

 上手くはなかった。

 

 正直に言えば、調子っぱずれだった。音程が外れる箇所があり、リズムが走るところがあり、プロの歌手と比べれば素人そのものだった。

 

 だが。

 

 サラは全力だった。

 

 目を閉じ、眉間に皺を寄せ、マイクを両手で握りしめて、身体を揺らしながら歌っていた。声を張り上げ、囁き、叫び、時に裏声で高音を絞り出す。技術は拙い。だがそこには、魂が込められていた。

 

 リーシェの五千年の音楽が到達した究極の美――それとは正反対の、荒削りで不格好で、だからこそ生命力に溢れた歌。

 

 その渾身の歌声を浴びながら、リーシェは画面に流れるアニメの戦闘シーンを食い入るように見つめていた。

 

 映像と音楽が同期している。戦闘のクライマックスでサビが来る。ビルが吹き飛ぶ瞬間にドラムが炸裂する。男が勝機を掴む瞬間にメロディが転調する。

 

 映像と音楽とストーリーが、一つに融合している。

 

 そしてそれを、一般の人間が、仲間内で、歌って「遊ぶ」。

 

 この国では、音楽は「聴くもの」であると同時に「歌うもの」なのだ。プロだけのものではなく、全ての人に開かれたもの。上手い下手は関係ない。歌いたいから歌う。楽しいから歌う。それだけの理由で、人々は声を張り上げる。

 

 これが、日本の多様性を支える一端なのだ。

 

 消費者が同時に表現者でもある。聴衆が同時に歌い手でもある。その循環が、新しい音楽を生み、新しい映像を生み、新しい物語を生んでいく。

 

 レテには、これがなかった。

 

 レテの音楽は、常にプロのものだった。聴衆は聴衆であり、演奏者は演奏者だった。その境界は厳格で、誰も越えようとしなかった。だからこそ洗練された。だからこそ――停滞した。

 

 サラの歌が終わった。最後の一音を引っ張り、ぷはーっと息を吐いて、マイクを下ろした。

 

「どう? ふふん」

 

 得意げな顔。少し汗をかいている。

 

「……すごいわ」

 

 リーシェは、素直にそう言った。

 

 上手いという意味ではない。歌声に込められた熱い魂が、すごい。

 

「じゃあ次はリーシェよ?」

 

 サラがマイクを差し出した。

 

「いや、でも私、日本の曲知らないから……」

 

「いいのよそんなの、一緒に歌ってあげるからさ」

 

 サラは聞く耳を持たなかった。端末を操作し、ランキング上位の曲を次々と予約していく。画面の隅に「予約済み」の表示がどんどん積み上がっていった。

 

「ちょ、こんなに歌うの……?」

 

「当たり前でしょ! 初カラオケなんだから、全力でいくわよ!」

 

 最初の曲が始まった。

 

 リーシェは恐る恐るマイクを持った。画面に流れる歌詞を生体チップで読み取り、メロディを耳で追いかけ、タイミングを計る。

 

 声を、出した。

 

 小さな声。震える声。音程がずれている。リズムがめちゃくちゃだ。レテの五千年の音楽教育を受けた身として、こんな酷い歌は初めて歌った。

 

 だが――。

 

「そうそう! いいよいいよ! もっと声出して!」

 

 サラが隣で一緒に歌ってくれた。歌詞を指さし、リズムを手拍子で刻み、サビでは腕を振り上げて盛り上げてくれる。

 

 リーシェはサラの声についていった。二曲目。三曲目。だんだん声が大きくなっていく。四曲目で初めてサビを一人で歌いきった。五曲目でサラと声を合わせてハモれた。六曲目でマイクを両手で握り、目を閉じて歌った。

 

 七曲目の途中で、リーシェは気づいた。

 

 楽しい。

 

 下手だけど。音程を外しちゃうけど。レテの声楽家に比べれば子供の遊びだけど。

 

 こんなに楽しいことが、あったのか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。