美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~   作:月城 友麻

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96. レアモンスター

 声を出すことが、こんなに気持ちいいことだったのか。人に聴かせるためではなく、自分のために歌う。上手く歌うためではなく、楽しく歌うために声を出す。その単純な行為が、胸の奥から何かを引っ張り出してくる。

 

 八曲目。リーシェは立ち上がった。

 

 サラと並んで、マイクを握りしめ、画面に映る歌詞を追いかけながら声を張り上げた。部屋中に声が反響し、スピーカーから自分の声が返ってくる。下手だ。でも構わない。

 

 レテの音楽が教えてくれなかったこと。

 

 歌は、楽しむものだということ。

 

「ヒャッハー! リーシェ、やるじゃない!」

 

「あはは、まだまだ下手よ!」

 

「下手でいいの! 楽しけりゃ勝ちなのよ!」

 

 サラがマイクを突き上げ、リーシェも真似して突き上げた。二人の笑い声が、VIPルームの壁に跳ね返って、何度も何度も響いていった。

 

 

      ◇

 

 

 喉が枯れるまで歌った。

 

 最後の一曲を歌い終えた時、リーシェの声はガラガラで、サラの声もすっかり潰れていた。二人ともソファにぐったりと倒れ込み、天井を見上げて、しばらく何も喋れなかった。

 

 だが、二人の顔には同じ笑みが浮かんでいた――。

 

 カラオケを出た頃には、渋谷の空は夕焼けに染まり始めていた。ビルの谷間に斜めの光が差し込み、行き交う人々の影を長く伸ばしている。リーシェは黒いブーツで渋谷のアスファルトを踏みしめ、日本の夕暮れの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

 喉は痛いが、心は不思議と軽かった。

 

 二人は並んで歩いた。

 

「楽しかったぁ!」

 

 サラは両手を上げて嬉しそうに叫んだ。

 

「ほんと! ほんと!」

 

「あんたサビで腕ブンって振り回して飲み物吹っ飛ばしてたしね。うっしっし」

 

 いたずらっ子の目でサラの顔をのぞきこむ。

 

「……言わないでよ」

 

「しかもそのまま歌い続けてたのがジワる。足元びしょびしょで……。ははっ!」

 

「だって……サビの途中で止まったらアーティストに失礼じゃない……」

 

 リーシェがガラガラの声で言い訳するが――。

 

「止まれよ! あはははは!」

 

 サラが腹を抱えて笑い、リーシェもつられて笑った。喉が痛くて声が出ないのに、それでも笑いが止まらなかった。

 

 何の変哲もない、友人との散歩。女神候補だったレテSでは、一度も経験したことのない種類の時間だった。

 

「あ、ちょっと待って」

 

 不意に、サラが立ち止まった。

 

 ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見つめている。目が真剣だった。さっきまでの陽気な表情が一変し、狩人が獲物を見つけた時のような鋭い集中力が宿っている。

 

「何しているの?」

 

 リーシェが覗き込むと、スマートフォンの画面の中で、可愛いモンスターが動いていた。

 

 丸っこい体型。くりくりした大きな瞳。頭にちょこんと生えた角。ぷにぷにとした手足をぱたぱたと動かしながら、画面の中を跳ね回っている。

 

「あっ! これ……」

 

 シアンが見せた、あのゲームのモンスターだ。あの時VRの世界で見た、機能性の欠片もない、ただひたすらに「可愛い」ためだけにデザインされた生き物たち。

 

「そう、エアモンよ。今、レアモンスターが出たから獲ってるの」

 

 サラはスマートフォンを両手で構え、画面の中のモンスターを真剣な目で追いかけていた。指が画面の上をすっと滑る。

 

「えいっ!」

 

 画面がきらきらと光り、ファンファーレが鳴った。モンスターが嬉しそうに跳ね、「CAPTURE!」の文字が躍る。

 

「よし! ゲットだぜ! ヒャッハー!」

 

 サラは片手でスマートフォンを高く掲げ、ピョンと跳んだ。往来の真ん中で。通行人が何人か振り返ったが、サラは気にする素振りもない。

 

 リーシェは首をかしげた。

 

「そんなに嬉しいもの?」

 

「そうよ! コイツの色違いはなかなか手に入らないのよ?」

 

「色違い?」

 

「ほら見てごらん」

 

 サラがスマートフォンの画面をリーシェに向けた。画面の中で、さっき捕まえたモンスターが得意げにポーズを取っている。

 

「首のところが青いでしょ?」

 

「そうね……。青いわ」

 

 確かに、モンスターの首元に青い模様が入っている。

 

「普通は緑色なのよ」

 

「そうなのね」

 

「あーーっ! もうっ!」

 

 サラが声を上げた。リーシェの淡白な反応に、明らかに不満そうだ。

 

「これはね、みんな持ってないのよ? 嬉しいじゃない!」

 

「自分だけ……ってこと?」

 

「そうよ! みんなに自慢しなくちゃ。ふふっ」

 

 サラは素早くスマートフォンを操作した。画面をスクリーンショットで撮り、SNSに貼り付けていく。指の動きが慣れていて速い。日常的にやっていることなのだろう。

 

 投稿してものの数秒だった。

 

 画面に、反応が次々と飛んできた。

 

 スタンプ。

 

 可愛いキャラクターのスタンプが、滝のように流れ込んでくる。目をむいて驚くネコ。地団駄を踏むウサギ。泣き崩れるクマ。歯ぎしりするペンギン。どれも丸っこくてデフォルメされた可愛いキャラクターが、大袈裟なリアクションで悔しさや羨望を表現している。

 

 

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