美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~ 作:月城 友麻
声を出すことが、こんなに気持ちいいことだったのか。人に聴かせるためではなく、自分のために歌う。上手く歌うためではなく、楽しく歌うために声を出す。その単純な行為が、胸の奥から何かを引っ張り出してくる。
八曲目。リーシェは立ち上がった。
サラと並んで、マイクを握りしめ、画面に映る歌詞を追いかけながら声を張り上げた。部屋中に声が反響し、スピーカーから自分の声が返ってくる。下手だ。でも構わない。
レテの音楽が教えてくれなかったこと。
歌は、楽しむものだということ。
「ヒャッハー! リーシェ、やるじゃない!」
「あはは、まだまだ下手よ!」
「下手でいいの! 楽しけりゃ勝ちなのよ!」
サラがマイクを突き上げ、リーシェも真似して突き上げた。二人の笑い声が、VIPルームの壁に跳ね返って、何度も何度も響いていった。
◇
喉が枯れるまで歌った。
最後の一曲を歌い終えた時、リーシェの声はガラガラで、サラの声もすっかり潰れていた。二人ともソファにぐったりと倒れ込み、天井を見上げて、しばらく何も喋れなかった。
だが、二人の顔には同じ笑みが浮かんでいた――。
カラオケを出た頃には、渋谷の空は夕焼けに染まり始めていた。ビルの谷間に斜めの光が差し込み、行き交う人々の影を長く伸ばしている。リーシェは黒いブーツで渋谷のアスファルトを踏みしめ、日本の夕暮れの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
喉は痛いが、心は不思議と軽かった。
二人は並んで歩いた。
「楽しかったぁ!」
サラは両手を上げて嬉しそうに叫んだ。
「ほんと! ほんと!」
「あんたサビで腕ブンって振り回して飲み物吹っ飛ばしてたしね。うっしっし」
いたずらっ子の目でサラの顔をのぞきこむ。
「……言わないでよ」
「しかもそのまま歌い続けてたのがジワる。足元びしょびしょで……。ははっ!」
「だって……サビの途中で止まったらアーティストに失礼じゃない……」
リーシェがガラガラの声で言い訳するが――。
「止まれよ! あはははは!」
サラが腹を抱えて笑い、リーシェもつられて笑った。喉が痛くて声が出ないのに、それでも笑いが止まらなかった。
何の変哲もない、友人との散歩。女神候補だったレテSでは、一度も経験したことのない種類の時間だった。
「あ、ちょっと待って」
不意に、サラが立ち止まった。
ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見つめている。目が真剣だった。さっきまでの陽気な表情が一変し、狩人が獲物を見つけた時のような鋭い集中力が宿っている。
「何しているの?」
リーシェが覗き込むと、スマートフォンの画面の中で、可愛いモンスターが動いていた。
丸っこい体型。くりくりした大きな瞳。頭にちょこんと生えた角。ぷにぷにとした手足をぱたぱたと動かしながら、画面の中を跳ね回っている。
「あっ! これ……」
シアンが見せた、あのゲームのモンスターだ。あの時VRの世界で見た、機能性の欠片もない、ただひたすらに「可愛い」ためだけにデザインされた生き物たち。
「そう、エアモンよ。今、レアモンスターが出たから獲ってるの」
サラはスマートフォンを両手で構え、画面の中のモンスターを真剣な目で追いかけていた。指が画面の上をすっと滑る。
「えいっ!」
画面がきらきらと光り、ファンファーレが鳴った。モンスターが嬉しそうに跳ね、「CAPTURE!」の文字が躍る。
「よし! ゲットだぜ! ヒャッハー!」
サラは片手でスマートフォンを高く掲げ、ピョンと跳んだ。往来の真ん中で。通行人が何人か振り返ったが、サラは気にする素振りもない。
リーシェは首をかしげた。
「そんなに嬉しいもの?」
「そうよ! コイツの色違いはなかなか手に入らないのよ?」
「色違い?」
「ほら見てごらん」
サラがスマートフォンの画面をリーシェに向けた。画面の中で、さっき捕まえたモンスターが得意げにポーズを取っている。
「首のところが青いでしょ?」
「そうね……。青いわ」
確かに、モンスターの首元に青い模様が入っている。
「普通は緑色なのよ」
「そうなのね」
「あーーっ! もうっ!」
サラが声を上げた。リーシェの淡白な反応に、明らかに不満そうだ。
「これはね、みんな持ってないのよ? 嬉しいじゃない!」
「自分だけ……ってこと?」
「そうよ! みんなに自慢しなくちゃ。ふふっ」
サラは素早くスマートフォンを操作した。画面をスクリーンショットで撮り、SNSに貼り付けていく。指の動きが慣れていて速い。日常的にやっていることなのだろう。
投稿してものの数秒だった。
画面に、反応が次々と飛んできた。
スタンプ。
可愛いキャラクターのスタンプが、滝のように流れ込んでくる。目をむいて驚くネコ。地団駄を踏むウサギ。泣き崩れるクマ。歯ぎしりするペンギン。どれも丸っこくてデフォルメされた可愛いキャラクターが、大袈裟なリアクションで悔しさや羨望を表現している。