先輩が俺の×××を好きすぎる。~我慢できない先輩に家まで押しかけられてもう俺の×××は限界寸前です~ 作:加賀見真
「今日は暖かいわね」
「そうですね」
時刻は夜の八時過ぎ、先輩と並んで外を歩いている。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、人の気配は感じられない。
民家の明かりはついているけれど、それもあと一時間か二時間もしたら消えていくだろう。
まあそこまでうろつくつもりもないんだけれど。
六月頭のこの時期は雨が降らなければほどほどに暖かくて夜風が心地良い。
「まさかキミにデートに誘われるとは思わなかったけど」
「ただの散歩ですけどね」
「あー、そういうこと言っちゃうんだ。せっかく私が付き合ってあげてるのに」
「それについては感謝してますよ」
「まあ負けたのは私だからいいんだけどね。それで、これは何が目的なの?」
実際なんの目的もなく散歩にわざわざ誘わないというのは先輩もわかっているようで、その真意に興味がある様子。
俺から直接言うには少し憚られる内容なので誤魔化したいところだけど。
「普通に散歩ですよ。あとは強いて言えば見回りですかね」
「見回り?」
「はい。俺の体質については説明しましたよね?」
「うん、幽霊が見れるってやつでしょ?」
深紅先輩は実体を持つ吸血鬼なので普通の人間と同じように誰にでも見えるが、そうではなく霊体しか持たない存在は普通の人の目には見ることができない。
そういった霊や怪異が悪さをしていないか見て回るのがこの散歩の目的だ。
「そうです。まあそれだけなら別にいいんですけど、困ったことに幽霊が見えるとそういうのが寄ってきやすいんですよ」
「私にやったアレみたいに全部弾けばいいんじゃない?」
「お札も無限じゃないんですよ?」
アレというのは深紅先輩を気絶させたお札のことだろう。
あの時は深紅先輩の正体を知るのに必要だったから使ったあれだけど、本当はそうホイホイ使えるものでもないのだ。
「あと俺じゃ対処できないようなのもいるんで」
たちの悪い地縛霊とか怨霊とか、それを超えた怪異とか怪物とかは俺の守備範囲外。
そういう意味では吸血鬼も範囲外なんだけど、まあ今回はその当人が友好的ということで経過観察中といったところかな。
「実際にキミの手に負えないときはどうするの?」
「土地の管理者にお願いします」
「他力本願だー」
「そもそも俺が対処しなきゃいけない理由もないですからねー」
ただの学生にそんな責任を負わされても困る。
そういうことをやらせるなら報酬を出してもらわないと、と言いたいところだけれど、そもそも報酬があっても俺は危ないことはしたくない。
一定以上の怪異の対処とか普通に命がけだからね。
「じゃあなんでこうやって見回りしてるの?」
「本当にヤバい霊を素早く発見して対処してもらうためと、代わりに俺くらいでも対処できるような問題は可能な範囲でこっちで片付けるためですかね」
「なるほど、持ちつ持たれつって感じだ」
「そうですそうです」
まああと悪霊とかは霊感のない一般人にも悪影響を与えることがあるから、そういう意味でも見回りはした方がいい。
「それで、私を誘った理由は?」
「先輩ともう少しお話をしたいなと思いまして」
「なるほど、つまり私が信用できる相手か判断する材料にしたいと」
「だから人の心を勝手に読まないでくださいよ」
「読んでないわ、推測しただけ」
要するに吸血鬼という最上級の怪異として、まだ信用していないという事実を指摘されると流石に気まずいので誤魔化したかった訳だ。
「本当は深紅先輩とデートしたかっただけかもしれないじゃないですか」
「じゃあ手でも繋ぎましょうか?」
「いいですよ」
予想外の答えに一瞬反応できずにいる深紅先輩の手を握る。
夏の夜にあっても温かく感じるそれは、とても女性らしく小さくて柔らかい。
先輩は驚いた表情を見せるけど、それでも自分が言いだしたことだからかその手を振りほどく気配はなかった。
「キミってもしかして、こういうの慣れてる?」
「そんなことないですよ、最後に女の人の手を握ったのなんて……、いつだろ? 妹と手を繋いだ以来とかですかね」
「妹さん?」
「ええ」
話をしながらも、先輩と手を繋いで歩き続ける。
外から見たら本当にデートに見えるかもしれない、なんて思ったけど俺と深紅先輩じゃ釣り合わないから無理か。
吸血鬼だからか、それともそういうのとは関係なく美人なだけなのかはわからないが、先輩の顔は『人じゃない』と言われても自然と納得するくらいには整っているし。
「そういえば先輩は幽霊とか見えるんですよね?」
「ええ、たまに見かけるわね」
「その時憑かれたりとかしなかったですか?」
「そもそも寄ってきたことがないかな」
「なるほどぉ……」
おそらく怪異にも格があって、先輩は上位なんだろうなあ。
それこそ木っ端の霊が悪さをしようと近寄ってこないくらいに。
「それじゃあこの人も見えます?」
「……人?」
繋いでいた手を離して、足元に現れた猫を抱き上げる。
その猫は、数日前に見かけたのと同じ、九本の尾を持っている。
実体はないはずなのに重さも質感もちゃんと感じるのはちょっと不思議だよね。
「人? 猫じゃなくて?」
「まあ猫なんですけど、多分この人俺より年上なんで、あんまり気軽に猫とか言えない気持ちがありまして」
「なるほど、……なるほど?」
まあ既に妖怪の域に達しているこの猫さんは、もう生者ではないので年上扱いしていいのかもうっすら疑問だけど。
ともあれ深紅先輩には猫さんがちゃんと見えているらしい。
後輩とかは見えないらしいし、俺の周りで見える人は片手の指の数くらいだ。
「猫さん、こんばんは」
俺が両手で持ち上げた猫さんを先輩が撫でようとすると、その手は猫さんのパンチでパシンと叩き落された。
これが本当の猫パンチである。
そんな不意打ちに、俺は思わず顔を背ける。
「……ぷっ」
「優くーん?」
「いえ、なんでもないです。……ぷぷっ」
ちょっとなんか、普段から余裕たっぷりの先輩が撫でるのをお断りされてる姿がちょっとおもしろすぎた。
「そろそろ本当に怒るわよ?」
「ふふっ、すいません。それで猫さん、なにか変わったこととかありました?」
「にゃー」
「なるほどなるほど」
うんうん。
「なに言ってるかわかるの?」
「わかんないです」
「優くーーーん?」
「あはは、でもなにかあったら猫さんはそこまで連れて行ってくれるので、こうしてしてるなら問題ないと思います」
言葉が通じるわけじゃないけれど、なにが伝えたいことがあればそこまで先導してくれる猫さんが今は俺の手の中からぴょいと肩を伝って頭の上に乗ったので気にしなくて大丈夫そう。
「それでこの後の予定は?」
「もう少し付き合ってもらってもいいですか?」
「ええ、予定もなくて暇だから大丈夫」
ということで、猫さんは頭に乗せたまま散歩は続く。
近所をひと回りといった感じで歩いているとそろそろ夜は九時近く。
民家の窓からもぽつぽつと明かりが消えていく頃合いだ。
「そういえば、もう夜も遅いけど警察に見つかって補導とかされないの?」
「大丈夫ですよ。ちょっとしたコネがあるので」
「コネ? 親が警察官とか?」
それはそれで警察に見つかったら逆に面倒なことになりそう。
「そうではなくて、たまに怪異が関係している事件が起こることがあるんですよ。当然人間が犯人じゃないので普通の捜査では犯人を特定できませんよね。そういう時に、たまに捜査を手伝ったりするんです。あんまり表立ってはやりませんけどね」
具体的に言うと、警察の中でも特定の人だけ事情が通じていて、必要があれば出番ってくらいだけど。
当然公的機関に無関係の一般人が関わるとか公にできないのであまり人に言える話でもないんだけど、先輩は見える側の人なので問題ないだろう。
「なるほど、おかげで夜遊びしててもキミは怒られないと」
「夜遊びじゃなくて見回りですけどね」
「でも美人な先輩とデートしてるじゃない」
「確かに先輩と夜遊びしているのは役得かもしれませんけど」
深紅先輩とデートできるなら泣いて喜ぶ人間は学校に沢山いそうだ。
まあ夜に並んで歩いているだけのこれをデートと言えるかは微妙な所だと思うけど。
「むー、つまんない。もしかしてキミ、こういうのに慣れてる?」
「そんなコトないですよ。恋人がいたこともほとんどありませんし」
「ほとんど?」
俺の言葉の微妙なニュアンスを指摘してきた先輩に諦めた表情で答える。
「一日でフラれました」
「それは……、ご愁傷さま」
「昔の話ですから、気にしなくてもいいですよ」
あんまり気にされてもこっちが困る。
「それで、相手はどんな人だったの?」
「そうですね、年上でしたよ」
「へー、キミって年上が好きなんだ」
「そうは言っていませんけど」
「じゃあ違うの?」
「……、ノーコメントで」
「ふーん」
楽しそうにニヤニヤするのはやめてもらっていいですかね。
「じゃあ、その人のことはまだ好き?」
「そんなんじゃないですよ」
「そっかー」
相手はもう俺のことなんて忘れてるだろうし。
「そういう深紅先輩は付き合ってた相手とかいないんですか?」
「うーん、いるかな」
「へえー」
「というか今も付き合ってるし」
「え゛?」
じゃあこんなところで並んで歩いてたらマズいですよ。
驚く俺に先輩が楽しそうに笑う。
「まあ嘘だけどね」
「なんでそんな嘘言うんですか」
「キミが焦ったりするかなと思って」
「ある意味焦りましたけどね」
修羅場に巻き込まれるとかは勘弁である。
まあ嘘だったからいいけどさ。
近所をぶらっと一周して、もうすぐ自分のマンションといった所まで来ると、先輩が思い出したように質問をしてくる。
「そういえばキミは一人暮らししてるの?」
「そうですね。高校が実家から通うには遠いのでこっちで部屋を借りてます」
だからこうして夜に歩き回れる訳なんです。
「今更ですけど深紅先輩はこんな時間まで帰らなくても平気ですか?」
「ええ、私も一人暮らしだから」
「そうだったんですね」
まあ俺の部屋に来た時点でそこそこの時間だったし、それからも時間を気にする気配がなかったからそうなのかなとは思ってたけど。
一人暮らしか……。
自分もそうだからあまり言えないけど、高校生で一人暮らしっていうのも結構珍しいんじゃないかと思う。
実際には知らないけれど、少なくとも俺の観測範囲ではそう。
ぼっちの観測範囲ってどんなもんだよ、なんて言ってはいけない。
そんな珍しい一人暮らしだけれど、先輩にもなにか事情があるのなら聞かない方が良いだろうか。
うーん……、とりあえず保留かな。
「だから私は、帰るのは何時でも大丈夫」
「ならよかったです」
連れ回している側からしてもそれなら安心だ。
「いっそ、今日は泊めてもらおうかなー」
「えっ?」
流石にそれは距離の詰め方がラブコメを通り越して薄い本の世界じゃないか?と思ったけれど、そんな疑問はすぐに本人に否定された。
「あはは、冗談」
「あんまりそういうこと言わないほうがいいと思いますよ。俺はいいですけど」
あんまりやると深紅先輩の顔の良さも相まって、勘違いする相手が出てきそうだ。
「でも……、本気だったらどうする?」
「そうですね、寝てる間に血を吸ったりしないならいいですよ?」
「えー、それはちょっと」
「じゃあだめです」
そんなに俺の血は美味いんだろうか。
自分の血なのに自分で楽しめないのはちょっと損している気がしてならない。
まあ自分で自分の血を吸ってる姿を想像したら最悪すぎるからそうならなくて良かったのかもしれないけど。
「特に何も起こらなかったわね」
角を曲がってマンションが見えると、先輩がちょっと期待外れだったような表情でこちらを見る。
「そりゃ毎回何が起こってたら身体がいくつあっても足りませんよ」
「たしかに、そうかもね」
そういうイベントはたまにあるくらいでちょうどいい。
まあ深紅先輩のことを深く知るには、そういうアクシデントが有った方が都合がいいかもしれないけど……。
「深紅先輩は……」
「優くん」
「はい?」
俺の言葉を遮って、先輩が視線を向ける先を同じように見る。
マンションの自分の部屋の前。
そこには、見知った人影があった。
「兄さん」
「真白?」
真白、俺の妹だ。