04
連邦生徒会、交通管理室。
ここではキヴォトスの様々なインフラの管理業務を行っている。
陸、海、空の交通輸送路はもちろんのこと、通信設備を含むあらゆるライフラインを統括管理する部署である。
徹底された管理とそれぞれの専門知識が必要となるここの業務は、その匙加減を少し狂わせるだけでキヴォトスに大混乱をもたらしかねない重要性の高い仕事だ。
そのはずだが、その執務室には忙しなさを感じさせない。数多くのスナック菓子と脂っこい空気が漂っていた。
部屋には桃色の髪の少女が一人。
モニターに表示される業務連絡ツールにコール通知が入り、気だるげそうにその通知を取る。
《モモカ、シャーレの部室に行く必要があるのだけど……》
「シャーレの部室?……ああ、外郭地区の?」
リンからの連絡を受け取った由良木モモカは、その要望に対して出せそうな情報をサブモニターで閲覧し、ピックアップする。
D.U.の街を見下ろしたような図面のデジタルマップが表示される。そこにはリアルタイムの交通情報が表示されるようになっており、渋滞や問題が発生している箇所は赤く点滅する仕様になっていた。
それによると、リン行政官が目的地にしているシャーレのオフィスビルは
「あーそこ、今大騒ぎだけど」
片手間にキーボードを操作しながら、周辺の情報を検索してモニターに貼りだしていく。
だが出てくる情報はどれも良いとは言えないものばかり。
ヴァルキューレ警察学校が対応にあたっているが、相手にしているのはどれも厄介な不良生徒たちばかりらしく、被害は拡大する一方の様子だった。
「矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ」
《詳しい情報を調べてもらえますか?》
「うん、いいよ。ええっと、……連邦生徒会に恨みを抱いてる不良が周りを焼け野原にしてるって感じかな。うわっ、巡航戦車にナイトメアまで持ち出してる。どこから手に入れて来たんだろ」
《不良たちの目的は?》
「うーん、見た感じシャーレの建物を占拠しようとしてるみたいだねー。あそこって何か大事なものあったっけ?」
そこまで読み終えてからモモカはポテトチップスを一枚頬張る。
何気なく疑問を口にしただけの彼女だが、その返答が中々返ってこないことに違和感を感じつつも、楽観的な思考の中に明太子の味が広がってうやむやになる。
《モモカ、なるべき詳しい情報を集めてこちらの端末に送っていただけますか》
「いいよー、デリバリーしてるお昼ごはんももうすぐ届くだろうし。パパっとやっちゃうね」
通信終わり。モモカは話ながらすでにまとめておいたデータをフォルダに詰め込んで行政官用端末へ送信する。
その送付先であるリンの端末は、所有者であるリンではなくゼロの手元にあった。
男が持つタブレット端末に送られてきた情報を展開しながら、リンが覗き込む形で二人が閲覧する。
「狐坂ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。今回の主犯と思われます。」
画面に映る情報をスワイプして読み進めていくと、その余罪や前科が数えきれないほど書かれていた。
見る限りでは建物破壊や器物損壊、それに伴う人的被害が多数見られる。
直接的な殺意を持つというよりも破壊衝動が強いという印象を男は受けた。
「手の焼ける生徒とはよく言うが、それにしても可愛げがない始末だな」
「ごもっともな感想だと思います。ですが、これがキヴォトスでは日常茶飯事となっているのが現状です」
「……」
皮肉のつもりで呟いた言葉だったが、その言葉の通りがこの世界の常識だ。
法が機能していない訳ではないだろうが、彼女たちに重い罪が課されづらい事情にはその身分があくまで学生であるというところにある。
生徒が罪の重さを理解せず、その解決も生徒自らが行わなければならない現状は改善されなければならないのではないか。
今思い悩んでも仕方ないので、やれやれとした身振りでゼロは無線機に手をやった。
《聞こえていた通りだ。先に話していた通り作戦指揮は私が行う》
無線発信の現在地はシャーレオフィスから約4km離れた位置に停車するバンから。リンとゼロが後方で指示を伝達する役目を担う。
そこからおよそ300m前方を、四人の生徒が前進する。
《ユウカは先頭。進路上の敵の陽動と後衛の防御を担ってもらう》
一人は早瀬ユウカ。ミレニアムサイエンススクール、セミナー所属の2年生。
ゼロもリンの次に言葉を交わした生徒であり、前衛を担当する引き付け役である。
《ハスミは建物の屋上からユウカの支援。敵の姿を見つけたら発砲はせず、情報を共有しろ。狙撃ポイントはこちらで指示を出す》
次に重要なポジションを担うのはトリニティ総合学園より羽川ハスミ。正義実現委員会所属の3年生。
長身でカラスのような巨大な両翼を持つ彼女はスナイパーライフルをメインアームとしているため、今回は後方からの支援狙撃を担当してもらう。
《チナツは後方で射撃と救護支援。発砲は威嚇でいい》
三人目は火宮チナツ。ゲヘナ学園からやってきた風紀委員の1年生。
ハンドガンを携行する彼女は前線の戦力としては火力不足が否めないのだが、救急医療に精通しているらしく、前衛のケアや負傷者の救護などを含めて後方でサポートを行ってもらうことになった。
《スズミ、君はユウカを中心に前線を押し上げる役目だ。だが必要以上に先行はするな》
最後に守月スズミ。ハスミと同じトリニティ総合学園から来た生徒である。
彼女は同学園自治区において自警団を務めているらしいが、部活動としては非公認のため、この四人の中では一番発言力が低い身分であると言わざるを得ない人物だ。
しかし自警団を自ら名乗るだけあって高い戦闘力が見込める。女子生徒ながら頼りになる戦力になることを期待する。
《以上だ。作戦開始のタイミングはそちらに任せる》
そう言って男の声がノイズと共に途絶えた。
前線を行く四人の少女たちは“シャーレへ先生を送り届ける手助けをさせられる”という唐突な展開に戸惑いつつも、この目標がクリアされなければ自分たちの主張が通らないことを理解して作戦に同意していた。
シャーレの先生がオフィスにたどり着きさえすれば、どうにでもなるという。
その目的はサンクトゥムタワーの制御権を取り戻すため。
渋々了承する者が半分、真面目に答える者が半分。
しかし自分たちの事情を差し置いて面倒事を押し付けられた気がしてならないのは皆同じ様に持つ感想だった。
「全く、なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの……。ていうかヘリでも使って空から行けばいいんじゃないの!?」
その不満の口火を真っ先に切ったのはユウカだった。
「それだと対空機銃に撃ち落される危険性があります」
弾薬の整理と銃の事前点検を行うハスミが冷静に解答する。
その手には対重装甲用の徹甲弾が取り出されていた。
「それくらい当たらなければどうと言うこともないでしょう?」
「
包帯と鎮静剤の数を確認するチナツ。
彼女の愛用する拳銃は、そもそも対人戦をあまり想定していない仕様なためにそれほど気に留めていない様子だ。
「それに私たちはあくまで護衛であって、目的地に用があるのは先生ですから。キヴォトスの外から来られた先生のことを考慮すれば陸路への切り替えは妥当な判断です」
「あっ、そうだった。私たちと違って銃弾一発喰らうだけでも致命傷───」
パパパッと銃声が鳴り響き、そのうちの一発がユウカの額に命中する。
数撃ち当たると言うように放たれたホローポイント弾が、憤る彼女の言葉を遮ってしまった。
「いっ、痛っ!!」
「言ったそばからですね……前方に敵影、皆さん作戦通りに動きましょう」
「ええ」
「了解です」
物陰も少ない大通りを陣取るヘルメットを被った少女たち。そこから発せられる銃声の数々は、未だ抵抗力を残しているヴァルキューレの残存生徒たちとの戦闘によるものだった。
戦略や陣形などありはしない数合わせの混成部隊に、ただひたすら押されていた。
先ほどの銃撃がユウカを狙ったものではなく、たまたま飛んできただけの流れ弾であることを確認すると、敵の横腹を突くように攻撃態勢を取る。
「さあ、行くわよ!」
彼女たちの戦う姿を、ゼロは手元の液晶越しに俯瞰して見ていた。
偵察用のドローンで上空から戦況を解析し、その情報がリアルタイムでタブレットに表示されている。
淡いブルーのピンが四人の生徒たちを指し示し、その前方に赤いピンが敵影を指している。
数でこそ不利だが、少数精鋭を扱うならば彼の得意分野ともいえる。何せ今まで相手取っていた敵は常に数で圧倒してきていた。
ゼロにとって数的な有利不利は勝ち負けの絶対条件ではない。
彼女たちの実力は実際に扱ってみないと分からないが、こちらの指示に素直に従うのならすでに勝利への条件はクリアしたも同然だった。
「ユウカ、スズミは3時の方向へ移動して一斉射。ハスミは注意の逸れた者から順に狙撃しろ」
指示通りの動きを盤面が表示する。
赤いピンがひとつ、ふたつと消えていく。
「チナツは負傷者のチェックと簡易トリアージ、残りはクリアリングに徹して周辺警戒」
「救護班に連絡しておきます」
戦闘に参加していないリンは、ゼロの指示を聞きながらその中で代わりに請け負える指令をこなしていく。
前線の動きを見張り、片手間にも索敵を怠らない。
(敵の後方部隊の動きはまだ掴めない。だが前線に出張っている
短時間のうちにとてつもない追い上げを見せることは、当然シャーレビルを占拠するヘルメット団たちの目にも留まった。
前線の掃討は歩兵部隊に任せていたが、その半数がすでに虫の息。
少し焦りの気持ちが沸いて出るものの、まだ戦力に余裕はある。
「西に置いてるナイトメア隊を回せ、変なのが湧いてるようだ」
「いいけど、ワカモの姉貴に連絡しなくていいのか?」
「そんな大したことないって。まあヴァルキューレにしてはやけに動きが早いけど」
報連相を欠いた不良たちらしい思考で戦力が動かされる。
人の足よりも素早く動けるその大型戦力は、砂埃を上げながらひび割れた道路を滑走していく。
その姿を真っ先に視認したのは、ビルの屋上を狙撃ポイントに据えるハスミの目だった。
揺れ動くドローンの光学センサーも程なくして巨影を検知する。
《敵のナイトメア部隊がこちらに向かっています!》
「来たか。数は……」
言葉よりも先に液晶のレーダーポイントが3つの赤いピンを指した。
分隊規模の兵力だけを向けてくるとは舐められたものだ、とゼロは見えない笑みを仮面に隠す。
しかし正面切ってぶつかるには重い存在なのは間違いない。
いくら彼女たちが“銃弾を受けても死なない人間”であっても、あれだけの質量を持つ兵器の前では命の安全を保障するのは難しいだろう。
その証拠に、歩兵の援軍ではなく“ナイトメアが援軍”としてやってきたという事実が、そう示しているようにゼロは感じていた。
「ハスミは徹甲弾を装填して狙撃体勢。ユウカはポイントG-28まで敵を引き付け後退」
四人の眼前に迫った巨人は継接ぎの多いグラスゴー。ハスミが話していた裏ルートで流通している中古品を使っているのだろう。
ゼロの指示通りに生徒たちが動く。
グラスゴーの持つアサルトライフルを避けながらユウカは全力疾走をする。その退路を支援するスズミとチナツ。
彼女たちの携行する銃では威力不足のためナイトメアに十分なダメージを与えることが難しい。が、ハスミのスナイパーライフルが発射可能な種類の弾丸には、その分厚い装甲に対抗が期待できるものがあった。
機動力と防御力を兼ね備えるナイトメアであっても、戦車ほど強固な装甲を持たない。
ユウカに引かれたグラスゴーの群れが指定のポイントを通過する。そこは、丁度ハスミの構えるライフルの有効射程の内側に入る地点だった。
「ハスミ、今だ!」
ハスミはトリガーを引き絞る。
使い慣れたボルトアクション方式のインペイルメントから発砲された
ナイトメアの中でも特に精密機械の詰まった頭部ユニットは、その重要性とは裏腹に一段と装甲が薄い。何よりセンサー類を破壊でき動きを封じることにも繋がる部位だ。
頭部正面の曲面装甲では弾丸が跳弾させられる可能性を考慮して、その側頭部を狙って放った。
炸薬の入っていない、合金製の質量と運動エネルギーだけで対象を破壊するシンプルな弾丸は、一機のグラスゴーを沈黙させることに成功した。
先頭の一機が動きを止めたのだから、当然後続の二機もその攻撃がどこから行われたのか探り始める。目の前をちょろちょろと逃げ回るユウカたちを差し置いてだ。
「閃光弾!」
《了解です!》
グラスゴーたちは頭部ファクトスフィアを展開して機体周辺の情報を取り込もうとする。その際、内部の精密センサーが最も鋭敏に稼働する。
そこを狙い、ゼロはスズミに閃光弾を投擲するように命じた。
ピンを抜かれ、少女の手を離れて空を舞う缶状のグレネードは、巨人たちの目の前で炸裂する。
真昼でも目を背けたくなるほどの輝きが内側から放出され、そのフラッシュがグラスゴーのセンサーを焼け付ける。今頃コックピットではモニターがノイズまみれで使い物にならなくなっているはずだ。
しかし、ナイトメアは多感駆動兵器であり、センサーは頭部に集中して配置されているだけでそれらすべてを閃光弾だけで機能不全に陥れることは難しい。
だが動きを少しの間だけ止めることはできる。その一瞬は、ハスミがコッキングをして次弾を装填するために用意された時間であり、この間に彼女は装填を完了していた。
ダンッ、と一撃。
弾丸は後続のグラスゴーの頭部を貫通して機能を停止させる。
残りの一機に乗るパイロットは、まだギリギリ生きているセンサーを使って照準を合わせようと試みるが、しかしコントロールレバーに触れる手が不自然に離れていった。
薄暗い機内に差し込むはずのない明るい外界の日差しがヘルメットを照らしたかと思うと、目の前には鈍く光る銃口が突き付けられていた。
「大人しく投降してください」
守月スズミがコックピットの上部に立ちながら、パイロットに銃口を向けて両手を上げさせた。
スズミはグラスゴーが停止しているうちに、機体外部の非常用パージを作動させてコックピットを強制排出させたのだ。
パイロットがいなければ、当然機体はただの木偶の坊と化す。
目の前の不良生徒が武器を持たない無抵抗な相手だということを確認すると、スズミは振り返ってグラスゴーの頭部に銃口を向ける。装甲の隙間に差し込むと、そのまま引き金を引いてワンマガジン分の銃弾を発射した。
電装系のショートする音と発火音が聞こえると、すぐに黒いすすのような煙が立ち上る。焦げ臭い匂いと共に、グラスゴーの動作音が小さくなっていった。
活動停止を確信し、スズミは自身に装着したイヤホンマイクに指をやる。
「先生、ナイトメア部隊を制圧しました」
《よくやった、スズミ》
「搭乗していた不良生徒の身柄はどういたしましょう」
《拘束して一か所に集めておけ。けが人がいるようならチナツに任せろ》
「了解です」
《それと────スズミ、グラスゴーからデータを抜き取って送信できるか?》
その問いの意味をスズミは勘ぐる。
05
「す、すいません!」
狐の面を被る少女に頭を下げるヘルメット頭。
この者が何故謝っているのか理解できなかったが、その手に持つ端末を奪って見るとその理由を把握した。
前線のおよそ6割の戦力をすでに喪失している。数少ないナイトメアの部隊に至っては三機を損失。
この結果を招いたのが恐らく、この跪いて首を垂れるヘルメットの女なのだろう。そう理解した。
「ですがヴァルキューレにしては善戦していますね。指揮系統が変わったのでしょうか」
「それが、話じゃ相手は四人組の連中らしくて」
「……ほう」
素人使いとはいえナイトメアを生身で撃退する四人組。
集団ではなく少数の部隊。であればヴァルキューレのような警察組織の遊撃部隊ではなく、別組織の精鋭部隊の可能性があった。
途中から乱入して場を圧倒できるほど連携の取れたチーム。恐らくそれを指揮する者もいる。
狐坂ワカモには心当たりがあった。
辛酸を舐めさせられた屈辱的なその相手と戦ったことがある。
重要なのは統率の取れた四人ではなく、それを扱う
彼女の執念は眼前の敵ではなく、常にその背後の影に目を光らせていた。
「では、私が出ましょう」
「えっ!?いや、姉貴の手を煩わさせるわけには……」
「貴方の意見を聞いてはいません」
振り向くこともせずスタスタとヘルメットの隣を過ぎ去っていく。
ライフルを手に持ち、ワカモはビルの入り口から外へ歩みを進める。
真っ青な空の色が外界を照らし、周囲のビルのガラスも同じ色を反射する。
その色を一切受け付けない、反抗的な赤で存在を訴えかける
シャーレにたどり着くまでに消費した弾薬は補給済み。動力源であるエナジーフィラーもすでにパックを交換している。
ワカモは颯爽とグラスゴーの背に飛び乗り、コックピットの座席に腰を置いて搭乗する。
アイドリング状態から戦闘モードに切り替わったグラスゴーのセンサーが光を放ち、ワカモの操縦からおよそ0.8秒遅れて動作が行われる。
「……やはり遅延が酷いですが、所詮旧式です。今は動けばいいとしましょう」
コックピットのモニターフレームにガムテープで張り付けられた無線機を使って、ワカモは指定周波数で通信を呼びかける。
「シャーレの防御は構いません。残っている部隊は全員、ポイントα-32へ向い、ありったけの武器を使って暴れなさい」
グラスゴーのモニターには
残る戦力はナイトメアが7機。戦車2両、歩兵は32人。
そして敵の識別コードを表示する。“Unknown”と表示される黄色いマーカーを赤に変更し、そのピンが4つであることを確認した。
ワカモは液晶に映るその点を指で1つずつなぞっていく。
「フフッ……まさか、そちらから来てくださるとは思っていませんでした。こんなことなら遠回りをする必要もなかったですのに」
次第に指に力が宿る。
仮面の内側を喜びと怒りが交互に行き交い、リフレインする在りし日の記憶が感情を怒りで固定させた。
力んだ拍子、思わずモニターにヒビが入る。
「貴方が失踪したと言う噂を聞いたとき、
収まらない心臓の高鳴りで、ワカモはアクセルを思い切り踏み込んだ。
脚部ランドスピナーのホイールを激しく摩耗させ、路面に黒い跡を残しながら前へ、前へと疾走する。それに続いて後続のナイトメアも前進を開始し始める。
「このワカモ、推して参ります────連邦生徒会長。」
憎しみを込めた笑みが仮面の外に零れていた。
06
シャーレオフィスビルまで残り1.5km。
目的地周辺を敵の拠点にされているのか、近づくにつれてその数もパワーも増大している。
機転を利かせた数々の戦法で難を凌いでいるが、その分街の損害が激しい。
ゼロはこれまで反政府側として戦ってきたこともあり、街をなるべく破壊せず侵攻する手法を考えることが少なかった。もっと言えば、戦う場所を選んでいた。
事前に準備する時間も無いまま突発的に作戦を実行したのはいつぶりだろうか。
場所が都市部ということもあり、初めて作戦を指揮したシンジュクでのことを思い出す。
《先生の指揮のおかげで、普段よりずっと戦いやすいですね》
《指示が的確でこちらも動きやすいです》
《これが先生の力……まあ、連邦生徒会長が選んだ方だから当たり前か……》
無線を切り忘れているのか、ノイズ越しの会話がこちらに筒抜けだった。
にしても先ほどまで生徒会を酷評していたとは思えないほど態度が変わっている。上機嫌だ。
今後のことを考えるとゼロの株が上げられたのは良いポイントだろう。
そうしていると、スズミから個別回線の着信が届いたので回線を切り替える。
「スズミ、行けそうか」
《はい、操作系もトリニティの物と変わりないので》
「交通整備用のナイトポリスだ、戦闘には不向きかもしれない。問題があれば対応する」
《お心遣いありがとうございます》
スズミはコンソールを触れながら返答をする。
彼女にとっては手慣れた、と言い切れるほど慣れているわけではないが、現状いる四人の中では一番使いこなせる自負があった。
そして彼女の才能を少しの観察で見抜いたのがゼロだった。
《でもどうして分かったんですか? 私がナイトメアの機乗ライセンスを持っているって》
「簡単なことだ。君は先ほどの戦闘で敵のグラスゴーを無力化するためにコックピットの強制排出という手段を取った。それに頭部ユニットの破壊には後頭部のスリットを活用していた。あれはグラスゴーの機体構造を理解していなければできない芸当だろう」
無意識のうちにやっていたであろう行動から、スズミのスペックを考察したまでだった。
実際、確かめるべく生徒名簿を確認したが、やはりナイトメア用の操縦ライセンスを取得していた。さらに成績表を見る限りでは、彼女の在学するトリニティには機乗科目の授業が存在し、それを履修選択して好成績を収めている。
《ナイトメアを動かすならハスミさんでも良かったはずです。彼女の所属する正義実現委員会は元よりそういった兵器をよく取り扱いますし》
「彼女もライセンスを持ってはいるが、今スナイパーを切って前衛に割くのは得策ではない……こう言えば納得してもらえるかな?」
何故か投げられる意地らしい質問にゼロは正論で返してしまう。
子供の扱いに長けてはいない自覚があった男は、その言葉を発した後すぐに語尾を付け足したが、これで正解だっただろうかと少し後悔を滲ませる。
《そう……ですね。ありがとうございます。》
やはり間違いだったか、そう思うものの後悔は先に立たない。
女心を読むことも苦手とする彼にとって、とても不味い空気だと感じていた。こんな時C.C.が居てくれさえすれば。
ただのテロリストを指揮するときとは違って、個人を尊重しないといけない分扱いが難しいと感じていた。
だがスズミ自身は思いのほか気持ちが軽くなっていた。
たとえ取ってつけたような理由でも自分を必要とされる状況に納得ができたから。
今、誰の代わりでもない現状が彼女に勇気を与えていた。
「失敗しても良い。指示目標以外は君の好きなように戦ってくれ」
機乗科目の成績を見る限りでは失敗するとは考えられない。
輝かしい校内学年トップの成績がそう思わせる。
《了解しました。……守月スズミ、行きます!》
シラトリ区の裏路地の一角で、縦に長い建物のシャッターがオートで上がる。
その内側から、両肩のパトランプを回転させながら白い機影が歩みを進める。
右腕にライオットシールドを携行したナイトポリスが今、シャーレ奪還を目指して。