07
「前方に巡航戦車を確認、数は2!」
「もうシャーレの部室は目の前だって言うのに!」
不良グループの激しい猛攻。彼女たちはシャーレオフィスビルへ直行できる大通りを死守しており、最終防衛線とでも言うような数がここに集結していた。
弾幕と爆発の渦中でも着実に前進できているのは、ヴァルキューレの生徒と不良たちの戦闘で散らかった残骸や瓦礫が身を隠す遮蔽物になってくれていたからだ。
もちろんそれを活用できるのは相手も同じ。根本的な兵力の差もあって、地の利を得ているのは不良たちの方だった。
シャーレまでの道を陣取る迷彩色の巨大な戦闘車両が行く手を阻んでいる。
「クルセイダー1型……! トリニティで採用されている物と同じ型の戦車です」
ゼロは偵察ドローンが捉えた航空写真から同型の車両があるか検索をかける。
ハスミの報告通り、その見た目から判別できる特徴はクルセイダー巡航戦車の物と一致した。
同時に土色の迷彩色の砲塔側面には『KAISER PMC』と記されていることが確認できる。
「
学校指定の備品を盗んだものではないただの中古品。
グラスゴー同様、破壊しても問題がないということである。
《ユウカはポイントB-5まで前進、ハスミは援護を!》
「了解!」
ユウカはハスミとアイコンタクトを取り、敵の銃撃が少なくなったのを見計らって飛び出した。
敵の注意がユウカに集中している間に、ハスミが瓦礫の隙間から巡航戦車に向けて徹甲弾を撃ち放つ。
砲塔下部の車両部を狙って狙撃し、内側まで貫通した弾丸が内部の砲手を気絶させる。
その攻撃を受け、もう1両の巡航戦車は主砲口をハスミに向けた。
目前に迫るユウカには目もくれず、御自慢の2ポンド砲が火を噴く。ハスミ目掛けて放たれた40mmの戦車砲弾は彼女の少し手前に着弾し、そこに積み重なった瓦礫を派手に吹き飛ばした。
「副委員長さん!」
進むユウカの足が止まる。振り返って駆け寄るには少し距離が離れすぎていた。
大量の粉塵と瓦礫は重力に従ってハスミの身体に降り注ごうとする。
砲弾の直撃を免れても、吹きあがったそれは十分な威力を持って鋭利な面を彼女に向けていた。
ハスミもすぐに退避しようと身体に力を込めるが、今にも覆いかぶさろうとする瓦礫の影を見て尻込みをする。とても回避できるような物ではないと悟ってしまったからだ。
そんな時、巨大な白い盾がハスミの身体を覆うように脅威から守った。
瓦礫は金属に当たって跳ね返り、勢いを落として塵芥に戻る。
『間一髪、間に合いましたね』
ハスミを庇った巨人〈ナイトポリス〉の外部スピーカーからスズミの声が音響する。
白銀にも見えるそのナイトは縦長の巨大な盾を装備していた。
彼女の駆るナイトポリスは警察用として運用されている物で、ヴァルキューレ警察学校の標準的なKMF。性能は型落ちのグラスゴーと同格か、或いはそれを下回る。
理由は単純で、そもそもが軍用品の払い下げであるからだ。
他学園の治安維持用に採用されていた物や、PMCなど民間企業の使用していた物を格安で譲り受けた機体がほとんどであり、特別強力なKMFであるというわけでは決してなかった。
だがそもそもこの機体が使用される場面と言えば、テロ対策や暴徒の鎮圧であって戦闘用ではない。
運用している警察学校側の懐事情も関係して、すべての機体が一律で同じ装備を携行しているわけでもなかった。
現にスズミが搭乗するナイトポリスの装備は、その左手に持つライオットシールドと内蔵火器のみである。
《スズミ、こちらの索敵情報とIFFを同期させる》
「了解です。 ……囲まれていますね。」
現着したスズミに通信を繋ぐゼロ。
鹵獲したグラスゴーから敵味方識別コードを抜き取り、それを元に作成した敵の位置情報をナイトポリスに受信させる。
スズミは頭部ファクトスフィアを作動させ、リアルタイムの情報とリンクさせていく。
前方には一両の巡航戦車。
ナイトメアの総数はデータ上7機だが、ここに至るまでの戦闘でそのうちの4機を撃破しているため対象の情報を除外する。
マップに映る索敵情報ではKMFサイズの敵影が3機確認できる。右正面に1つ、後方左右に分かれて2つ。
こちらがKMFを導入したからか、不良たちに先ほどまでの威勢が失われている。虎の子の巡航戦車が一両やられたのも原因の1つか。
しかし、残るもう一両の戦車砲はすでにナイトポリスを捉えている。砲撃の後、隙を見て周辺に潜伏している敵機が突撃してくる可能性は高い。
「一瞬でけりを付ける必要があります」
《ユウカたちの誘導はこちらに任せろ。目の前の敵に集中するんだ》
了解、その一言を言い切る前にスズミの手は動いていた。
フルスロットルでランドスピナーを走らせて背後に盛大な土煙を起こす。その煙が煙幕となってハスミが退避する時間を稼ぐ。
最初の標的は視線の合った巡航戦車。
対物火力の大きい戦車砲弾は、いくらKMFと言えども致命傷に成り得る。なるべく先に潰しておきたい戦力だ。
ナイトポリスは盾で全身を守るように接近し、躊躇いなく放たれた砲撃を無事に受けきって見せた。
ズン、と重たい衝撃が盾を伝ってスズミの手を振動させる。
続いて二発目が撃たれるより先に、戦車砲口に盾を密接させて穴を塞ぐ。これで次弾を撃てば砲身もろとも爆発してしまうため、相手はすぐに発射することができなくなった。
だが当然戦車には履帯がある。車両を後退させればその制限から解き放たれるため、クルセイダーはバックギアに切り替えて後ろへと下がろうとする。
その勢いを利用して戦車をさらに押し込むスズミ。砲身が盾で仰け反るの期待して別の角度から発射を狙おうとするクルセイダー。
砲身の向きがギリギリとズレ動き、シールドの縁をなぞって射角が空を見上げると、ナイトポリスは盾を接し構えながら砲身を鷲掴みにする。
「これでっ!!」
最大馬力で戦車を押し上げて、後方の物陰に隠れ潜んでいたグラスゴーに車体ごと投げ捨て、ぶつける。
射線上に味方の戦車が入ってしまうために援護射撃もできずにいたその機体は、スズミの一手で吹き飛ばされた戦車の車体を横殴りに受けた。
ひっくり返った車体とよろめいて転倒したグラスゴー。それらを押しのけて立ち上がるスズミのナイトポリスは、ライオットシールドの内側から棒状のアイテムに手をかける。
勢いよく取り出すとオートギミックで芯が延長し、その先端部に電撃が迸る。
ライオットシールドに内蔵搭載されている携行武器、第8号
それは文字通りの武装で、高圧電流を発生させる機能を持った巨大な警棒である。
特段鋭利であったり質量の大きい武器というわけではなく、発する電圧もキヴォトスの住民であれば気絶させる程度に留まっている殺傷性の低いもの。しかし電子機器に対してはその威力は脅威になる。
スズミはそれを戦車の装甲に突き刺して、最大威力の電流を浴びせる。
重装甲の表面を伝って内部まで伝播し、戦車と触れ合って接点があったグラスゴーにもその高電圧が流れ込む。
クルセイダーの電気系が激しくショートを起こし、その内部にいた不良生徒たちはたちまち気を失って沈黙した。
グラスゴーもまた操作系の制御が受け付けなくなり、やむを得ず脱出レバーを引いて物理的にコックピットブロックごと彼方へと射出されて逃走した。
《ライフルを拾って5時方向に斉射》
ゼロからの指示にスズミは有無を言わずその通りに実行する。
搭乗者を失いもぬけの殻となったカーキ色のグラスゴーからアサルトライフルを奪う。
盾を地面に突き立てて壁代わりにしながら、確保した射線から敵機のいる方角へ向けてライフル弾を撃ち放つ。
すると、半壊した建物の影からちぐはぐな色合いのグラスゴーが躍り出る。
中古市場はグラスゴータイプばかりなのか、同じ規格でブランドの違う物や個人の改造パーツを流用して補修されている様子だった。それぞれの色や形が僅かに異なる。
元より型落ちの機体であること。そこから海賊版や非ライセンス品を使用して実用しているのであれば、その性能はベース機と比べても劣ることがほとんどだ。素人のカスタムならばなおのこと。
そういった事情が目の前のグラスゴーの鈍重な動きを再現しているのであれば、地の利以上にスペックで勝敗を分かつことだろう。
スズミは棒立ちも同然の敵ナイトメアの足を撃ち抜く。
次にライフルを持つ右手を。続いて頭部、と的確に破壊するとすぐにオートで脱出機能が作動してコックピットが天高く跳ね上がった。
「……相手の操縦が下手で助かりました」
《寄せ集めのゲリラ兵だとは予想していたが、想像以上に個人差が激しいな》
「私たちを包囲している割には正面に戦力が集中していました。拠点防衛の形をとって迎え撃つ想定だったのではないでしょうか」
《しかし彼女たちの目標はシャーレのはずだ。ビル内にならともかく、侵略目標の目の前に防衛陣形を貼るとは考えづらい。何か他に目的が────》
例えば、目的が変わったなら。
主犯と目されるワカモの経歴を見たゼロは、理屈よりも感情を優先する人間と評価した。
もしそれが当たっているのであれば、今回の犯行動機は自身を逮捕、収容した連邦生徒会に対する反逆。連邦生徒会直下の組織であるシャーレがその標的になる。
するとつまり、彼女の目的はシャーレビルの占拠ではない。もぬけの殻同然のビルを奪う理由がないからだ。
であれば次に思いつくのは施設の破壊。
だが現状、まともに活動もしていなければ部員も存在しない“シャーレ”にとって部室を失うことは何の痛手にもならない。
連邦生徒会本部があるサンクトゥムタワーを狙わずに、シャーレに固執する理由をゼロは探す。
そして逡巡する思考の中で、ひとつの可能性を見出した。
「リン、ワカモが逮捕された時のことは知っているか」
「え?……はい。大方を把握しているだけですが」
「その時の作戦指揮は誰が務めていた」
「連邦生徒会長です。直属の特殊部隊を率いた捕獲作戦だったと聞き及んでいますが……」
その言葉を聞いたゼロは急いでモニターの索敵マップを見返す。
画面に映る残りひとつのエネミーマーカーが、交戦開始から一度もそのポイントを動いていないことに気が付く。
これは
《スズミ!今すぐその場を離れろ!》
咄嗟に無線機を握りしめて叫ぶゼロ。しかしその声が届くのと同時に、ナイトポリスのセンサーが敵機接近を警告するアラートを激しく鳴らす。
カメラアイの映す視界に何の変化もなかったことから、スズミは直感で背後に存在を察知する。
最低限の動きで姿勢を横方向へ逃がし、転がるようにして立ち直す。
鈍い音が地面を叩いた。
赤いグラスゴーが斧を片手に振り下ろし、先ほどまでナイトポリスがいた場所に殺意を突き立てていた。
「赤いナイトメア……恐らく矯正局を脱獄した生徒、ワカモです!」
言うまでもなくその機体から放たれるオーラは別格だった。
これまでの機体とは違い、独特な説得力が目の前に立ち上がる。恐怖と威圧感がスズミの腹の底を叩いているような。
ナイトポリスに対峙する赤いグラスゴー。それを駆るワカモはある行動予測を立てて行動していた。どの順番で自分の駒が取られるのかを。
それを踏まえて配置した自陣の盤面には、1つのトラップを仕掛けていた。
防衛陣形の端も端、外野とも取れるその場所に無人機を置き、進行する目の前の敵に集中させるように意識を逸らし続けた。
そうして最後にその駒を取りに行こうというときに、相手の背後を取る。
スズミはゼロから送られた敵位置情報を確認するが、そこにはワカモの機体を示すマーカーが映っていなかった。眼前にその実体がいるというのにも関わらず。
アクティブレーダーに切り替えた瞬間、その反応をようやく捉える。
「これは一体……」
《……IFFを外しているんだろう。してやられたな》
最初の戦闘でユウカ達一行が敵ナイトメアと交戦した後。
ゼロは敵ナイトメアのIFF情報を盗み取り、その情報を加味した上で作戦指揮を行っていた。
対してワカモはそれを見越し、相手に手の内がバレていることを前提にこの囮作戦を実行に移している。
つまり手駒を使い捨てにしていた。
全くの初見の相手でこんな大胆な戦い方をするとは思えなかったゼロだが、考える中である気付きを得ていた。
それはワカモがゼロのことを“連邦生徒会長と誤認している”という可能性である。
『……あらら? よく見ると存じ上げない手前ですね』
赤いグラスゴーから女の声が漏れる。
スズミのナイトポリスを見てのセリフか、それとも地上を駆けるユウカたちのことを見ての言葉か。
どちらにしても、それは彼女の知る相手ではない。
スズミは電磁警棒で構えを取る。
『武器を捨てて投降してください。仲間の皆さんは片付きました。残りはあなただけです』
『仲間……? いえ、元より私は一人です』
コンクリートに突き刺さった手斧を抜き取って、グラスゴーがゆらりと立ち上がる。
加減の知らない子どものように、ワカモはスロットルを全開にして機体を前へと押し進めた。その行く先は当然眼前のナイトポリス。
《距離を取れ!接近戦では不利だ》
スズミはランドスピナーを逆回転させて姿勢はそのままに後退する。ワカモの手斧が空を切る。
二機は互いが進む軌道をうねらせて攻撃と回避の連続を繰り返す。しかしその距離は徐々に縮まっていく。
蛇行運転の中、先ほどの巡航戦車との戦闘で手放してしまった盾を上手く回収するスズミ。
出鱈目に繰り出される斧の威力を、スズミは盾を以て受け止めた。シールド表面の対弾コーティングに傷を入れ続けるワカモ。鋭い打撃の振動が操縦グリップを握るスズミの手に伝わる。
厳しい競り合いに単純なパワーで押し切ろうとするワカモは、ナイトポリスのシールドを蹴り押して機体ごと弾き飛ばす。
押し留まるナイトポリスが頭を上げたその時、連続する金属音が機体を激震させた。何か重たいものがぶつかるような感覚。
「味方の機体を……!」
それは残骸とはいえ、元はワカモの味方をしていた不良たちが使っていたグラスゴー。
頭を鷲掴んで、だらんとした巨体を鞭のようにスズミの機体へ打ちつけていた。
叩きつけるうちにあちこちのパーツが弾け飛んで、残骸の姿がさらに細分化されていく。
スズミも隙を見て反撃に転じたいが、四方から差し込んでくる攻撃を防ぐので精いっぱいだった。
アサルトライフルを撃とうにも動き回る中では照準が定まらないため、ライフルをそのまま投げつけてしまう。両手でシールドを支えることを優先した。
たった一機で戦局を覆そうというその勢いに、ゼロはどことなく既視感を覚える。対峙すると分かる出鱈目な挙動と突飛な発想には、普通のやり方では通用しない。
《ハスミ、後方へ下がって高台を陣取れ。ユウカとチナツは建物の瓦礫からあるものを探してきてほしい》
狙撃ポイントになりそうな高所のほとんどはすでに倒壊している。それでも何とか射線の確保できる場所をハスミに探すように指示をする。
その間に残るふたりには荒廃する前のシャーレ近郊のマップデータを送信し、付近にゼロの目当てとなる物を捜索してもらう。
「ありました、大容量エナジータンクです!」
「こっちもあったわ!工業用の流体サクラダイト!」
二人が見つけたのは建物の残骸。その隅に隠れて破壊を逃れたエネルギー設備。
1つは電動車両用のエナジースタンドに備えられているバッテリー設備。もう1つは工場設備に利用するために搬入されたであろう流体サクラダイト。
どちらもまとまった量が確認できたことにゼロは安堵するが、この世界にもサクラダイトが存在しているという事実に対しても同様の感情を覚えた。
一先ずこれを利用してワカモの足を止めるのが目的だが、設備の大きさからして持ち運べるわけではない。この場にワカモをおびき寄せる必要がある。
《よくやった二人とも。……スズミ、指定のポイントにワカモを誘導したい。できるか》
「保証はできません。けど、やってみます!」
瞬時に組み上げた最適ルートをゼロが口頭で伝達する。
スズミは組み付くワカモ機を後退る形で引き離し、全速力で後方へ逃げる。その後ろを当然ワカモは追いかける。
誘導していると気取られないように上手く立ち回らなければならない。そのために瓦礫を投げつけたり、盾であえて攻撃を受けることで少しずつ目的地までの距離を稼ぐ。
そうした取っ組み合いを繰り返し、大通りの飲食店だった場所をナイトポリスが飛び越える。
「ここです!」
スズミの機体が通り過ぎたのを確認したチナツは、少し離れた位置からセミオートのピストルをエナジータンクに向けてワンマガジン分撃ち放つ。
一発目がタンク側面に穴を開け、二発目三発目がその周辺を削り火花を起こす。
ピストルの弾丸が起こした小さな火は、気化したエナジーに引火して一瞬のうちに巨大な爆炎を生み出した。その爆風に巻き込まれないよう、チナツは植木の影に身を潜める。
勢いづいたワカモのグラスゴーは急停止することもできず、そのまま機体が爆発の衝撃をもろに受ける。
しかし大したダメージはない。爆発自体は巨大に見えるが、ほとんどが爆風によるもの。
民間経営の店舗で利用されるエナジーは、安全性や気密の観点から純粋性が低いものが利用されていた。そのためナイトメアに対しては表面にかすり傷を付ける程度の威力しか出ないのだ。
足止めにもならない爆炎を無遠慮に通り抜けて突き進むワカモ。その速度は少しも落ちてはいない。
「まだ終わらないわよ!」
二機が半壊した町工場を前に差し掛かった頃。
今度は二丁のサブマシンガンを構えたユウカが流体サクラダイトの入った貯槽タンクを乱れ撃ちにする。
今度は希釈されていない高純度の流体サクラダイトであるため、非常に起爆性が高い。工場などで使用される際は内側に特殊コーティングを施した液体タンクに保管し、安定相を維持し続ける必要があるが、その厳重な管理から解き放たれた超伝導の液体が銃弾による刺激を受ける。
サクラダイトの結晶格子に保存されたエネルギーが赤白い光を放ち、熱と衝撃波を伴って起爆した。
タンクに残っていた量が少量であったこともあり、サクラダイトの爆発にしては小規模に留まったが、それでもユウカが目を開けていられないほど激しい炸裂だった。
爆風が瓦礫と砂埃を吸い上げて吹き荒れる。それらが色濃く混ざり合い、グラスゴーの視界を大きく奪った。機体表面の装甲が吹き飛び、内側のフレームがむき出しになる。
それでもワカモは操縦レバー前進へ傾け続けていた。
『何度も同じ手を────』
炎と煙を突っ切り視界が開けた時、ワカモの目に映ったのは真っ白な鋼鉄の壁。正しくはナイトポリスの持つシールドの白だった。
盾を大きく掲げてグラスゴーに叩きつけようというその構え。
ワカモはグラスゴーの脚部を地面に押し付けて跳躍をする。ナイトポリスの頭上を飛び越え、そのまま背後を取るつもりだった。
だがスズミは盾を“攻撃に使え”と指示されたわけではない。ただ正面へ仰ぐような動作をするだけで良い。
ワカモが未だナイトポリスに釘付けになっている時点で、すでに勝利への条件はクリアされていた。
《ハスミ!》
黒髪の少女は寡黙にトリガーを引いた。金のエングレーブが輝くボルトアクションライフルが見据えたのはグラスゴーの頭部正面。
ナイトポリスの盾が丁度よく射線を通してくれている。
赤いグラスゴーは飛び上がり、その巨体は空を進んでいる最中。避ける動作が行えない相手に対して、狙撃手はタイミング良く弾丸を撃ち込むだけで良い。
ハスミの腕にズドンと重たい振動が響けば、その瞬間に銃口から徹甲弾が空に解き放たれる。
限りなく直線に近い軌道を描いた弾丸は、吸い寄せられるように赤いグラスゴーの頭部フロントカバーへ撃ち込まれる。ファクトスフィアの中心が歪み、内部光学センサーがその機能を失う。
ゼロはユウカとチナツが見つけたガスボンベを使い、視界を数度塞ぐことで追いかける
最後の爆発でスズミにシールドを掲げさせたのは、直線勝負を好むワカモの行動パターンを予測した一手であり、実際に彼女は横に避けるでもなく盾を飛び越えるという選択をした。
シールドがワカモの視界を大きく奪うことでハスミの狙撃を気取らせないというおまけも付いている。
目を失ったグラスゴーは勢いをそのままに地面へ墜落した。
もはや振り向くことすらもなく。その猪突は猛進をようやく終える。
「……ここまでですか。まあいいです」
ワカモは躊躇いなく脱出レバーを引き上げる。
地面に突っ伏した赤いグラスゴーからコックピットブロックが射出され、大きく弧を描いてシャーレビルを飛び越え去っていった。
「ちょ、ちょっと!逃げられてるじゃない!?追うわよ!」
「いいえ、生半可な行動をしてはなりません。私たちの目標はあくまでも、シャーレの奪還ですから」
「せっかく苦労して倒したのにっ……うん、まあいいわ。あいつを追うのは私たちの役目じゃないってことね」
悪態をつく煮え切らないユウカ。
しかしワカモの引き際が早かったことにゼロも思うところがないわけではない。
プライドの高い彼女の性格を予想すると、機体へのダメージは彼女自身への精神的なダメージにも成り得ると考えていた。彼女にとっては屈辱のはず。
生徒四人を従えて状況を鎮圧しているという盤面が、偶然揃った実力者をたまたま居合わせた男が操っているなどとは思わないだろう。
ワカモが見ていたのは盤面ではなく、きっとプレイヤーである“ゼロ”だった。彼女との戦いはまるで“プレイヤー同士”の思考の飛ばしあいの様とゼロは感じていた。
そして恐らく、彼女が見ていたのは“ゼロ”という男ではない。ゼロの戦略を見たワカモが、連邦生徒会長というかつての対戦相手を想起して、あるいは連邦生徒会長そのものと誤認して立ち向かってきたと考えていた。
この戦いは彼女にとってのリベンジマッチだったのだろう。生き急ぐ戦いぶりはまさにその様だった。
《まだ近くに敵が潜んでいる可能性もある。油断はするな》
《間もなくそちらへ合流します。着き次第シャーレ部室の奪還作業に入りますので、皆さんは先行してクリアリングを行ってください》
通信終了。
ゼロも仮面越しに見る風景にも慣れてきた頃。塵とガラクタが散乱する大通りの向こう側に、特徴的な形状の高層ビルが見えてくる。
死屍累々とも言える戦場跡を通り抜けて、ゼロとリンは目的地のシャーレへと到着した。