08
「シャーレの部室は私の方で処理しますので、先生はまずサンクトゥムタワーの制御権を取り戻すことを優先してください。」
目的地に到着したゼロとリンは、そういう事情で二手に分かれることとなった。
シャーレの部室があるのは建物の上層階で、しかしゼロが向かうべき場所はそれとは真反対の地下室であった。
先にユウカ達が各フロアのクリアリングを進めているが、まだ敵が残っている可能性を考慮するとゼロが一緒に部室へ向かうのは危険。それに部室の場所を知っているのはリンだけというのもあり、どのみちゼロは足手まといになる。
しかし目的の物、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻せるという『シッテムの箱』というアイテムが貴重品であるならば、シャーレの部室よりも物が運び込まれた地下の方に敵は潜伏していそうなものだが。どうもそれは特定の人物以外には何の動作も示さない特性を持つらしく、ある意味最強のセキュリティを持つそう。
ゼロは廊下を歩きながら薄暗い地下を目指して階段を下りていく。マスクのバイザー越しには見るには目に優しくない景色である。
地下にはそれなりに深く通路が続いており、しばらく歩くと青白い光を漏らす一室が目に見えた。
扉が開けっ放しの部屋を覗くと、その光の元が何らかの機械から発せられていることが分かった。その直上にはひび割れた石碑のような物体が浮遊している。
「……この部屋で合っているのか?」
明らかに普通ではない雰囲気に引き寄せられて部屋の中へ踏み込む。
部屋は吹き抜けのあるメゾネットタイプで、入り口からさらに階段を降りる形になっていた。
降りていくうちに思いのほか内装が散らかっていることに気が付く。物が詰まったダンボールと、それに入りきらなかったがらくたで机の上はいっぱいだった。
備品という訳でもなく、ぬいぐるみから化粧品まで妙に手広い品揃えだが、とにかくその数が異常である。
まるで使い道が分からない物ばかりだが、この中から目的の物を探し出さないといけない。
聞いている全貌ではタブレット型の電子端末によく
確かに見てくれはタッチスクリーンを採用したタブレット型のモバイル端末のようである。メーカーロゴやシリアルナンバーなどはどこにも記載がなく、特徴がないのが特徴と言うような代物。
「これか。電源はもう入っているようだが……画面が暗いな」
画面輝度が低いのかバイザー越しにはとても暗く感じた。というよりほとんど見えていない。
機器設定で明るさを変更しようにも画面タッチが反応しない。手袋を外して直で触れてみるも変わらず。
仕方がないのでマスクを外してしまうことにした。丁度この場には彼一人しかいないため無理にゼロを演じ取り繕う必要もない。
傍の机にゼロの仮面を置いたその時、天井からゴトッと重い何かが当たる音が響いた。
「……っ!」
その音に反応して反射的に身構える。胸のホルスターから拳銃を引き抜いて音のした方へ向け合わせた。
結局物音はそれ以降鳴らず、自分の身動きに合わせた布の擦れる音だけが聞こえるのみ。
天井のその場所には地下室用の換気口があり、そこから音が出たように感じていたが、屋鳴りの類だったのだろうか。リン達のいる上層階で戦闘があったか、或いは付近の小動物が迷い込んだか。
しかし、その音の正体よりも咄嗟に引き抜いた拳銃の方に意識が行く。ゼロの衣装だけでなく拳銃まで所持していたことに少しの驚きがあった。
ゼロとして活動する以前から使っていたブリタニア軍標準の電動式拳銃。これを見ると過ぎ去った記憶達が幾重にもフラッシュバックする。
だが傷心を思い出すよりもやるべきことがある。
男は手に持つシッテムの箱の画面へ再び顔を向ける。今度は画面もはっきり見えるほど明るい。
空色の背景にテキストが浮かび上がり、その内容を読んでセットアップを進める。
<...Connecting To Crate of Shittim...>
<システム接続のパスワードをご入力ください>
やはりこれはシッテムの箱で間違いないようだ。
次にパスワードの入力を求められているが、当然今初めて見る端末のパスワードなど知るはずがない。
そもそも何のパスワードなのか。彼が知っている前提で設定された単語の羅列を考えてみるが、なにせ手掛かりが無く思い詰まる。
入力制限があるかは分からないが、とりあえず何か入力しようと画面を見つめ直す。すると画面下に薄く透明な文字列があることに気が付いた。
「なんだ? 我々は望む……その後が読めないが────」
文字化けしたテキスト部分を凝視していると不思議と目頭が熱くなる。画面が透けノイズが加速して、脳に浮かび上がった文字列が瞳孔に投影される。
赤く燃え上がるような使命感が彼の口を無意識に動かす。
……我々は望む、七つの嘆きを。
……我々は覚えている、ジェリコの古則を。
<...接続パスワード承認。接続者情報“ルルーシュ”を確認>
ブルーライトに頭から飛び込んだような離脱感に襲われる。全身が電子構造体に再変換され、現実が空想に置換される。
まるで金縛りにあっているように全身に力が入らない。脳が身体を認識できないという感覚に近かった。
それでいて何者かに身体の隅々まで見られているという実感もあった。スキャナーで細胞のひとつひとつを隈なく検査されているような気味悪さがある。
この感覚を以前、どこかで────。
<『シッテムの箱』へようこそ、ルルーシュ先生。生態認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します>
非現実的な感覚が振り切れて、ルルーシュはようやく放り出される。肺に溜まった解脱感が一気に吐き出されて意識が肉体へ戻った。
目を見開いて自分の身体を確認する。五体満足で、手足はそれぞれディレイすることなく脳の指令に従って細かく可動してくれる。
服装に変わりはなく、身体や思考に目立った変化はなかった。
「くううぅぅ……Zzzz」
変化があるとすれば、それは彼ではなく彼のいる世界の方。
気が付けばそこは地下室ではなかった。目の前一面に青空と海原が広がっていて、壁と天井の一部が崩壊した教室の一角に立っていた。海に面した砂浜には大量の学習机と椅子が山積みになっている。
残る教室の数少ない机には少女が一人。青い世界に溶け込むような水色のセーラーを着た幼い娘が突っ伏して眠っていた。
「むにゃ、カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうがぁ……」
分かりやすい寝息と寝言を発して。
一体なぜこんな場所にいるのか。なぜここにルルーシュは立っているのか。そもそもここはどこなのか。
古い疑問が解消されることもなく、常に新しい疑問と悩みが増え続けている。解決の糸口を見つけるために、ルルーシュは机の少女を揺さぶって目覚めさせようと試みる。
「おい、起きてくれ。聞きたいことが山ほどあるんだ」
「うにゃぁ……まだですよぉ……しっかり噛まないと……」
「頼むよ。さあほら起きて」
もう少し年齢が高ければ無理やりにでも起こそうとするかもしれないが、相手が幼いとやりように困る。頬を指でつついたり服の裾を引っ張ったりして徐々に覚醒へと導く。
ううん、と寝起き特有の低い唸り声を上げながら少女は上体を起こす。大きな欠伸をしながら目を擦り、ぼやける視界にルルーシュを見つける。
「むにゃ……んもう……ありゃ?」
寝ぼけ眼が明確に景色を映し始めて、まばたきする度目の前に人がいる現状を少しずつ理解し始めたようだった。困惑と驚きの声を上げながらも、その声は徐々にしっかりとした言葉に変わっていく。
「せ、先生!? この空間に入ってきたっていうことは、まさかルルーシュ先生……!?」
「ああ、そうらしいが……なぜ知って?」
ルルーシュと先生という身分は誰にも明かしていないのだが、それを知っているのには訳があるはずだ。
「う、うわああ!? そ、そうですね!? 落ち着いて、落ち着いて……」
「大丈夫だから、ゆっくり話してごらん」
ルルーシュは表情に笑顔を宿して、諭すように優しく語り掛ける。子どもの扱いには慣れていないルルーシュだが、今のその接し方はかつて妹のナナリーと交わしたコミュニケーションの経験則から出るものだった。
慌てふためく青い少女は胸に手を当て呼吸を整える。
「えっと……あっ、そうだ!まずは自己紹介から! 私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐するシステム管理者であり、メインOS『A.R.O.N.A』のメンタルトレースモデルです! これから先生の秘書としてお仕事をアシストしていきます! ……やっと会うことができました!私はここで先生をずっと、ずーっと待っていたんですよ!」
待っていた、と言うわりには気持ちよさそうに暇を潰していたように見えたが、今はそれよりも。
「ということはここはシッテムの箱が……つまり、君が俺をこの場所に連れて来たということで合っているのか?」
これまでの道のりでキヴォトスが通常世界とは異なる摂理を持つことは概ね理解していた。生物の起源や性質、あるいは世界と言う概念すらルルーシュの思う物とは違っているかもしれなかった。
様々な可能性を考慮しながら、どんな想定状況にも通用する言葉を選んで問いかける。
「君、じゃなくて。アロナ、です! ……えーっと、先生の言い方は半分当たっています。ここはキヴォトスのあらゆる心象風景を投影して疑似的な箱庭世界に再現した、シッテムの箱独自のインターフェースになります! つまり先生は今『シッテムの箱の中』にいるということです!」
(なるほど……箱と言うのは比喩ではなく本質を言い表していたのか……)
扉を隔てて虚空の異世界へと繋がっていたCの世界に比べれば、この程度の話はあり得ない事象ではない。むしろ言葉で説明できる物が多い分良心的と言える。
リンがシッテムの箱をタブレット端末のような物と表現したのはこのシステムを知っていたからだろうか。
「あ、そうだ! ではまず形式的ではありますが、生態認証を行います♪ ……少し恥ずかしいんですが、これも手続きなのでご協力お願いします!」
そう言った彼女は歩を進めてルルーシュへ詰め寄る。人差し指を差し出して、丸々とした目が何かを訴えかける。
「さあ、この私の指に、先生の指を当ててください」
指紋認証でも行うのだろうか。シッテムの箱の機能を有するアロナであればそうした芸当ができるのは変ではない。あくまで電子機器としてのシステムだが、機械的に情報を処理しているのならば、人間のように振る舞う彼女は高度に発達したAIと言えるのかもしれない。
居眠りの後に寝ぼけもするAIなんて、言い方次第では欠陥品ではないかとは思うが。それはそれとして。
ルルーシュは促されるままにアロナの指に自身の指を合わせ重ねる。
青い波紋が合わさった指から広がって、シッテムの箱に入った時のような不思議な感覚が蘇る。しかし先ほどよりは気持ちの悪いものではなかった。
「うふふ。まるで指切りして約束するみたいでしょう?」
「嘘をついたら針を千本飲まされるらしいな。どうだ、俺から嘘は読み取れるか?」
「生体情報は噓をつきませんよ!まかせてください! どれどれ、むむむ……」
大見得を切っていた割には険しい顔をするアロナ。合わせた指を凝視して模った指紋を読み取っているようだったが、目を細めたり近づいて見たりと上手くいっていない様子を隠しもせず披露し続ける。そのうち諦めたのか、誤魔化すような笑顔でルルーシュの顔を再度見上げた。
「……はい! 確認終わりました♪ 間違いなくルルーシュ・ランペルージ先生、シャーレの着任も認証済みです!」
「そうか……。色々と聞きたいことはあるが、まずは本来の目標を果たそう」
「今の生態認証で事情は把握しています。サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです」
「頼めるか」
「もちろんです!それではサンクトゥムタワーのアクセス権を修復します!」
アロナが目を瞑り、世界が鳴動する。
シッテムの箱がシステムリソースを活用し始めたのか、風が強くなり景色が揺れ動く。
目の前の少女が、その身以上の巨大な力を使う特別な存在であることを世界が証明し続けていた。
09
「少し時間がかかってしまいましたね……」
ゼロとは別に上層階の部室を奪還しに別れたリンは、その仕事を終えて地下室へと向かっていた。
想定よりも時間がかかった理由は、部室の中が派手に荒らされていてその整理に手間を取られたせいだった。
幸い重要書類や貴重品などはまだ部室に保管されていなかったため被害は少ないが、不良達の仮拠点にされていたのか物の散らかり方が散々であった。全部屋のクリアリングも完了済みで、残るはゼロと地下で合流するのみ。
リンが地下の廊下を進んで行くと明かりのついた一室が目に入る。位置的にも
そう思って何の警戒もせずにリンは部屋の中へと進んで入った。
「先生、お待たせしました。何か問題などは────」
踏み込みながら部屋の状況がリンの目に入る。散乱するがらくたの数々に床の踏み場が少なく、足元から上へとフェードさせるように視線が移動した。
浮遊する石板の前、電源の入ったビジュアルモニターと手元のタブレットを交互に見つめる横顔を視認する。してしまう。してしまった。
それは紛れもなく人の顔。表面上では性別すらも判断できないような黒の仮面を被っている人間はそこにはいない。凛々しい顔立ちの若い男が、首から下はそのままで当たり前のように存在していた。
リンの存在に気が付いた男の顔がこちらを向く。
「ああ、リン。ようやく来たか。早速だがいくつか確認してもらいたいことが……」
「───っ!! 失礼しました!」
それまで隠されていた物を見てしまった罪悪感から、リンは思わず踵を返して部屋から飛び出してしまった。思えばノックの1つくらいして確認を取ってから部屋に入るべきだったと後悔をする。
秘匿されている物はそうされている理由が必ず存在する。個人的なコンプレックスやポリシー、宗教上の理由など様々。
リンも故意で見たわけではない。とはいえあれだけ印象に残る背格好を知りながら、その配慮を見落としていた自分の行動に酷く心臓が跳ね上がってしまう。
何より相手が大人であるという畏怖もあった。
「───リン」
「も、申し訳ありません、先生。わざとではなく……」
部屋の中から先生の声がリンの耳に届く。謝罪の言葉と弁明をまずは先に述べようとするが、それに対して男の声色はとても怒っているような物ではなかった。
「いや、俺の方こそ不用意だった。 ……このことについても話しておきたいことがあるんだ。だからリン、こっちに来てくれないか?」
叱られるのではないかと考えていた思考が絆されて、それでも少しの怖気を残しながらリンは部屋の中へゆっくりと戻る。
吹き抜けの下層を覗き込むように恐る恐る顔を出すと、階段を下ったところに仮面を被っていない男がいた。柔らかな笑みと困り眉で出迎えた男を見て、ようやくリンは安堵を手にすることができた。
片手には
「念のため確認なのですが。先生、で合っているんでしょうか……?」
「ああ、リンがゼロ先生と呼んでいた男は俺で間違いない。この顔で名乗るならルルーシュという名前が適任だろうか」
「ルルーシュ……もしや、着任予定だったもう片方の先生って……っ!?」
「多分俺のことだろうな。もっとも、あの履歴書に書かれていた“ルルーシュ・ランペルージ”という名は俺がかつて使っていた偽名なんだが……」
リンにとって謎だった点が1つ解消されたが、そこから新たな疑問が生まれることとなる。
同一人物の履歴書が存在している時点で、片方は偽造書類であることが確定的である。こともあろうにキヴォトスでもトップクラスに厳格な審査が行われる“先生”の書類審査で、こんな初歩的なエラーが発生していることは由々しき事態。
極めつけは、先生の選考は連邦生徒会長によって決められているという点である。超人と謳われた彼女が起こすミスとは思えず、何よりリンも厚い信頼を寄せていた会長が何を思ってそうしたのかが理解できなかった。不正や癒着は考えられない。であれば何か深い考えがあってのことなのか。
「……どうやら話は一筋縄ではいかないらしい。ともかく、先に依頼されていたサンクトゥムタワーの件は解決済みだ。すでに連邦生徒会に制御権を移管してあるから確認してくれ」
リンは手元の端末でサンクトゥムタワーの行政管理システムへアクセスする。
画面に映るシステムログには正常化を通達するメッセージが流れており、細かなエラーはあれど概ね復旧していることが確認できた。
サンクトゥムタワーが担うのはキヴォトスの都市機能全般。電気や水道などのインフラから各種交通網に広域ネットワークまで、現代人の生活に必要な公的システムはそのほとんどがサンクトゥムタワーの演算処理によって稼働している。
これだけ重要な物が先ほどまで一切の制御を受け付けていなかった。つまり都市機能の完全停止、時間が制止すると言ってもいいほどの大事件である。
無論すべてがサンクトゥムタワーの力を借りて動いているわけではなく、自治区ごとに発電設備やライフライン管理局などを整備し活用しているところも多い。それでも無数にある学園を管理維持するには、やはりサンクトゥムタワーなしでは賄え切れないのが現状だった。
「はい、確かに制御権の確保が確認できます。これで行政管理もこれまでと同じように進められます。改めてお疲れさまでした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」
「何、俺にできることをやっただけだよ。それに大事なのはこれからだ」
問題はまだ解決しきれていない。ここまでの一連の出来事の発端は連邦生徒会長の失踪が関わっている。
なぜ失踪したのか、なぜその代わりにゼロとルルーシュが抜擢されたのか。
なぜ一人二役を演じる必要がある人物を雇用したのか。
その疑問はリンとルルーシュの二人にとって知らなくてはならないものだった。
「単刀直入に言うが、俺は“先生になった記憶”がない。当然、連邦生徒会長という人物に面識もない。偶然キヴォトスという世界に落とされた俺が、教職へ就くことに抵抗があるのは自然なことだと思うわけだが……それでもお前は俺に先生をやってほしいと思うか?」
「はい。例えあなたが“ゼロ”でも“ルルーシュ”でも、先生であることに変わりはありません。シッテムの箱を扱えていることこそがその証明ですから」
ルルーシュもその返答が返ってくることは予想していた。リンもまた、そう言われるのだろうと思っていた。
どこか事態はおかしな方向へ進んでいるという認識は双方にあった。だからこそ解決への道を模索する必要があり、それには多大な時間を要することも想像できる。
「やはり与えられた役目をこなす他ないか……。他人を導くのは二度と御免だと思っていたんだがな」
「以前にも経験が御有りなのですね」
「相手は子供ではなく大人だったがな。それもとびきりの
「でしたら技量のほどは心配ありませんね。不良達との戦闘でも、手腕を遺憾なく発揮されていたように思えます。それに」
リンは部屋の入口へ立ち返り、ルルーシュを外へ出るように手を差し出す。
「先生はただの先生ではありません。連邦捜査部シャーレの、連邦生徒会長と同等の権限を持った特別顧問です。ついてきてください」
促されるままにルルーシュはリンの後ろをついていく。行先はビルの上層階、シャーレの部室。
ユウカ達はビルの外で周辺警護をしていると言うので、マスクは脱いだまま廊下と階段を進む。エレベーターも設置されているのだが、長い間放置されていたこともありメンテナンス後に復旧させる予定だ。
しばらく階段を上がると見えてきたのは各階と部屋配置の異なるロビー。他フロアがテナント形式になっているのに対し、この階層は全体がシャーレの部室として運用される想定のようで、あからさまな行政部署感が溢れていた。
部室の入り口であるガラス張りの扉には『空室 近々始業予定』と書かれた紙が雑にマスキングテープで貼り付けられている。いかにも学生らしい。
「ここがシャーレのメインロビーです。長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」
日本では物に神様が宿るという土着信仰がある。リンの物言いにはそうした教えの片鱗が見え隠れすることからも、キヴォトスの文化圏は日本ないし東アジアのそれと似通っていることが分かる。ルルーシュも幼少期は日本で過ごしていたからか、物に愛着を持つ考えに理解があった。
二人は分厚いガラス扉を開けて中へと入る。
クリアリングで訪れた際にリンが片付けたため、散らかっていた部屋は整頓されている。デスクには仕事用のPCが備えられており、棚には何かしらの資料がぎっちり詰まっていて、壁掛けのウェポンラックには携行火器が飾られている。恐らく実銃だ。
地下室と似て部屋全体が吹き抜けになっており、三階分のフロアを贅沢に使った広々とした部室である。天井が遠く、デスク上には通路も掛けられているあまり類を見ない構造。
「部屋は好きにお使いいただいて構いません。他のフロアも特に使い道がまだありませんから」
「贅沢なことだが、いいのか?」
「会長が無理くり建てた施設ですから、むしろ活用してもらわないと勿体ないです。……シャーレも、権限だけはありますが目標のない組織なので、実はこれと言って何かをしろと言う強制力は存在しません」
「具体的に権限とはどれくらい与えられている?」
「キヴォトスのどんな学園自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく先生の希望する生徒達を部員として加入させることが可能です。捜査部と呼ばれていますが、この部分に関しては会長も特に触れていませんでした」
「それはつまり……」
好き勝手、思うがままに動けるということになる。確かに権限の割に制限が何も無いのには違和感を抱く。下手に動かせば贔屓や税金の無駄遣いなどと言われもしそうである。
「先生のご想像の通りだと思います。会長がどのようなお考えで創設したのか、本人に聞いてみたくても行方知れず……捜索に尽力していますが、キヴォトスの各所で起きる問題も同時に対応しなければならないため思うように進んでいないのが現状です」
付け加えてサンクトゥムタワーの問題もあったのだ。人手が足りないどころの話ではなかっただろう。ユウカ達が痺れを切らして連邦生徒会にやって来ていたのもそうした背景があったからという想像も容易い。
そんな学園の崩壊もあり得た事態に、現れた男が解決の糸口になると知っていれば、藁をも縋る思いで事態終結を頼み込むことだろう。事実、ルルーシュはその実績を見事に上げた。
「事情は理解した。なら足が必要な業務はこちらに回してくれ」
「その言葉が聞けてとても嬉しい限りです。すでにいくつかリストアップしているので後ほどご確認を。必要な物資は私の方で出来る限り手配いたします」
「ああ。俺の方でも連邦生徒会長の手掛かりが無いか探すが、メインはそっちの捜索が頼りだ。……探し物は1つじゃないしな」
ルルーシュは握手を求める手を差し出す。その手を見たリンもすぐに違う手を差し出して、互いの協力関係が締結された。
未だ不明瞭なことが多いキヴォトス。様々な謎がルルーシュの前に立ちはだかり、時にそれは脅威となって降りかかるかもしれない。
それでも前に進むことを止めはしない。停滞こそ彼の最も嫌う行いだ。
幸い時間だけは飽きるほど余っている。急かされている訳でもなければ急いでいる訳でもない。
問題は多いが、まずは目先の課題から順番に取り組んでいこう。
黒の仮面を脇に携えながら、ルルーシュはそう考えていた。
「それではこれより、連邦捜査部シャーレとしての活動を始めよう」
PROLOGUE 「魔神が目覚めた日」 完。
8000文字を基準に書いているんですが、どうしても多くなりがちですね。。。
1万文字は超えないように抑えたい。