10
シャーレでの活動を始めるに当たってリンと話し合って決めた事項がいくつかある。
1つはゼロとルルーシュの扱い。
連邦生徒会長の意図が明確になっていない以上、勝手なことをするのは得策ではないとして当初の想定通りの活動方針を取ることにした。
ゼロをシャーレの顧問、ルルーシュを副顧問として着任させる。仕事も分担させ、あたかも二人いるように見せかけて振る舞うことにした。
この方針にすることで想定される問題は、万一に二役を演じているのがバレてしまった場合、外部から職権乱用を指摘されかねないところにある。
キヴォトスの学園が自治区を有する学園政治の制度を敷いている以上、シャーレの特権は諸刃になる。
学生を好きに部員として加入させ使役することができる権限など、半ば人権を侵害している。行使すれば反発する者も現れるだろう、頭の周る学生運動家によってクーデターの種にされる可能性だって十分にあり得るのだ。身の振り方には注意しなければならない。
最悪の場合ギアスを使って口を封じることも可能だが……あくまで最終手段だ。
黒の騎士団を率いていた頃と同じようにしていればいいだけの話だが、“ブリタニアを倒す”という明確な目標があった当時と違って曖昧な先行きしか見通せない現状では、長期的な裏工作が必要になる。安易にギアスに頼るのは後で予期せぬ面倒を誘発しかねない。
そこで2つ目の取り決めがある。発生したイレギュラーへの対処に掛かるあらゆるコストの負担。隠蔽工作による書面での辻褄合わせの協力をリンに約束させた。
このことを聞いたリンの顔と言えば苦虫を嚙み潰したような表情だったが、納得しない訳にもいかないため引き攣った笑顔と共に飲み込んだ。ルルーシュも流石に申し訳ないと思ってはいる。
だがかつての黒の騎士団と比べても人員、後ろ盾共に脆弱なのは否めない。有る物は最大限活用するが、荒業や無茶も必要ならせざるを得ないだろう。
なるべくそうしたくないのはリンもルルーシュも同じ考えではあるが。
「ルルーシュ先生、こっちの書類整理終わりました。それにしてもすごい紙捌きですね、あれだけ高積みされてた書類束がもう片付きそう……」
菫色のOL少女がルルーシュのデスクに仕事書類を預ける。
とてつもない量の書類仕事が連邦生徒会から送られてきたのは、彼が先生として着任して落ち着く間もない頃だった。
無茶な約束をさせた当てつけかとも思ったが、内容を見るにどれも締め切りが近い物ばかり。サンクトゥムタワーの一件で相当量の業務が滞っていたのが窺い知れる。
昔からマルチタスクに長けていたルルーシュであれば捌ききることは容易だが、デスクワークをするために先生になったわけではない。負担を少しでも軽くするため、シャーレの日直当番制度を利用してユウカに手伝ってもらっていた。
「ありがとう、助かるよユウカ」
「これくらいは当番として当然の務めですから。それより先生の業務量が多すぎるのが心配です。……これ、もしかしてゼロ先生の分も代わりに処理してるんですか?」
ユウカの目の前にルルーシュがいるのであれば、当然この場にゼロはいない。いるはずがない。
ゼロを演じる人間がどこにもいないのだから。
「小難しい書類仕事は俺の管轄だから……」
「だからって限度があります! 先生方が二人で取り組めば仕事は早く片付きますし、残った時間を別のことに当てられるんですから。今のやり方は非効率的です!」
無意識かわざとか、この調子でユウカは妙に痛いところを指摘してくる。実はすでにゼロの正体に気付いていて、その上で気付いていない振る舞いをしているのではないかと思うほど。
アッシュフォード学園でルルーシュを演じている時も冷や汗を掻く場面が何度かあったが、あの頃と同じように切り抜けるとも限らない。
懸念が残るくらいならいっそギアスで……。
「大体、ゼロ先生は今どこに……」
血迷った思考を放棄してユウカの話を聞き流そうとすると、何者かの足音が廊下を反響して聴こえてきた。
その音の主にルルーシュ達は心当たりがある。しばらくすると部室から覗くフロアロビーに銀髪の少女の姿が現れた、重たそうな分厚い紙袋を抱えて。
「ただいま戻りました」
「おかえりスズミ。手伝いとはいえ荷物を運ばせてすまないな」
「連邦生徒会に書類を取りに行くだけですから、これくらいは私でも」
シャーレの当番は何も一人だけでなくてはならない訳ではない。制度上の最大人数は十人までとされているが、流石にその数を指名することはないだろう。
今日はユウカとスズミの二人を呼んでいる。
計算が得意と言うユウカには書類の会計に狂いが無いかのチェック、スズミにはルルーシュの足代わりとなって書類の運搬を頼んでいた。
「うわっ、それって追加の業務書類……? どれだけあるのよ!?」
「一応今日の分はこれで終わりだそうです。それと連絡ポストに手紙が、一通はゼロ先生宛に」
「手紙?」
スズミは紙束の上に添えられていた二通の手紙をルルーシュに渡す。片方は覚えがないがもう一方、サンクトゥムタワーを模った封緘印が押された方の手紙は、十中八九リンからだろう。
宛て先はルルーシュではなくゼロのため、今この場で
ルルーシュはスズミが持ってきた業務書類に触れることもなく、
「ユウカ、今日はもう切り上げていいぞ」
「えっ、でもまだ仕事が───」
「ゼロ先生の分に残しておけ。分担しないといけないんだろう?」
先生に課される仕事量のアンバランスさについてはユウカが指摘したところである。しかし即日に改善の兆しを見せるとも思っていなかったのか、ユウカはきょとんとした顔のまま固まってしまう。
その間にもルルーシュはどこかへ行く身支度を始めて、そのうち部室の出口へと足早に行く。
「…って先生、どちらへ?」
「ゼロ先生に急用だ。手紙を渡すだけだが、ついでに外回りもしてくる」
「でしたら私が護衛に…」
「スズミはまだ戻ってきたばかりだろう。しばらく休んでいてくれ」
キヴォトスの治安のことを考えれば彼女の親切心は非常にありがたいが、それを断ってでも守らねばならない事情がある。
ビジネスバッグに手紙を入れたファイルをしまって、いかにも出かけるという装いを見せつけながら部室を後にする。
直後に部室裏の隠し扉から地下室への直通エレベーターに乗り込む。
ビルに備え付けられていた業務用の運搬エレベーター。通路奥に設置されていた設備で、壁紙と同じ素材を使った仕切り板で隠して運用している。元々の運搬用ではなく、ルルーシュとゼロの入れ替わり用として。
行き先はシッテムの箱が持ち込まれていた例の地下室。到着までの間にルルーシュはゼロの衣装へ着替えておく。
無事にゼロへと身分を変えた彼はそのまま地下室を抜けて、連邦生徒会のあるサンクトゥムタワーへと向かった。
11
「お早い到着ですね、先生。着任されてから一週間が経ちましたが、その後の生活に不便はありませんか?」
連邦生徒会の会議室へと入室したゼロを待っていたのは、七神リン。キヴォトスに来てから最も見慣れた顔だ。
ゼロが扉を閉めたのを確認したリンは、壁際のサイドボタンを押して窓のブラインドを下げる操作をする。その配慮にハンドサインで感謝を送り、ゼロはマスクを外した。
「ああ、思いの外過ごしやすいよ。色々と根回しが必要なのを除けば、だが」
暑苦しいマントとマスクをコートハンガーへ掛けておき、来客用のソファに深く座り込んでルルーシュはくつろぐ。
対面する椅子にリンも着席し、脇に抱えた書類を机の上に広げ始める。
「やはり生徒の皆さんを誤魔化し通すのは難しいでしょうか……」
「やるだけやってみてはいるが、今は厳しい場面があるのは否めない。今後、シャーレで関わる人数が増えていくことを考えると何らかの対策が必要かもしれないな」
特に、生徒ごとにルルーシュとゼロのどちらと交流が深いか、という点は彼の記憶と対応力次第になる。
ユウカのように目ざとい生徒が相手だと見抜かれる可能性は高く、かと言って交流を避けるようにするとそれはそれで疑われるだろう。
その点リンは、現状ゼロとルルーシュの正体を知る唯一の人物であるが故に、ルルーシュにとって接しやすい相手になっていた。どことなく、かつての旧友を思い出す声をしていたからというのもあるが。
「まあ、まだ手品のストックはいくつかある。この手紙だってその1つだしな」
「言われた通り、ゼロ先生を呼び出す際は手紙で合図をお伝えするようにしています。とても便利とは程遠いやり方ですが」
「秘匿性はあるだろう。足場が整うまでの繋ぎだから、辛抱してくれ」
ゼロ宛の手紙、その中身はただの白紙である。だから封を開けて読む必要もない。
あくまでリンがゼロを連邦生徒会へ呼び出すための合図でしかなく、同時にゼロを動かしやすくするための潤滑油としての役割を担っている。
ルルーシュの手にあればゼロへ送り届けるという形で離席しやすく、ゼロであれば尚更問題ない。
単純に
その点手紙であればそのものが合図として機能するため中身を見られても無問題。機密性が高いというのも使い勝手が良い。
「それで、連邦生徒会長の行方は掴めたか?」
「そのことで本日はお呼びしました。……ここにこれだけの報告書を並べはしましたが、結論から申しますと“何の成果も得られていない”のが現状です」
「……そうか」
机に並べられた書類のひとつひとつを手に取って見てみるが、どれも文字量の割に中身が薄い。試行錯誤の結果にはいつも同じ文が記される。発見には至らず、と。
監視カメラ、目撃情報、交通機関の利用履歴。場所もキヴォトス全域に広げて捜索しているようだが、彼女の痕跡すら見つからないらしい。
面識のないルルーシュからすると、もはや最初から存在していなかったのではないかと結論付けても致し方ないほどに。
だが確かに彼女が残したものは存在している。シャーレもそのひとつで、連邦生徒会長の存在を立証する組織だ。
「このままでは埒が明きません。そこで、先生にも本格的に調査に参加してもらいたいのです。連邦生徒会長に今一番近いと言えるのは先生ですので」
連邦生徒会長が最後に残した最大の手掛かりこそ、ゼロとルルーシュの存在そのものだった。
シッテムの箱というオーパーツを扱い、シャーレを統率し、その実権を与えられた超法的な存在。
キヴォトスの外からやってきた人間である彼にしか見えない物があるかもしれない。そういう賭けにリンは期待するしかなかった。
「しかし、取っ掛かりがなにもない中で調査しろと言われてもな」
「もちろん目星は付けてあります。連邦生徒会長が本来こなすべきだった仕事───」
広げられた紙情報の中からリンは一束の書類をルルーシュに差し出した。一際枚数が重なっている厚いものを。
表紙には見慣れないロゴが二種類描かれ、その下に機密情報と警告が記されている。
その物々しさの割には紙と印刷の質感がチープである。普通のコピー用紙と変わらない。
「エデン条約……キヴォトス三大学園のうち、トリニティとゲヘナの両校で結ばれる予定の条約です。発案は連邦生徒会長で、調印式にも参加される予定でした」
スズミとハスミが在校しているトリニティ総合学園。チナツが在校しているゲヘナ学園。どちらも自治区、在校生徒数が巨大なマンモス校である。
両者の間には古くより文化の違いによる軋轢が生じていることはルルーシュも知ってのことである。キヴォトスに来て仕事をこなしていた一週間の間にも、シャーレ近辺で同校生徒と見られる学生間のトラブルが数件見られていた。スズミを当番に呼んでいる理由の1つにこれの対処をさせるためというのがあるほど、その対立具合は身に染みて理解できていた。
「その会長がいないとなると、代役にふさわしいのは俺ということか。だが、それと連邦生徒会長の行方がどう繋がる?」
「分かりません。ですが、会長のお考えを理解するには、実際に会長が成そうとしていたことを遂行するのが一番かと思いまして。その中で何か別の目論見や足取りが見えてくる可能性も」
「……まあ、手詰まりの状況では妥当なところか」
目に見えない足跡を追いかけるような真似をすることになる。あまりに曖昧過ぎるやり方だった。
しかし反論する余地もないほど情報は限られている。シッテムの箱にもそれらしい情報はないし、アロナも連邦生徒会長のことについては何も知らないと言う。
手探りも過ぎたことをやってみるしかない。
「しかしその条約、締結できる状態なのか?」
「両校とも前向きに検討をしてくれているかと。特にトリニティは調印式の会場を用意する側ということもあってか、事前準備に忙しくしていると聞き及んでいます」
「なるほど。だがそれは連邦生徒会長がいたから成り立っていた、という可能性は」
「それは……」
そこで回答に詰まるということは、やはりそう思わせるほどに連邦生徒会長は人格者だったのだろう。
彼女の代わりを務めるのであれば、今の“シャーレの先生”がかつての連邦生徒会長と同格かそれ以上の力を示さなければならない。犬猿の仲の手を取らせる相手がどこの誰とも分からない人間では示しがつかないだろう。それでは条約の意味も失う。
力の誇示はゼロの得意分野ではあるが、今はテロリストではなく先生という公務員。彼にとっては未知の領域だった。
「書面ばかり見ていても仕方ない、か。まずは生徒と交流を深めるところから始めてみよう。学園を見て回って探りを入れてみる」
「そうですね……先生にお任せしてばかりで申し訳ありません」
「そのうち無理難題を押し付けることもあるだろう。今のうちに扱き使ってくれ」
席から立ち上がったルルーシュは、そのまま仮面を被りゼロに戻る。
リンはそろりと極秘書類を持ち、会議室の隅に置かれた溶解ボックスへ放り込んで隠滅した。
この一週間、結局事態は全くの進展がなかった。ルルーシュが仕事に慣れて、リンが連邦生徒会長の仕事を引き継いだだけ。
コードを所有しているルルーシュにとって時間は腐るほど有り余っているが、だとしても無駄に浪費するつもりはない。
シャーレに戻ったらこれからどう動くかを考えよう、そう思ってゼロはサンクトゥムタワーのフロントから外へ出る。すると自動ドアのガラス越しに見覚えのある銀髪が目に入った。
「あっ、先生。お疲れ様です」
待ち構えるように話しかけてきたのは間違いなく守月スズミだった。
彼が出かける直前にシャーレで休むように言っていたのだが、今目の前にいるのはどういう訳だろうか。
「日も傾いてきたのでお迎えに上がりました。帰りのエスコートはお任せください」
「……そうか。ではお願いしよう」
確かに空の色は若干赤みがかかって来ていた。思いのほかリンと長く話し込んでいたらしい。
行先を伝えていた覚えはないが、恐らく手紙の送り主から推察して出待ちしていたのだろう。真面目な彼女だがたまに行き過ぎている部分もあり、今回の行動もそれらしい。
キヴォトスでもD.U.は比較的治安が良い地域ではあるが、先の騒動も加味するとその信憑性も薄らいできている。護衛も無しに出かけたのは少し失策だったかもしれない、付けることもままならないが。
とはいえルルーシュが持つコードによる不老不死の特性は異質なもので、どんな致命傷を負っても時間をかけて再生する体質は周囲に露呈されると困る。とても人間らしからぬ性質だから。
と思うが、銃弾を受けても掠り傷で済む
「ルルーシュ先生と一緒ではなかったんですね。」
「彼は私とは別に仕事を与えている。……ああ、迎えの必要はない。そのまま直帰するようにも言ってある」
「そうでしたか。ゼロ先生を送り届けたら迎えに行こうと思っていたのですが、そういうことなら」
早めに言っておいて正解だった。スズミはどこかシャーレの当番を前のめりにこなしている節がある。率先して仕事の手伝いをしたり、ない場合は自ら作業を探して休むこともしない。
学生なのだから、もう少し怠惰でも構わないと思うのだが。これでは当番と言うより従者のようだ。
ともあれ猫の手も借りたい程忙しい中で彼女の助力は歓迎に値する。勤しんでくれるありがたさ半分、心配が残りを占めていた。学業に支障は出ていないのだろうか。
そういう考えを頭の片隅に置きつつ、ゼロはスズミの隣で足並みを合わせる。
エスコートとは言うが基本は散歩のようなもので、世間話を交わしながらシャーレまでの帰路を歩んでいく。
「先生はあまりシャーレにいらっしゃらないですよね」
「部室か、今は連邦生徒会との擦り合わせやキヴォトスの事情を知るのに忙しくしている。他学園に訪問する予定もそのうちあるだろう」
「ではトリニティにいらっしゃる日も近いかもしれませんね。もしいらしたら、ぜひ今度も私にエスコートさせてください」
「ああ、時が来たらぜひ頼らせてもらおう、スズミ」
「はい!」
満足げな顔を返事と共に返すスズミ。軽い足取りでゼロの前を先に進んでいくと、横断歩道の前で足を止めた。
交差点の向こう側、建物の壁に内蔵設置された大型ビジョンが複数並ぶ。そのデジタルサイネージが同時に映像を切り替えて、見覚えのある姿が映し出される。
道行く人々の足を立ち止まらせるように、その男の声が低く轟く。
『私は、ゼロ』
かつてゼロがその姿を世間に晒した時と同じ文言で自己を説明している。だが決してテロを誘発するわけでも実行するわけでもない。
シャーレの先生として着任してすぐに撮影した紹介動画。内容としては連邦生徒会による連邦捜査部シャーレの事業紹介、及びその統括を務める顧問教員“ゼロ”の自己表明である。
ただの紹介動画では意味がない。学生と言うのは政治や小難しい話には往々にして興味を示さないものだ。そのためゼロを印象付けさせる派手な演出を取り入れた紹介動画を撮り、それを大々的にあらゆるメディアで流し続けている。
幸運にもキヴォトスの学園メディアはネタに飢えているらしく、奇抜な内容と知れば嬉々として垂れ流してくれている。それはもう鬱陶しく思えるほどに。
その証拠に大型ビジョンの前で立ち止まった人々の顔はどこかしかめっ面である。
評判は散々、しかし効果は上々と言ったところか。
「すっかり有名人になってしまいましたね。SNSでもよく先生の名前を見かけます」
「私の想定通りだ」
「悪目立ちをしているようにも見えてしまいます……先生の活躍を知っている私からすれば、悪く言われている現状には納得がいっていません」
「存在すら認知されていなかった組織を周知させられたのは、今のシャーレにとって大きな一歩となる。これから始まる、私たちは」
効率に努めるやり方は他人にとって好かれないことばかりだ。ルルーシュもそれはよく理解している。
攻め手の強気な手法を取りがちなのは彼の悪い癖でもある。だが今回に限ってはシャーレの周知だけが目的ではなかった。
連邦生徒会長へ、シャーレが動き出したことを認知させるため。否が応でも目に入らせるため。
「力とは権力ではない。私がここで持ち得る力とは、君たち生徒が協力してくれるからこそ得られるものだ」
巨大な液晶に映る鏡合わせの像を見つめながら語りを紡ぐ。
結果だけを求めるゼロはルルーシュが否定した。過程を加味しない革命は自己を犠牲にする結果を招くからだ。
ギアスの力を過信して喪失を経験したからこそ、彼の歩む一歩は重い。
力は何かを奪うために行使するものではない。明日を願うために用いられるべきだ。
「それを必要としたとき、
スズミは、仮面の奥に潜む男の表情を透かして見ることはない。だがその声色はとても穏やかで切実で、見えないはずの感情が浮き出ているような気がしていた。
命令でも強制でもない。微かな頼み。
今まで人間味のようなものを表に出さなかった彼が、生きた言葉を吐いた。スズミは少しだけ彼という人物が分かったような気がした。
だから何も迷うことなく、純粋無垢な気持ちで彼に言葉を返す。
「私でよろしければ、喜んで」
12
「ですから……大事なのは経験ではなく、選択」
C.C.は不老の時を生きる中で、経験だけが積み重なっていつしか自らの生を行うことをやめたと言っていた。
それを聞かされてもなお、永劫を生きる中でそうなってしまうかもしれない予兆は確かにあった。たった10年の歳月でも人の心は新鮮さを失う。
だというのに、目の前の少女はそれを実感したかのような口振りで言う。ルルーシュという人間の記録が途絶えた頃と同じような歳で。
「責任を負う者について、話したことがありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが……。今なら理解できます。大人としての、責任と義務。」
責任とは大人が背負うべきものであって、子供が負うものではない。誰もがそう分かってはいても、世の人間すべてが上手くできるわけではなかった。
それは負わざるを得ない者に降り注ぐ。弱者と強者は明確に存在する。
「そして、その延長線上にあった、あなたの選択」
ルルーシュは間違いなく“選択”をし続けた。彼にとって選択とは生きることに他ならない。
与えられた物を享受し、目に見えた道に沿って歩むだけの人生など生きているとは言えなかった。何より
明日を願い続けること。ささやかな願いをいつも握りしめて彼は生き続けた。
「ですから、先生。私が信じられる大人である、あなたになら」
彼女は目の前の男を大人と呼ぶ。肉体は成長せず、誰の指図も受けない我儘な男を大人と呼べるものだろうか。
「この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです」
だから先生、どうか────。
その言葉を最後に、ルルーシュの精神は引き上げられる。
水底に沈んだ泥のような魂が、勢いづいて元の身体に叩き込まれる。息を吹き返すようにルルーシュは目を覚ました。
背中には激しい寝汗、喉の渇き。
シャーレの仮眠室で眠っていたルルーシュの寝起きは、ここに来てからずっとこの様である。
「また、この夢か……」
悪夢とも言い難い明晰夢。しかしその内容は一片たりとも記憶に残っていない。だからもどかしい。
連続性のある夢なのか、それともそう思い込んでいる夢なのかも定かではない。せめて誰がいて何があるのかくらいは覚えておきたいが、起きてすぐメモを取ることさえ叶わない。
なぜこんな意味不明な夢を見るようになったのか。
そもそもコード所有者は不老不死であり、肉体のあらゆる損傷はコード取得時の身体状態が維持されるように修復される。
この効果範囲が脳にまで及ぶのかは不明だが、不死という理屈で言えば極論寝なくても良いのだ。
それでも睡眠を取る理由は、やはり人の営みを再現したいという欲から来るはずだ。C.C.がピザを食べていたように、人と同じ行動をして少しでも生を実感したいと無意識に行動しているのだろう。
不要なことをあえて行うことで肉体に何らかの異変が生じているのであれば、このような不可思議な夢を見ることもあるかもしれない。
もっとC.C.から色々と聞いておくべきだった、と思い悩ませたところでベッドから立ち上がる。
仮眠室を出てそのままオフィスへと向かい、充電用のケーブルが刺さったシッテムの箱を持ち上げる。
手に持ったことで内蔵センサーが反応したのか画面が自動的に点灯する。ロックを解除しようと指を画面に当てようとしたところで、机の上に一通の手紙が置いてあることに気が付く。
「……そういえば、今時手紙なんて出すのは俺くらいだと思っていたが」
連邦捜査部の先生へ、と書かれた手紙。裏返して送り主を見ると、個人名ではなく組織名が記されていた。
────アビドス廃校対策委員会。
一目で助けを求める内容であることが理解できた。
そして、これがシャーレの初仕事となることも。