01-1
アビドス高等学校。
D.U.からは大きく南下し、ハイウェイに隣接する工業地帯を抜けさらに最奥に位置する学園。
かつてはキヴォトスでも随一の自治面積を持ち、学園都市としては最大級の学校だった。
が、今はその栄光も砂の中に埋もれて久しい。
保有する自治区の半分以上がアビドス砂漠と呼ばれる砂漠地帯で占めており、砂漠化の進行による砂害が年々深刻化している。これを理由のひとつに、アビドスは学園都市として著しい衰退を招いてしまった。
5人、アビドスに在校する現在の生徒数である。
生徒たちが集い、話し合うのに必要な教室はひとつで済んでしまう。
授業を行うわけでもなく、これからの自分たちのことを考える。それが彼女たちができる青春の形だった。
「おはようございます。皆さん集まっていますか?」
奥空アヤネは赤ふちの眼鏡の位置を整えて、小さな会議室で場を取り仕切る。
挨拶と共に向けた目に映る人影は2人。彼女の想定する都合には些か人数が足りていない。
「はいはーい! 委員長とシロコ先輩がいませーん!」
黒髪を二つ結びにした猫耳の彼女が手を大きく上げてそう答える。
その回答にアヤネは呆れるようにため息をつくと、横からブロンドヘアの生徒が身を乗り出して話に加わる。
「
緩くそう呟いて、十六夜ノノミはSNSのタイムラインをスクロールする。
「いつものことでしょ。それでシロコ先輩は……普通に遅刻ね」
ただでさえ少ない在校生徒、うち2人が既に欠けている。
決して不良というわけでもなく、ましてや素行が悪いという訳でもない。ただ、少しのんびり屋をし過ぎているだけで。
「はぁ……セリカちゃん、ホシノ先輩を連れてきてもらえますか」
「オッケー、任せといて」
「シロコ先輩は……寝坊するような人ではないですし、また寄り道でもしてるんでしょうか」
「毎日自転車ですごい距離走ってきてますからね~。もう少し待ってみましょう」
砂に塗れたこの学校で繰り返す変わらない日常。
贅沢や高い望みがあるわけでもなく、小さな幸福を皆で分かち合う日々を送っている。
切羽詰まる課題や解決すべき事情はあるが、平穏な日々がただ続けばそれでもよかった。
────そんな日常に水を差すように、重たい振動が校舎を揺らす。
強化ガラスの窓がカタカタと鳴り、小さな衝撃が繰り返し学校に撃ち込まれる。
「じゅ、銃撃!?」
慌てて立ち上がるアヤネは手元の端末で付近の索敵情報を検索する。
校舎屋上に設置された対物レーダーを稼働させ、ディスプレイに映る地形情報から何が起きているのかを読み解く。
学校正面に赤いマーカーが多数映り、その数は情報を更新する度に増えていった。
「武装集団が学校に接近しています! 恐らくはカタカタヘルメット団です!」
「昨日追い払ったばかりなのに……」
継続して続く銃撃に混じって、慌てた足音が部屋に近づき扉が強く開かれる。
黒見セリカは桃色の髪の少女をつまみ突き出して、焦る素振りでライフルを持ち出す。
「ホシノ先輩連れてきた! ほら先輩、起きて!」
「むにゃ……まだ起きる時間じゃないよー」
「いいから起きて! 起きなさいよ!」
瞼を瞑ったままうわ言を呟く小柄な少女をセリカは揺する。緊急の事態であるにも関わらず、未だ夢の中へ戻ろうとする彼女はその実アビドス唯一の三年生である。
切迫する後輩たちの呼びかけもあってか、彼女はようやく目を開いて起床の意志を見せる。
「ふぁあー……。おじさん、目覚ましはもう少し穏やかな方が好きかなー」
「そんなこと言ってる場合じゃないから! 出動、はい装備持って!」
少女は片手間に散弾銃と折り畳み式の盾を押し付けるように渡す。
ずっしりと重い武器を細い体に身に着け、眠たげな目で薬室を確認する。盾は折り畳んだままスリングで肩掛けし、強くベルトを締め付けて目を覚ます。
「弾薬は心許ないですが……今はそんなこと言ってられませんね」
「どの道後がないならここは思い切り行きましょう☆」
「私たちの学校だもの。守りきって見せるわ!」
少女は拳銃を持つ。少女は機関銃を携える。少女は突撃銃を構える。
戦いへの意気を高める彼女たちの姿を、小鳥遊ホシノは目覚め眼でしっかりと見つめた。後輩たちに後れを取らないように。
「んじゃあみんな、今日も張り切っていこうか」
少女は散弾銃にシェルを装填した。
広大なアビドスの土地は、砂漠を除けば縦に長い地理の上に都市と住宅が形成されている。直進の道が多い反面、住宅街へと踏み入れば複雑な道路網が敷かれている。
アビドス高等学校2年生、砂狼シロコはこの街の道を走ることが好きだった。
学校まではほとんど道なりで、高低差のある地形はサイクリングにもぴったり。坂道を駆け上がり、乾いた風を身に受けながら走る下り道は彼女にとって生き甲斐の1つにもなっていた。
時には横道を行き、迷いながら正解の道を探索する楽しみもあり、日々の小さな刺激には事欠かない。
今日もシロコはいつもと同じように、自慢のロードバイクで気持ちよく通学路を駆けていた。すると、獣のように優れた彼女の五感が違和を感じ取った。
遠くに聴こえる爆発音と銃声。嗅覚は火薬と油の匂いを仄かに嗅ぎつける。
「ん……。急いだ方がいいかも」
シロコは姿勢を低くしてペダルを強く踏み込む。
脚の回転が速くなっていき、速度が伸びてきた頃合いにギアを重くしてひと漕ぎの距離を伸ばすように走り出した。
視界の縁には強くブラー掛かった景色が過ぎ去り、次第に見慣れた道へと突入する。
鉛と火薬の匂いが強くなっていく。戦闘が起きているのは間違いない。
油の匂いもそれに混じり出す。これは大型車両や重機に用いられるような、そういう種類の物。
状況はすでに始まっていて、尚且つそれが思いの外悪い状況だということを認識した彼女はハンドルを緩やかに横へと切った。
学校を迂回するよう遠回りの道にタイヤを進め、校舎の裏門へと直行する。
上体を起こしてロードバイクごと豪快に飛び上がり、学校敷地内へと滑り込んだシロコはそのまま体育館横の第二倉庫へと駆け込んだ。
倉庫の扉はスペアキーで開錠する。メインキーを用いる以外に第二倉庫へ入ることが許されているのは彼女だけ。
アビドスきっての遅刻魔であるシロコがなぜ倉庫の鍵を持っているのか。それは、この倉庫に格納されている物に由来する。
白と青に塗装された装甲に、アビドスの校章が大きく記された鋼鉄の巨人。
グラスゴーをベース機とするアビドス高等学校仕様のナイトメアフレーム。
シロコは整備用の足場を駆けのぼり、開きっぱなしのコックピットへと滑り込んだ。
物理ライセンスキーを差し込み、システムを起動させる。ベトロニクスが点灯し、マシンの初期化が完了したことを示す文言がディスプレイに表示された。
操縦レバーのグリップを握りしめて、シロコは前を向く。
「行くよ、
ナイトメアの始動に合わせて倉庫のシャッターが上部へと開いていく。
シロコはペダルを徐々に踏み込み、呼応して“硝子号”の足が前進する。各可動部の作動良好を確認すると脚部ランドスピナーを展開して路面走行の準備を整えた。
学校に設置された索敵システムと機体のファクトスフィアを同期させ、現在の戦闘状況をモニターに映し出す。
敵の総数はこちらの数倍。大型の反応は戦車かナイトメアか。
相手がヘルメット団と名乗る不良集団であることの目星は付いていた。何の因縁かここ最近ずっとアビドスに付きまとっている。
アビドスの学友たちは正門前を陣取って前線を維持しているらしいことが窺えた。弾薬も残り少ない中の防衛線はジリ貧を強いられてしまう。
この状況で今必要なのは強力な兵器ではない。相手の足場を崩すような戦術。
銀狼の彼女は機体を走らせる。裏門を飛び越えて、校舎を影に敵集団の側面へ大きく迂回して近づく。気取られないように、慎重に。
「……見えた」
ヘルメットを被った不良たちが銃を構えて行進する。その光景を直進道路の彼方から、硝子号のメインカメラが視認した。
そして、粒のように小さな人影の奥に一際大きな影がそびえている。角ばった立体物は人の形を成しているように見えた。
シロコの目がそう認識したのとほぼ同時に、モニターにポイントマーカーが表示され、機影の縁を赤く彩って強調した。システムAIがデータベースから類似する情報を即座に提示し、目に映る敵がナイトメアフレームであることを確信させる。
グラスゴータイプのKMFである。
操縦グリップをぐっと握りしめるシロコ。緩やかに発進させ、画面に映るポインターを慎重に、そして的確に相手へ合わせる。
有効射程に入るまで、確実に一撃で仕留められるようにギリギリまで狙いを引き絞る。
インジケーターが赤から黄色に、そして緑を表示した瞬間、敵のナイトメアがゆっくりと動きを変えた。4つの目がこちらを見据え、その内側のファクトスフィアが起動する。
「────今!」
集中する彼女の親指がグリップ上部のトラックボールを強く押し込んだ。
機体両脇に装備された対物アンカー・スラッシュハーケンが勢いよく飛び出す。その速度は砲弾のそれが発射されるのと同等、鋭利な鉄板の先端部が驚異的な威力を持って目標のナイトメアを劈いた。
一方は頭部と
たった一撃で灰色の巨人は家屋に突っ伏して生気を失った。その光景を見た周囲の不良たちは慄き、動揺する集団へシロコは機体を突撃させた。
生身が鋼鉄の身体に轢き飛ばされ、中隊規模の団体が散り散りに逃げ惑う。
ナイトメアに轢かれたくらいでは致命傷にならない彼女たちは、その頭上の
しかしそれはダメージが入らないという意味ではない。銃弾が当たれば痛みも感じるし、擦り傷程度は日常茶飯事である。
人を殺す動作でありながら、命を奪う意思を持って行動するわけではない。キヴォトスでは当たり前の事柄であるが故にこれを気にする人間は少数だが、砂狼シロコはその少数の方であった。
硝子号のメインセンサーで周囲を見渡す。
気絶している者、逃げ惑う者、仲間の身体を引きずる者。
コックピットのディスプレイに映る混乱に悲壮感はない。むしろ抵抗の余力をまだ残しているような力みと潔さがあった。
「次が来る」
呟いたその瞬間、索敵センサーに機影が映る。大きさからナイトメアであると見当をつける。
シロコは倒した敵のグラスゴーが持っていたアサルトライフルを拾い取って硝子号に装備する。追加のマガジンはなし、これっきりの一丁だ。
《────シロコ先輩! シロコ先輩ですね!?》
「ん、アヤネ?」
アビドスの回線を通じて奥空アヤネが通信をつなげてきた。
緊急の事態だったので味方に硝子号を出撃させる連絡をしていなかったが、それどころかシロコが学校に到着していることも話していなかった。
とはいえ長話をしている時間もない。
「手短にお願い」
《学校前は私たちで対処できます、シロコ先輩は敵ナイトメアの無力化をお願いします!》
了解、と一言返して通信を終えた。
後輩との挨拶も出来ないまま、シロコはスロットルを切り替えて硝子号で踵を返す。ランドスピナーの地上走行で通学路を駆け、住宅の隙間を縫って敵を追う。
学校周辺には密集した住宅地と集合団地が築かれているが、人口流出によって今はそのほとんどが空き家と化している。
持ち主が土地を手放していない箇所もあるが、長らく放置された家屋の状態はもはや気にかけてどうにかなるものでもなかった。こまめに手入れをしなければ、たちまち砂に埋もれてしまうから。
だからこそ躊躇いもなく住宅を盾にすることができる。もうこれらは彼女たちが守るべき
シロコは3階建ての建物の屋根にスラッシュハーケンを打ち込む。機体を跳躍させながらワイヤーを巻き取り、感性を利用して住宅の上を飛び越えていった。
その先に見えたのは潜伏してこちらの様子をうかがっていたであろう敵ナイトメア。不良たちの駆る灰色のグラスゴーがシロコの視界に入る。
ハーケンを回収しながら、対象に向けてライフルを構える。相手が硝子号の存在に気付いた頃にはもう遅い。
シロコはグリップを握りしめてトラックボールをクリックする。その動作に合わせて硝子号の指がアサルトライフルのトリガーを引き絞る。
瞬間、重く小刻みな振動がシロコの身体を揺すり、少し遅れて軽快な金属の衝突音が聞こえてくる。その質感は確かにシロコに伝わり、銃弾を命中させたという確信が返ってきた。
機体を重力に任せ、着地する瞬間その勢いを腕に込めてグラスゴーを叩き飛ばす。そうするとコックピットブロックだけがあらぬ方向へ吹き飛んで行き、残った本体はぴくりとも動かなくなった。脱出機能がオートで作動したらしい。
「これで二機目。残りは……」
シロコがファクトスフィアを作動させて周囲の索敵情報を更新しようとした、その時。
警告音がコックピットに鳴り響き、外の景色を映し出す液晶に赤い警告メッセージが出て鳴動する。
硝子号の各所に取り付けられたセンサーが敵影を検知した。機体後方、すでにライフルの銃口を向けられている。今に引き金を引いて撃ち放つというところ。
続くようにファクトスフィアが読み込んだ情報から周囲の地形情報が更新される。周囲にある熱源反応は3つ、硝子号を囲うようにマーカーが点在していた。
考えている間もなく、シロコは硝子号を振り向かせて背後の敵へ銃口を向けようとする。
だがその動きを封じるように硝子号の持っていたライフルが弾き飛ばされる。
落下するライフルとは逆方向へ視線を向ける。そこには銃口をこちらに差し向けて静止する別のグラスゴーがいた。
『ようやく捉えたぜ、アビドスのハイエナ野郎!』
グラスゴーの1機から荒っぽい声が発される。三下のような薄っぺらい言葉を。
そんな不良たちが使う道具はその身分に見合わぬ高級品。ナイトメアを買い入れるだけの財力があれば彼女たちは不良に成り下がってはいないだろう。
よしんば手に入れられたとしても、メンテナンスを行うための設備がなければ継続して運用することは難しい。弾薬だって普段扱っている小口径の物とは比較できないほど高価である。
盗んできた物か、或いは。
「PMCの軍事規格品、どこで手に入れたの?」
『てめぇには関係ねぇ! これからこいつで蜂の巣にしてやるんだからな!』
『散々追い返された借りはここで返させてもらう!』
「ん……? もしかして前にも来てた?」
ここ連日、アビドスは不良グループやチンピラから因縁を付けられることが続いており、その度にこうして追い返していた。
その時の集団のどれかに彼女たちが属していて、追い返した報復に来たというのならアビドスの戦力を把握していてもおかしくない。硝子号への対抗手段としてナイトメアを持ち出したのも納得できる。
そう思っての問いを掛けたシロコだが、その回答は砲弾で返される。
前方のグラスゴーのライフル弾を避けた硝子号は、姿勢を低くしたまま敵へ突進する。向かいのグラスゴーの射線が味方機と重なるようにして、背後から攻撃できないように振る舞う。
シロコは硝子号の左腕部に装備された固定式トンファーを展開する。直撃弾だけを的確に弾きながら、切迫した相手の頭部目掛けて振りかざす。
ガキン、と巨体同士がぶつかり合い、互いに姿勢がよろけあう。グラスゴーは咄嗟に片腕で防御姿勢を取ってトンファーの直撃を免れていた。
「防がれた……っ!」
『
シロコは機体を立て直して裏路地へ退避を試みる。しかしそこへ建物の上から3機目のグラスゴーが着地して、ライフルを連射してくる。
放火をいなしながらなんとか遮蔽物に身を隠すが、路地から1機が回り込んで囲まれてしまった。
土地勘のあるこの場所で地の利を得ているのはシロコのはずだったが、数的不利はそのアドバンテージを抑え込んでしまう。
アビドスの学友たちは学校前で防衛線を張っていて支援は期待できない。いっそ機体を放棄してかく乱に回ろうか、そう思った時。
《───2時方向へハーケンを撃て。民家を倒壊させてその隙に移動しろ》
低い声。男の声だろうか。
少なくともアビドスの誰かのものではない。
「誰? どうしてこの回線を知っているの?」
《誰でもいい。勝ちたければ私を信じろ》
「……っ!」
勝ち負けなんて考えたことがなかった。
この戦いはシロコたちにとってアビドスの存続に関わる話。負ければ自分たちの生活が危ぶまれるのだから、これまで勝って当然の戦いをしてきた。
だが今まさにこの状況はアビドスが“負ける”かもしれない戦いになっていることを、シロコはようやく気が付いた。
勝たなければアビドスに明日はない。学校が奪われ、どの学園にも属していなくなればそれはもう
無線越しの言葉の指示に従う決断をして、シロコは硝子号のスラッシュハーケンを民家の土壁に打ち込んだ。すると、思いのほか脆い建物の壁をハーケンが貫いて、あっという間に倒壊してしまう。
古い建物だったようで土埃を盛大に撒き散らし、倒れゆく建物の風圧で周囲に砂埃の煙幕が立ち込めた。
『何!?』
『おい、逃すなよ!』
低姿勢を保ちながら煙の隙間を縫って硝子号を退避させる。
機体の移動に合わせて煙が尾を引きながら、囲まれていた状況から脱出する事に成功した。
「次はどうすればいい?」
《学校方面へ直進しろ。敵は二手に分かれて再び挟撃してくるはずだ》
確かに追ってきている敵影の数を見るに1機数が足りない。先回りして挟み込む魂胆は読み取れはするが、どう対処するのだろうか。
それに学校へ近づくのは校舎に被害を与えないかが気がかりである。
そう思っているうちにT字路を前にして再び無線から男の声が響く。
《右折してバックしながら敵機へハーケン射出》
言われるがままにそうする。先頭の1機が身を見せた瞬間に左右のスラッシュハーケンを打ち放った。
先鋒とはいつも真っ先に死にゆく役目を担うが、シロコの目に映るグラスゴーはその役目を見事に全うして地べたへと突っ伏した。
だがその後ろから2機目のグラスゴーが銃口と共に顔を出す。これを防ぐことが出来なければ相手の思うつぼであるわけで、そしてシロコはこの場を凌ぐ方法を伝えられていない。
巻き戻すスラッシュハーケンのワイヤーがやけにスローに見えるほど緊張感が張り詰める。
手汗で湿るグリップを強く握りしめた時、グラスゴーの背後で小さな爆発が起きる。複数回に渡ってそれは続き、敵のコックピットブロックに強烈な振動を与え続けた結果、機体の形をそのままに沈黙してしまう。
「一体何が……」
うなだれて動かなくなった機体の上空に目を配ると、小さな骨組みが軽やかな動きでホバリングをしている。
シロコもよく知るそれは、後輩の奥空アヤネが扱う4枚羽のドローンだった。どうやらグレネードを装備させてグラスゴーに爆撃を繰り返していたらしい。
その現場を目撃した最後の1機。胴体下部に取り付けられた対人機銃でドローンを撃ち落そうとしながら、硝子号の接近を警戒して足踏みをしている。
目論見であった3機がかりの挟撃は失敗に終わり、グラスゴーのパイロットの慌てぶりが目に見えるようだった。
しかし間合い勝負ではライフルを持つグラスゴーの方に軍配が上がる。無防備なアビドスのナイトメアに向けてトドメを刺そうとしたその時。
グラスゴーの脚部装甲板が銃撃を受けて火花を散らす。
ベルトリンク式で供給されるの20mmの弾丸が猛烈な勢いで装甲に傷をつけていき、次第にフレームをむき出しにしてしまう。
その狂暴なバルカン砲を放つのは、金髪が輝く1人の少女。
「ホシノ先輩今ですよ~!」
足元に受けるその攻撃に意識を取られたグラスゴーは、そのサイドから飛び込んでくるもう1人の少女の存在に気が付けなかった。
建物の屋根を渡ってグラスゴーの胴体へ飛び移った小鳥遊ホシノは、自身の持つショットガンをナイトメアの頭部へと打ち込む。連射する。
収束した散弾を至近距離で受け止めた頭部フレームは一瞬で凹み、歪んだ音が銃声と同時に鳴り響く。
ショットガンに装填されたシェルをすべて撃ちきる頃には、頭部はセンサーユニットとしての役目を完全に失った。
「聞こえてるー? もうゲームオーバーだよ」
コンコン、と少女は機体のボディを小突いて中の人物へ投降を呼びかける。
すぐに応えてコックピットを開け放ったヘルメットの少女は、両手を挙げて降参の意志を示した。
ニヤリと笑みを浮かべるホシノはを見たシロコは、自分たちがこの小戦に勝利したことを確信できたのだった。
《カタカタヘルメット団残党、郊外エリアに撤退中。皆さんお疲れさまでした》
しばらくして、そんな内容の通信が奥空アヤネの声で届いた。
破壊したナイトメアや建物の残骸を道の邪魔にならないよう片づけながら、不良たちの去り際を見届ける。
「はぁ…勝ったのはいいけど、これで何回目?」
「ジリ貧ですね~。今ので弾薬もほとんど使い切ってしまいました」
「まぁ、一旦学校に戻ろっか。シロコちゃんも」
『ん。分かった』
瓦礫の散乱した住宅地を後にして、アビドスの校庭へとシロコたちは集合する。
土嚢の積まれた正門を越え、硝子号を停車させたシロコはコックピットから飛び降りて今日初めての顔合わせをする。
「シロコちゃんカッコよかったよー。ヒーローは遅れてくるってやつ?」
「しょうがないから今日の遅刻は無かったことにしてあげる」
「ありがとう。間に合ってよかった」
「人数不利でも土壇場でひっくり返してしまうんですから、さすがうちのエースですね☆」
「それなんだけど、さっき変な声が通信に入ってきて……」
シロコがその話を切り出した瞬間、アヤネの無線機に再びノイズが走る。その周波数は普段アビドスの皆が戦闘時に使用する個別通信回線。
全員が無線機に注目し、ノイズの向こう側にいる誰かの声を拾おうと耳を澄ます。
《君がリーダーか》
さっきの戦いで聞こえた低い声。やはりアビドスの誰かではなかった。
「この声……さっきの!」
「あれ? もしかしてみんなも?」
「おじさんたちもこの声に指示されてシロコちゃんを助けに入ったんだ」
その場の全員がこの声に指示されていたようだった。
アヤネのドローン爆撃も、ホシノとノノミの連携攻撃もこの声の指示を受けて動かされたもの。
「戦闘指揮は私がしていますが代表という訳では……」
《着陸許可を貰えれば誰でもいい》
その言葉を聞いて、全員が顔を上げる。
着陸と言う言葉から連想するように、その声の主は上空にいた。
鈍い鉛色の飛行体がアビドスの空中でホバリングしている。徐々に近づいてきて、その全容が見えてくる。
空中輸送機を目的とした中型の
その腹には巨大なコンテナを抱えており、側面にロゴとテキストが印字されている。
連邦生徒会、そして連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの文字。
「あっ、はい! グラウンドへどうぞ!」
アヤネが慌てて着陸誘導を行う。
VTOLは自慢の推進力を駆使してゆるやかに降下し、コンテナ底面からアビドスの校庭へと着陸した。
両翼のエンジンから出る熱風が弱まった頃、機体先頭部のコックピットキャノピーが開き、複座式の操縦席の後ろから長身の何者かが降りてくる。
全身を黒で覆い尽くし、頭も黒い仮面で隠した謎の男。いや、性別すらも判別できない。
まるで陽炎のような異質極まりない人型は、グラウンドの砂を確かに踏みしめてシロコたちの目の前まで歩んできた。
「初めまして、アビドス高等学校の生徒諸君。私はゼロ、シャーレの顧問を務めている。……君たちが“先生”と呼ぶ者だ」
皆が無線越しに聞いた物と同じ声で、彼は先生と名乗った。
STAGE 1 「砂上の学園」
アビドスで死にかけてるルルゼロをまるで想像できないのでシンジュク戦をオマージュする形にしました。