地の底にて   作:イナバの書き置き

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高松燈:赤く熱い鼓動Ⅱ/八幡海鈴:恐れる勿れⅡ

『何してるの』

 

 雪くんと初めて話をしたのは、幼稚園に入ってからちょっとしたくらい、だったと思う。

 その頃にはもう周りとの違いを感じていて、上手く馴染めなくて……他の子が遊んでいる時も、グラウンドの隅の方で石を集めるのに夢中になっていて。

 そんな時に、声をかけてくれたのが雪くんだった。

 

『ぁ……えっ、と』

『僕、御嶽雪。高松……燈ちゃん、だよね?隣に住んでるけど、ちゃんと話すのはこれが初めてかな』

『……多分』

 

 隣の家に、同い年の男の子がいるのはお母さんから何となく聞いていた。

 同じ幼稚園に通うようになることも。

 

『石集めてるの?』

『ぉ……ご、ごめんなさい』

『……何で謝るの?分かんないな』

 

 でも、人間になれない私はそれより石を拾ったり、空を見たりする方が面白そうで……その、忘れちゃってた。

 だからいきなり話しかけられた私はとってもビックリして、案の定上手く喋れなくって。

 突然謝り始めた私に眉をしかめた雪くんは、すぐにその場を離れて行った。

 

 ──また、やっちゃった

 

 折角話しかけてくれたのに。

 上手く話したいのに、話せない。

 不快にしたくないのに、嫌な顔をさせちゃう。

 幼稚園に入って他の人と関わる機会が一気に増えたから、自分が変なんだっていうのが、よく分かった。

 でも、他の子が夢中になってる遊びとか玩具とかは、やっぱりよく分からなくて。

 結局、私はダンゴムシみたいに背を丸くして石を探す方が楽しくて────

 

『ん』

『……?』

 

 横からいきなり、手提げバッグが現れた。

 視線を辿れば手があって、腕があって、いつの間にか隣にしゃがみこんでいる雪くんの顔があった。

 さっきの眉をしかめた表情のまま、こちらにバッグを突き出していた。

 

『手とポケットじゃすぐいっぱいになるから、多分こっちの方がいいと思う』

『ぉ……ぁ、えっと』

『ほら、早くしないと先生たちにバレちゃう』

 

 言われるまま、石を沢山持っていた右手をひっくり返して。

 バッグの中でぶつかり合う石がジャラジャラ鳴るのを聞きながら、私の口は勝手に動いていた。

 

『……どうして?』

『何が?』

『私のこと、分かんないって』

 

 分からないから、離れていく。

 分からないから、一人になる。

 それが当たり前で、私は「分からない子」。

 なのに、どうしてまた近付いてくれたんだろう。

 どうしたらいいか分からなくて目を瞬かせる私の隣に腰を下ろして、雪くんは呟いた。

 

『分かんないよ。今日初めて話したんだし、知るもんか』

『……』

『でも、やってみたら分かるかも。やってないのにつまんないって言うのはなんか違うじゃん?』

 

 やってみたら分かる──とってもシンプルで、真っ直ぐな雪くんらしい答え。

 周囲に馴染めなくて落ち込んでいた私に、その言葉は自然と受け入れられるもので。

 結局、雪くんと私のセンス……みたいなものは噛み合わなかったけど、代わりによく遊ぶようになった。

 休日も一緒に川に石を拾いに行ったり、プラネタリウムに行ったり、ずっと隣にいてくれて──気付いたら、それが当たり前になってた。

 

 だから、雪くんが何処かに行ってしまった時は、本当に心細かった。

 祥子ちゃんも、睦ちゃんもいなくなったのに、雪くんまでいなくなって、どうすればいいんだろうって。

 私に「やってみればいい」って言ってくれる雪くんがいないのに、どうやって勇気を出せばいいんだろうって。

 

 怖い。

 

 雪くんに限った話じゃない。

 誰かがいなくなるのが、本当に怖い。

 怖いけど──雪くんもMyGOの皆みたいに一生一緒にいて欲しいって思うのは、我が儘なのかな。

 

 

 

「……羽丘って、校則緩めなのか?」

「……?」

 

 

 

 自宅への帰り道──大体は一人で歩く道を燈と歩いている違和感から出たのは、そんな疑問だった。

 ふと思い浮かんだものをそのまま声に出しただけあって、何の脈絡も無ければ、具体性もない。

 案の定、燈も困ったような顔をしている。

 

「いや、制服で他校の男子と……それもこんな酷い顔したヤツと歩いてるって、よく考えたら不純異性交遊になるんじゃないかなあって」

「えっと、そういう校則は、なかった……と思う」

「そっか、なら一安心だ。俺のせいで燈が反省文書かされたりしたら流石に申し訳ないからな」

「……」

 

 燈は納得していないようだが、実際この2ヶ月で人相の悪さは以前の何倍も悪化してしまっている。

 それもこれも、跳ねられた勢いで顔面から縁石に突っ込んでしまったせいだ。

 お陰で顔の右半分は眼帯でも隠せないほど傷が残り、道行く人からヤクザでも見るような目線を向けられるようになってしまった。

 ついでに愛想と表情が大切なファミレスのバイトもクビになってしまったし、もうお先は真っ暗だ。

 事故の後から仕送りの量は増えたので学生の間は問題ないが、いざ就活となった時この顔がどんな影響をもたらすか分かったものではない。

 そう、八幡に世話をされて何だかんだと良い空気を吸っていたが──今こうして燈と歩いている間も、俺の人生は大幅な軌道修正を迫られているのだ。

 そして、それに誰かを付き合わせる道理もない。

 

「……雪くん、海鈴ちゃんと、その……付き合ってる、の」

「いや、全然。全く」

「でも、さっき告白されたって……」

 

 正しく。

 燈の指摘にぐうの音も出ないし、そんな自分が情けない。

 実際、告白されているのだ。

 ただ「よく考えてから返事してください」という言葉と共に放り投げられただけで。

 

「された、確かにされた」

「じゃあ……」

「でも、分からないんだ」

「……」

「どうしたらアイツと対等になれるか」

「対等じゃないと、ダメなのかな」

「一方的に負担を押し付けるって、違うだろ」

「……っ」

 

 燈の表情が強張るのにも気付かず、俺の心は逃避へと傾いていた。

 八幡は好きだ、心の底から。

 振り回されて何だこの野郎と憤ることもあるし、歪めてしまったことへの罪悪感もあるけれど──アイツといると、不思議と気分が上を向く。

 色々遠回りしたり面倒になっても、最後は笑って終われるように着地する。

 そういう風に持って行ってくれる八幡がずっと隣にいてくれたら──多分、それ以上に嬉しいことはないと思う。

 

 だからこそ、八幡の負担になりたくない。

 

 ただでさえ、家を引き払わせてしまったのだ。

 ベーシストの聖地である下北沢に住むことが、アイツにとって夢の一つだったのは知っている。

 それを、俺のために捨ててしまった。

 防音設備もあったのに、今ではベースを弾こうと思ったら若葉邸やRiNGへ行かなきゃいけない。

 信用は双方向だと説いたのは俺だ。

 その俺が、一方的に寄りかかっているのに、この上恋人などと何で言えるのか。

 

「分からない、じゃダメだとは思うけど」

「……」

「まあ、それは後で考えるとして」

 

 此処にも、一人。

 俺を逃してくれなさそうなヤツがいる。

 

「こんな顔見て楽しいかね」

「雪くんの顔は、酷くない」

「……いや」

「……酷くない」

「……分かった、分かったよ」

 

 燈は自分の顔を揶揄する俺が相当に気に食わないのか、思い詰めたような表情を隠しもしない。

 

 ──本当に、何処までも優しいヤツだ

 

 八幡も、そよも、燈も、俺なんか必要ないだろうに──いや、必要不必要の話ではないのか?

 どうも、その辺りはよく分からない。

 正確には、分からなくなった。

 中学まではもっとそう言う部分には鈍感で、大雑把で、しかし確かに感じ取れていたように思うが──今はもう何も感じ取れない。

 そう言う部分に敏感にアンテナを立てている筈だが、却って分からなくなってしまった。

 身から出た錆とは言え、困った話だ。

 

「……雪くん、嬉しそう」

「そう見える?」

「ぅ、うん」

 

 それでも──燈に肯定されると、隠しきれないほど嬉しくなってしまう。

 今更強がったり格好付けようとしたって何にもならないのは理解しているのに、燈の前では彼女が望む「頼れる御嶽雪」でいたくなってしまう。

 不思議と、避けようとしていたことにも向き合える。

 

「ごめんな」

「ぇっ……?なに、が?」

「写真のこと、黙ってて。嘘ついてた」

「……睦ちゃんが持っててくれたから、大丈夫」

「そう言ってくれると嬉しい。でも、やっぱりちゃんと謝りたい。ごめん」

 

 改めてちゃんと声に出して謝罪をする。

 これがただの御嶽雪なら、後ろめたい気持ちを抱えたままなあなあで済ませていただろう。

 でも、燈の友だちである御嶽雪は自分が吐いた嘘から逃げたりはしない。

 悪いことをしたらキチンと謝り、燈に誇れる自分であろうとし続ける。

 そう、燈が俺を強くしてくれている。

 何かに踏み出そうとする勇気を与えてくれるのは、何時だって燈なのだ。

 今の俺があるのは、燈のお陰と言ってもいい。

 そうして、頭を下げると──燈は、どこか上擦った声で言った。

 

「ぁ、握手」

「?」

「仲直りの握手、しよう」

 

 成る程、握手。

 切れたり捻れたりした関係が正常化した証として、これ以上に分かりやすいものはない。

 ちょっと子供っぽいと言われればそうかもしれないが、こう言う考えを自然と出せる燈は、やはり人と人を繋ぐ才能に溢れているのだろう。

 そして、燈は繋いだ手で作る輪の中にまた俺を入れようとしてくれている。

 それが、どうしようもなく嬉しくて────

 

「……ん」

「……これで、仲直り……だね」

「……そうだな」

 

 触れた手のひらから伝わる温かさ。

 ほんのりとはにかむ、その表情。

 昔から何も変わらない。

 

「なあ、燈」

「……えっと、何?」

「手繋ぐだけで、楽しいか?」

「……うん。楽しい」

「そっか」

「このままだとダメ……かな」

「いや、いい」

 

 昔からそうだった。

 無駄に騒いだりせず、相手を感じられる距離でぼつぽつと好きに話す。

 もうあの頃のようにはいかないし、お互いどこかぎこちない部分があるのは隠しようがないけれど──変わらないものがある。

 今は、それだけでいい。

 

▼▲▼▲▼

〔 石 拾 い の 唄 〕

 

 

赤 く 熱 い 鼓 動

 

恐 れ る 勿 れ

 

 

〔 テ ィ モ リ ス 〕

▲▼▲▼▲

 

 

 

 ──何とも、甘酸っぱいですね

 

 

 

 どういう訳か燈を伴って帰宅した彼を前にして、八幡海鈴は表情を崩さぬまま内心で呟いた。

 手を繋いでいるのを見れば誰でも分かることだ。

 彼は燈に対して甘い。

 と言うより、特別視しているのだろう。

 だが、それにしても懐に潜り込むまでが速い。

 或いは、最初から「内側」にいるのか。

 

「今日は高松さんですか」

「今日はって何だよ」

「毎日女の子を取っ替え引っ替えしているな、と」

「えっ……」

「お前燈の前で人聞きの悪いことを……!」

 

 本音混じりの煽りでそれとなく手を離すように仕向けながら、海鈴は横目で燈を観察する。

 関わりはあまり……いや、殆ど無い。

 一応MyGO!!!!!のライブを見に行ったことはあるし、彼女たちが揉めていた時に立希の頼みで助っ人をしたこともあった──音を合わせる前に自分を必要とするバンドではない、と悟ったが。

 何ならムジカで問題が起きた折りに何度か顔を会わせてもいるし、決して知らない仲ではない。

 その上で、会話らしい会話は皆無。

 MyGO!!!!!の中心が彼女であることは一目で見抜けたが、逆に言えばその程度──海鈴からすれば単なる「友人の友人」でしかない。

 

 尤も、それで良かったのだ。

 立希が過保護なくらい気にかけていようと、彼が友情と後悔を混ぜ合わせたような感情を抱いていようと、関係の無い話。

 適切な距離感を求める海鈴にとってそれは彼女らがどうこうすべき問題なのであって、余計な口を挟む意味も意思もなかった。

 協力を求められれば相応に行動しただろうが、何も言われないのでそのまま放っておいた。

 そうやって、傍観者に徹していた。

 

 

 ──これまでは

 

 

 自己軽視甚だしい彼を正すには、やたら面倒なトラウマを寛解させる必要がある。

 一度踏み込んでしまった以上、後はどれだけ踏み荒らそうが同じこと──隠したがっている心の傷を一つ残らず検分し、それを自分で縫い合わせる以外海鈴に与えられた道はない。

 しかし、この高松燈と言う少女は海鈴が想像していたより遥かに強かだ。

 それは彼が席を外した数分で、簡単に明らかになった。

 

「立希さんと彼が話しているのを聞いてしまって、居ても立ってもいられなくなった、と」

「ぅ、うん」

「成る程、凄まじい行動力ですね」

「そう、かな……」

「そうですよ。私にはとても出来ない」

 

 思うがままに行動する無鉄砲・無計画さ。

 一見するとオドオドしているように見えるが、実は臆することを知らないのか。

 それとも、関係性の崩壊に臆した上でなお一直線に突き進むことが出来るのか。

 どちらにせよ、海鈴には難しい。

 信用される人間を志している以上周囲の目線はどうしても気になるし、破綻を気にしながら自分を押し通すような我の強さは持ち合わせていない。

 意思の強さと言う一点に於いて、八幡海鈴は致命的なまでに劣っている。

 

「ぇっ、と……海鈴、ちゃん」

「何ですか?」

「……告白、したんだよね。雪くんに」

「……ええ、しました」

 

 そんな意思の強さもさることながら──以前の海鈴であれば興味を持たないか、分からない感情として避けていたであろう話題を何の容赦もなく突っ込んでくる。

 無害そうな人となりをしているが、どうやらこの高松燈という少女は情けとは無縁らしい。

 

「海鈴ちゃんは、雪くんが好き?」

「ええ、どうしようもないほど」

 

 それでも。

 勝ち目が無いと理解していても。

 この気持ちだけは譲れる気がしなかった。

 

「彼は卑怯で、面倒です」

「……ひ、卑怯……かな」

「ええ、とても」

 

 深入りしない距離感を大切にしていた筈なのに、時折踏み込んできては心を滅茶苦茶にする。

 互いに信用することの大切さを説きながら、「もう貰っているから」とかなんとか言って海鈴からは信用を求めようとしない。

 挙げ句の果てに過去のトラウマから自己否定に走って、自分をトラックから庇ったりする。

 これを卑怯・面倒と言わずして何と言うのか。

 ムジカ解散騒動以前のドライなサポートベーシストが知れば、間違いなく敬遠するタイプだろう。

 そんなことは百も承知だ。

 

 

「──でも、惹かれてしまったんです」

 

 

 何の因果か、引っ掛かってしまった。

 後戻りのしようがないほど深く関わり、彼を己の手中に収めたいと思ってしまった──この欲望は誤魔化せない。

 或いはオブリビオニスであれば柵として忘却する選択肢もあったのだろうが、八幡海鈴にはそれはない。

 許されるのは現実に、感情に振り回される恐怖に向き合うことだけだ。

 例えその結果が身の破滅なのだとしても、人生というマスカレードを生きるティモリスは禁忌への好奇に抗えない。

 

「私は……もう自分を止められません」

「……っ」

「あなたは、どうですか」

 

 故に、問う。

 高松燈は、自分と相対する者なのか。

 

「分から、ない」

「……」

「分からない、けど……雪くんと一緒がいい」

「……そうですか」

「これからもずっと、雪くんと一緒にいたい」

 

 胸元を握り締めて、苦しそうに──懸命に言葉を紡ぐ燈を前に「成る程」と。

 海鈴は深い溜め息を吐いて。

 ふっ、と微笑む。

 

「立希さんが気にかけるだけはある」

「え……?立希ちゃん?」

「いえ、何でもありません。それで、高松さんの気持ちはよく分かりました」

「んっ……?えっ、と……」

「確かアー写を撮るんでしたよね。土日は雪さんの予定を空けておきますからそこが良いでしょう」

 

 突然態度と話題を変えた海鈴に、燈は困惑するばかり。

 実際、海鈴自身何をやっているのかという疑問はある。

 そしてその疑問の通り敵に塩を贈るような真似をするのは、八幡海鈴の振る舞いでもティモリスの策謀でもない。

 らしからぬ行為をしているという自覚はあった。

 だが、見えたものもある。

 

「『信用される人』とは高松さんのような人を指して言うのでしょう」

「そう、かな……私はただ、居ても立ってもいられなかっただけで……」

「そう言う無駄な謙遜は雪さんと似ていますね」

 

 ただ真っ直ぐにぶつかるひたむきさ。

 ムジカ解散騒動の際、海鈴が信用を得られなかった理由はそこにある。

 抱えているものを打ち明けもせず、自分の都合で他人を動かそうとする人間が信用される訳がない。

 手当たり次第やれることは何でもやっていたつもりだが、闇雲に振る舞うのと愚直を貫くのには大きな隔たりがあるのだ。

 そうして己に足りなかったものを今、燈との短い問答の中で海鈴はついに理解した。

 故に、そう────

 

 

「私はあなたのような人間になりたい」

 

「ただそれだけです」

 

 

 何事も、形から。

 八幡海鈴は高松燈が持つ素直さ、真っ直ぐさを自分なりに見習ってみることにしたのだ。




◯御嶽雪
立希もかくやと言うレベルで燈に甘い。
全肯定はしないけど燈の前だと簡単に折れる。
それでええんかお前。

◯高松燈
迷子でも進めの体現者。
人前で手を繋いだりするかって言うとすると思う。

◯八幡海鈴
悪い男に引っ掛かったせいで致命的に人生歪んでるけど当人は満足気だからヨシ!!!

高松さんみたいになりたいですね←→海鈴ちゃんみたいになりたいな

と言う隣の芝は青く見える状態。
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