実際に唇が触れていた時間はそう長くない。
どれだけ余分に見積もっても、精々十秒程度。
でも、柔らかなそれの感触は永遠に思えるくらい続いて──離れてもなお、異様な熱を残していた。
そして俺にキスをした張本人は、感情の薄い瞳をこちらに向けて反応を待つかのように立っていた。
「わか、ば」
まるで溶けた蝋をべったり塗り付けられたみたいに舌が回らない。
若葉──ではなく「睦」を呼ぶたった三文字すら、動揺が丸出しの声色になってしまう。
背中は歩道橋の柵に触れていて、唇の熱さとは正反対な冬の寒さを押し付けてくる。
それでも、問わねばならなかった。
「なんでこんなこと、する」
「……こんなこと?」
「だから、その……」
「キス?」
頷けば、睦は少し俯く。
──やはり、こいつは睦だ
睦は返答を考えている時、僅かに俯く癖がある。
しかもそれが返事そのものを拒絶しているように見えてしまうのか、時折コミュニケーションエラーを起こしてしまうことがあった。
良いか悪いかは別として、睦らしさが最もよく表れたリアクションだ。
一方「若葉ムツミ」にその癖はない。
最大の人格である睦が消えた後の彼女は、良くも悪くもまっさらな状態だ。
睦の記憶と人格を下敷きにしてはいるものの、限りなく近似した別人。
ギターの技術は持ったまま、ある意味で人生のやり直しをしたのだと俺は思う。
だからこそ、こうして区別もつけられる。
「──ゆきは、海鈴を救ったから」
だが、睦の口から出たのはまるで予想外の言葉。
「もし海鈴が轢かれてたら、終わったと思う」
「祥は自分が神じゃないって理解して、折れる」
「それをゆきが、止めてくれた」
滔々と、事実を羅列する睦。
それが如何に誤解を抑え、正確に伝えようとしたものなのか簡単に分かった。
何せ睦は、一目見て分かるほど難しい顔をしながら喋っている──かつて「自分が喋ると物事が悪くなる」とまで考えていた人間が、必死に正しい言葉を選んで語っている。
だったら多分、聞かねばならない。
話さねばならない。
例え、どれだけ状況が異様だったとしても。
「ゆきは、いつも私を助けてくれる」
「そんな、覚えは」
ない。
間違いなくなかった。
しかし、言い切るより先に睦は肩掛けの鞄から取り出した平べったくて薄い何かを俺に差し出す。
それは──多分、一番見たくないものだった。
「これ」
「……」
「燈じゃなくて、私にくれたもの」
最後の一枚。
俺にとって最大の後悔。
これを渡された睦はきっと傷付いただろうし、憤りもした筈だ──豊川さんが置かれた苦境を知らずによく能天気なことを、と。
こんなものを渡して、無責任な言葉を掛けている暇があるなら、燈に寄り添うべきだった。
それが結論だ──燈はもう気にしていないようだし、俺も前を向こうとは考えているけれど、それはそれとして許せるものではない。
「これが私の、救い」
だが、睦は。
俺が傷付けてきてしまった人々の中で、恐らく一二を争うほど深い傷を刻んでしまった筈の彼女は──罪過の結晶を胸に当て、僅かに口元を緩めた。
「これがあるから、私は此処にいる」
「あの時くれた言葉が私に意味を与えてくれる」
「ミスをしても、完璧じゃなくても」
「私は、私の演奏を肯定出来る」
目を伏せた睦の声音は何処までも平坦だった。
誤解を招きやすい、あの声音だ。
でも──睦は意味のない嘘は吐かない。
少なくとも最後の一枚が俺にとって大きな引っ掛かりになっていることを知った上で、それを引き合いに出そうなんて悪趣味なことは考えない。
仮にそれが何かの演技であったとしてもだ。
にゃむち先輩辺りは出来ると言うだろう。
実際、やろうとすれば出来るに違いない。
しかし、「若葉睦」と言う役柄は善良なのだ。
過大なプレッシャーに押し潰されそうになって、色んな責任を抱え込み過ぎた豊川さんと擦れ違って、きっと自分が泣きたいくらいに追い込まれて──それでも他人を責めようとはしなかった。
三角さんに強い言葉を使ったことはあったらしいけれど、本当に心から詰れるのは自分だけ。
それが睦と言う役だ。
だからもし「ムツミ」の演技だとしても、睦の役を羽織っている以上それに背くことは出来ない。
「──本気か」
声に出して、言うまでもないことに気付く。
演技でも、本人でも。
間違いなく睦は本気だ。
心の底から、俺の浅はかさと能天気さに救われたのだと……そう言っている。
でも、だとしてもだ。
何故こんな──キスをする。
睦の言う通り俺が助けになれていたとして、それが恋愛に結び付くとは限らない筈だ。
そもそも、睦がそう言った物事に関心があると言う話すら疑わしいように思える。
CRYCHICの思い出と豊川さんのAve Mujicaが彩る世界に、無粋な色恋の居場所はない。
そうじゃないのか。
「……?」
問えば、睦はゆっくりと首を傾げた。
何を言っているのかとでも言いたげな、物分かりの悪い生徒に向けるような仕草。
「ゆきは私を救ってくれた、私のファン一号」
「だからゆきが困ってたら助ける」
「当たり前のこと……」
少年漫画染みた単純な理屈を、睦は淡語った。
ぽつぽつと、けれどいつになく饒舌に。
「──ゆきは、ムジカ
そして続く言葉が、決定的な異常だった。
その意味を咀嚼する前に、睦は言葉を紡ぐ。
「ゆきは私の家に来ればいい」
「待てよ────」
「仕事はムジカの専属カメラマンがある」
「おい────」
「初華もにゃむも、きっと協力してくれる」
待て──待てよ。
何を言ってる。
睦は一体、何を言っているんだ。
確かに睦は誰にも何にも言わず先走ったり、突拍子もないことを言ったりやったりするヤツだ。
燈のセンスが分からないように、睦の内心を言い当てるなんてとても俺には出来ない。
「ゆきは誰にも傷付けさせない」
でも、これは違う。
論理が飛躍している。
俺が睦と八幡を助けた、だからムジカは俺を守って、その為にキスをする──どうして?
まさか中世の騎士でもあるまいし、忠誠か何かの証とでも言いたいのか?
有り得ない、此処は歩道橋の上であってマスカレードの舞台ではない。
仮にそうだとしても捧げるべきは豊川さんかムジカであって、断じて俺ではない。
俺なんかでは────
「一番近い場所で、守る」
いや、これは。
──そう言うことか
やはり、恋愛感情ではない。
睦はそれを演じられても、理解はしていない。
だが、好意ではある。
恐ろしいほどに純化し、増幅された親愛の感情。
内心の吐露であると同時に豊川さんを守ろうとするものでもあった「楽しいと思ったことはない」が、形を変えて俺に向けられている。
俺をあらゆる危険から遠ざけるのが睦の目的であって、恋人やキスと言うのはその為の手段に過ぎないのだ。
だったら、答えは分かる。
それには及ばないと告げれば良い。
今のままでもやっていけると言えば、きっと分かってくれる。
「睦」
「……」
「それは、嬉しいよ。そこまで想ってくれてるなんて、正直思いもしなかった。助けになれてるなんて想像もしなかった」
そうとも。
混乱してはいるけど、俺は嬉しい。
自分のような人間でも友人の支えになれていたなら、後悔ばかりな心も少しは救われた気がする。
前向きになれる気がする。
「でも、大丈夫だ。折角生き返ったんだろ?なのにお前がそこまで無理する必要なんてない。それに今はちょっと厳しいかもしれないけど、右目がないくらい────」
「違う」
伸ばした腕を掴まれ、下ろされる。
金糸雀色の瞳に、鈍い光が宿っていた。
「ゆきがどう考えていても関係無い」
「は……?」
「私が勝手にする」
今度こそ意味が分からなかった。
何故そうまでする。
だって、俺の右目はもう二度と戻らない。
それに、睦の言う「危険」は恐らく俺からしたら些細に感じるようなものまで含まれている。
文字通り四六時中睦自身が張り付いて、俺の面倒を──介護か何かみたいにするとでも言うのか?
自分の価値を卑下する訳ではないが、無責任な言葉をかけて、八幡を庇っただけで、一生?
そんなの馬鹿げている。
もし多大な恩義を感じていて、どうしてもそれに報いたいと思っていたのだとしてもそこに人生を費やす必要はない筈だ。
況してや睦のような自分を追い込み過ぎて死んでしまった人間が、奇跡に等しいセカンドチャンスを棒に振るなんてどうかしているとしか思えない。
──でも、「有り得ない」とは言えなかった
やりかねない。
いや、やる。
睦はやると言ったら……言わずともやれてしまう。
そして自分の負担は一切顧みない──にっちもさっちも行かなくなり、遂にはモーティスを表に出してしまうほど自分を追い込んだ過去が睦にはある。
だから、本気だ。
また壊れるまで俺の人生を保障すると、檻に閉じ込めて管理すると心の底から宣言している。
「……ゆきは」
中途半端に上げた腕の間をすり抜けて、睦は階段を下りていく──此方を見ることもないまま。
その一方的な、相手の事情をまるで考慮しない善意の押し付けは、まるであの時ブランコでかけた言葉と同じような気がして。
「生きているだけで、いい」
冬の空の下で、立ち竦む。
悴んだ手は、何も掴めていなかった。
──何でだ
睦は地の底から這い上がり、そして今はその身を狂気的な善意に浸している──それも俺のせいで。
睦にとって死は辛いことから解放される側面もあったのだろうと勝手に考えていたが、あれはダメだ。
削ぐべきでないものまで削げてしまっている。
純粋に他人のために動ける部分が更に先鋭化されて……あれでは先に自分自身を滅ぼしてしまう。
俺への好意のためにもう一度死ぬ必要が、一体何処にあると言うのか。
だから俺は、豊川さんに会いに行った。
家までは歩いて数分の距離だった。
でも、帰る訳にはいかなかった。
それなのに────
「……ユキコ」
なんで、にゃむち先輩が三角さんの家にいる。
なんで、そんな暗い表情をしている。
なんで────
「……成る程、睦はそのように」
なんで
俺が息を切らして駆け込んできた時も、つっかえつっかえに睦の異常を話している間も、豊川さんは優雅そのものだった。
玄関で捲し立てようとしてしまった俺を簡単に宥め、三角さんの入れた珈琲を飲みながら時折俺の話に相槌を打つ姿は普段と何ら変わりない──それはおかしい。
俺が豊川さんの何を知っている、と思わないでもないが、それだけは有り得ないと断言出来る。
だって、豊川さんは激情家だ。
CRYCHICにいた頃の彼女は、それはもう喜怒哀楽がハッキリした人だった。
大袈裟なくらい感情の波が表情や挙動に表れる様は「こんな分かりやすい人いるんだなあ」と思わず感嘆してしまうほど。
燈が歌詞を書き上げれば跳び跳ねそうな勢いで喜び、練習でミスをすれば驚くほど悔しがり、息抜きで遊びに行けば誰よりはしゃぐ。
そう言う、溌剌とした人間だ。
高校に入ってからもそれは変わらない。
当人は借金のことやらムジカのことやらで昔のようには笑えなくなっていたし、感情表現はかなり控えめになっていた。
豊川さん自身も意図的に淡白な態度を取るようにしていたようだが……まあ、無理がある。
寧ろ元来のプライドの高さと脅迫的に自分を追い込む性格が重なったせいで、より激情に駆られやすくなっていたんじゃないだろうか。
何より、睦は豊川さんの急所だ。
幼馴染みとして最も付き合いの長い睦は、豊川さんにとって最早半身に等しい。
何なら、親友を通り越して家族同然だったんじゃないかとすら思う。
睦に対しては、三角さんにすら見せない負の感情を打ち明けられるのだと俺は知っている。
それだけに、彼女を壊してしまった豊川さんの後悔は計り知れないものがあった。
俺が関わり始めたのはムジカが解散してからだけれど、若葉邸の前に毎日何時間も立っている様は正直見ていられなかった。
だから、そんなに落ち着いてられる訳がない。
あれほど大切に思っていた、そしてもう二度と戻らないと思っていた睦が生き返って、澄ました顔をしていられる訳がないのだ。
もし、それが出来るとするなら────
「──まさか、
声に出して、唖然としてしまう。
でも、それなら辻褄が合う。
「睦が生き返ったのも、あんな風に暴走するのも全部知っていて……知った上で放置した、のか?」
「雪くん……」
「答えてくれよ豊川さん」
宥めようとする三角さんの声も耳に入らなかった。
だって、もしそうならあまりにも惨い。
豊川さんは睦がどうして死んでしまったか、この世で一番よく知っている筈だ──その発端となったのは、他ならぬ豊川さん自身なのだから。
豊川さんが悪いと言いたいのではない。
あれは不幸とコミュニケーションのミスが重なった末の、事故のようなものだと思っている。
でも、限界まで追い込まれて尚心配する睦に心無い言葉を放ってしまったのも事実だ。
「もし、知ってたんだったら……」
だから、睦の限界を豊川さんは知っている。
他人のために身を滅ぼせてしまう……寸前での止まり方を「睦」が知らないことを理解している筈だ。
それなのに、もし知ってて放置したなら。
唯一無二の親友を再び死へ向かわせたなら。
「許せない、と?」
だが、豊川さんの答えは正反対だった。
「勘違いしないで。私が把握していたのは睦が生き返ったことだけ。何をしていたかまでは知りません。問い質さなかったのも、睦を縛りたくなかったからですわ」
「え、あぁ……」
「……あの子はもう私の言いなりにならず、好きなことをすれば良い。それに、話しても睦を苦しめるだけでしょうし」
言って、豊川さんは目を伏せる。
そこには深い悔恨が滲んでいた。
純粋に友人を思いやる表情に、俺は慰めるよりも安堵の気持ちが先に来てしまった。
──なんだ、やっぱり俺の勘違いじゃないか
そうだ、そうだよな。
豊川さんが睦を意図的に消耗するよう仕向けるなんて、そんなバカな話がある訳がない。
彼女にとって睦が今でも唯一無二の幼馴染みであることに何ら変わりはないのだ。
「それなら──」
「ええ」
やることは、決まっている。
「睦を応援しますわ」
俺は、凍り付いた。
半ば身を乗り出して、「睦を説得しよう」と言いかけて半開きになった口をそのままにして、バカみたいな姿勢で豊川さんを見た。
「────え?」
豊川さんは平静だった。
不気味なくらい普段通りだった。
「なん、で」
「大切な幼馴染みの恋路を応援することに、何か問題がありまして?」
「そう、じゃない……そうじゃないだろ!?」
「勿論無理をし過ぎないよう逐一様子には気を配ります。ああ、負担が集中しない仕組みも必要ですわね」
そうじゃない。
俺を……男を若葉邸に連れ込んで、そこで文字通り人生の面倒を見るなんてどう考えてもおかしい。
睦が如何に常識から外れたことを言っているのか、分からない豊川さんじゃない筈だ。
なのに、どうして────
「雪」
混乱する俺を、豊川さんは指差す。
まるで罪人に宣告するみたいに。
「貴方、信用出来ませんわ」
頭が、真っ白になった。
何も考えられなかった。
ただ呆然として、視線を豊川さんやにゃむち先輩、三角さんの間に行き来させるしかなかった。
「ああ、これも勘違いしないで。雪の人柄が信用ならないと言いたいのではありません。寧ろ、泥臭くとも前に進もうとする姿勢は好感が持てますわ」
「──」
「でも、雪。貴方は死に惹かれ過ぎている」
死に惹かれている。
そんな、覚えは────
「行動の結果、と。病室で私に言ったでしょう。人は自らの欠落をそう易々と受け止められるものではありませんわ……睦のように」
極度のストレスの末、睦は一時的にモーティスへ人格の主導権を渡して眠りに落ちた。
完全に「若葉睦」と言う人格の総体から睦が欠落していた期間があって──それが、結果的に睦とモーティス双方の死を招いた。
つまり、何かが欠けたり抜け落ちることはその人に極めて重大な影響を及ぼすもの。
簡単に処理してしまえるものではないでしょう、と豊川さんは強く断じた。
「そんなことは……!俺だって、これから先どうやって生きて行けば良いか分かんなくて────」
「ええ、まさにそこが問題と言っているのです。目覚めた日からその調子だったでしょう、貴方」
言葉に詰まった。
そう言えば、そうだった。
目がなくて腕が折れてることにショックを受けてたのなんて精々目が覚めてから八幡が見舞いに来るまでで、そこから先はこれからどうするかしか考えていなかった。
今もそうだ……ずっと身の振り方を考えているけれど、失くなったものに対する感傷なんてこれっぽっちも感じていない。
そうなったんだから仕方ないとしか、思えずにいる。
「もっと重大に捉えていい、嘆いても悲しんでもいい……前に進めるのならば。でも、雪。貴方はその段階を飛ばして最初から前しか見ていない。無意識で自分自身を蔑ろにし続けている」
「……」
「睦のことがあればこそ、ですわ。一人の友人として、自分自身を顧みるやり方を忘れてしまった貴方を放って置くことは出来ません」
「でも……豊川さんは、ムジカがある。俺よりムジカを優先するべきだ」
どう見ても苦し紛れの反論。
だが、これは事実の筈だ。
豊川さんは四人の人生を背負っている。
どれだけ俺を心配しているとしても、それだけにかまけてはいられないだろう。
「──いいえ、これはムジカの総意です」
──そんな予想を、豊川さんは叩き潰した。
「ね、にゃむ、初華?」
「……あたしは」
水を向けられたにゃむち先輩は視線を逸らす。
居心地悪そうに腕を抱き、部屋の隅に佇む様は……いや、あれは本当ににゃむち先輩なのか?
あれだけ反骨心と向上心に溢れていた野心家とは思えない、何処か弱々しい姿に思わず瞠目してしまう。
でも──でも、分かってくれる筈だ。
誰より常識的なにゃむち先輩なら、これがおかしいことくらい理解している筈だ。
そう、思っていたのに。
「…………ごめん、ユキコ。あたしはサキコにつく」
「そんな……」
「サキコの言うことに全部賛成した訳じゃないけど。でも、ユキコがいるとムジカは良くなる。それに……あんたが死んでも知らないって言えるほど、どうでもいい仲じゃないでしょ」
にゃむち先輩は唇を噛み締めながら捲し立てた。
俺に、と言うよりは自分に言い聞かせるみたいに。
そして、三角さんも沈痛な面持ちで首を振る。
「ごめんね、雪くん……味方になってあげられなくて」
「三角さん……」
「でも、祥ちゃんの気持ちが分かるの……私も、祥ちゃんに同じことをしようとしたから。否定したら、今のムジカを否定することになっちゃう」
最早味方はいなかった。
ムジカは俺を閉じ込める檻になっていた。
──なんでなんだ
ガラガラと、心の中で何かが崩れていく。
どうしてこうなる。
どうして俺は他人を歪めてしまうんだ。
豊川さんも、三角さんも、にゃむち先輩も、睦も──皆良いヤツで、自分たちの道を真っ直ぐ歩いていたのに。
俺なんかのために、道そのものを捻じ曲げようとしている。
「────ッ」
日中は前に進もうとしていた筈の足が、勝手に後退っていた。
豊川さんも、三角先輩も、にゃむち先輩も、何か別の存在であるかのように見えた。
それこそこの世のものではない、舞台の上に立っているかのような────
「あら、もう帰ってしまいますの?」
そんな俺を見て、豊川さんはクスクスと嗤った。
「それも良いでしょう。でも、憶えておいて」
「結論は変わりません」
「貴方が自分を蔑ろにし続ける限り」
そこから先は、あまり良く覚えていない。
幾つかの景色が写真のように映って、気が付いたらマンションの前に立っていた。
どうやって帰ってきたのかも気にする余裕もないくらい疲れていて、何を考えればいいかも分からなかった。
兎に角、寝たい。
一度全てをリセットして、このゴチャゴチャした状態について考え直せるようにしたい。
そのまま、ふらふらと扉を開けて────
「おかえりなさ……って、酷い顔じゃないですか」
ああ、そうだ。
もう俺は檻の中。
一度閉じ込めると決めた豊川さんが逃す訳がない。
逃げた先にも当然自分の息がかかった人を用意している。
いや、でも……弱った俺の心がそう信じたいだけなのかもしれないが。
八幡は本当に何も知らなそうな、心の底から驚いた顔をしていて。
「話してください。何があったのか、全部」
普段と変わらない仏頂面に、ほんの少しだけ救われる思いがした。
◯御嶽雪
・片目が潰れて腕も折れる
・顔も眼帯やマスクで隠せない傷が残る
・そのせいでバイトをクビになる
で目覚めて思うことは「まあ八幡のベーシスト生命とトントンなら仕方ないか…」だし、退院して考えることが「就活どうしよ…」なナチュラル異常者。
常に「まあ自分は後でいっか…」なので祥子や睦にはほっといたら死ぬと思われている。
◯若葉ムツミ
この作品で一番振り切れているヤツ。
恋愛感情が無いと言うか極端な好意と恋愛感情が一体化してるタイプ。
「(今にも死にそうだから)ゆきは(取り敢えず)生きてる(ことを考える)だけでいい」
◯豊川祥子
「貴方自分蔑ろにし過ぎで信用出来ませんわ」(自分の頭にグサグサブーメラン刺しながら)
友人を大切にして想う気持ちとコイツ(雪)利用するとムジカが更に高みに行ける利益をごっちゃにしてるタイプの神。
どっちも本心だし別にどっちでも良いと思ってる。
◯祐天寺若麦
神にやり込められてしょぼくれているアモーリス。
化け物になりてぇなあ…でもやってること間違ってるよな…と言う気持ち。
◯三角初華
本当は止めたいけど思いっきり祥子と同じことやろうとして祥子に受け入れられているので強く出られない。
雪が苦手。